この幸せがあなたに届きますように 〜『空の子』様は年齢不詳〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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1000年目

56 主人と盾 ※空

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 ※※※ 空 ※※※



「……私は都合のいい主人でもあるみたいですね」

「よくお気付きで」

「貴方の就任の挨拶に同行を求められ、
国王様と王太子ご夫妻に《我が主人です》なんて紹介されたらわかります」

チヒロが不満気な声で言い、サージアズ卿がくすくすと笑った。

二人は国王の暮らす《北の宮》と、王太子一家の暮らす《東の宮》を訪れたあと。
《東の宮》から、チヒロが暮らす《南の宮》への帰り道だ。

屋内の入り組んだ細い渡り廊下ではなく、屋外の外廊下を選んで歩いている。

廊下とは名ばかりの道である外廊下は、人が歩く所に石が貼られ、周りは緑で縁取られている。

その少し向こうに低木と花々で作られた庭園があり見通しがいい。

チヒロは以前シンと歩いていたその道を、今日はシンの義兄であるサージアズ卿と歩いている。

サージアズ卿が横のチヒロに笑顔のまま言った。

「《王家の盾》の当主の中には、王族から個人の忠誠を求められた者もいたんです。
王家を《戒める》立場でもあるので、それはできないんですけどね。
今の王族の方々に、そんな無茶を言われる方はおられませんが、状況が変わればわからない。
この先、面倒なことになるかもしれないでしょう?

義弟は《神獣》のジル殿がいて、ジル殿が認めないことを理由に拒否できますが、私はそうはいきませんからね。
良かったですよ。私は運がいい。
『空の子』様という、誰からも文句を言われない主人ができたのですから。
しかも《裏》の当主に《就任する前》からの関係、ですからね。
今更どうこうできもしない。
憂いをひとつ完璧に潰せました」

「……今初めて何故、儀式が騙しうちだったのか納得できました……」

チヒロになんとも微妙な顔を向けられ、サージアズ卿はにっこりと微笑んだ。

「それは良かった」

チヒロは息を吐くと、周りを見た。

外廊下や広い王宮の庭には所々に警護の者が立っており、二人から少し離れたところにも一人いる。

通り過ぎる前にチヒロはそちらに向けて少し頭を傾け、警護の青年は慌てて敬礼を返した。

見ていたサージアズ卿が感心したように言う。

「……貴女は、本当に誰にでも自分から挨拶をするんですね」

「私が嬉しいんです。
他愛のない会話でも、挨拶だけでもしてもらえると」

「身分も気にされないようだ」

「うーん。ぴんとこないんですよね。前世は平民だったもので」

「ああ、そう言われてましたね」

「はい」

「……私の《実の父》も平民なんですよ」

「え?」

チヒロの足が止まったので、サージアズ卿も足を止めた。
そして一度チヒロに向かって微笑むと、目を伏せ語り出した。

「……私の《実の父》は、貴女に聞かせられないような仕事をしている卑しい平民なんだそうです。
母にそう言われて育ちました。
そんな父と、どこで知り合ったんだか。

母は自分の愚かさを棚に上げて、亡くなるまで私を嫌悪していました。
卑しく汚れた血の子だと。顔を見せるなと。
私は、顔だけは父親似だそうなので。
当然でしょうね。

《王家の盾》にも私の出生を知る者は、ほとんどいません。
仕事で忙しい義父でしたが、会えば私を、本当の息子のように愛しんでくれました。

それでも私は、自分が周りから蔑まれているように思えてならなかった。
誰もが《お前は当主の子などではない》と。
《お前など、ここにいるべき者ではない》と言っている気がしていました。

どれだけ周りに人がいようとも、自分と繋がりのある者は一人もいない。
自分は一人だ。
そう思いながら過ごしていたのです。

表情、立居振る舞い、言葉づかいは、いつも細心の注意をはらっていましたよ。
武術や教育など、できることは何でも、それは必死でやりました。
人に蔑まれる隙を見せないようにと。
――《武装》ですね。

そのせいでしょうか。私の評価は高くなりました。
困りましたよ。私は蔑まれなければ良かっただけ、だったんですけどね。

義父は未婚でしたし、一族に目立って優秀な子どもはいない。
私の出生を知らない者が、私を次期当主だと言いはじめましてね。

―――冗談じゃない。
当主どころか私には、一族にいる意味さえ見いだせなかった。
血も、顔も、名も。一片たりとも残すまいと決めていたので。
消えようかと思いましたよ。

そんなところへ義弟が現れた。
義父の実子だが平民の母を持ち、平民として10年間生きていた義弟が。

義弟に《義兄上》と呼ばれ、私は、すぐに義弟に夢中になりました。
初めて自分の居場所をもらえた気がしたのです。

義弟がいることが、私が一族にいる理由になりました。
教えられることはなんでも教えました。
私が教えたことで義弟が人から認められれば、私も認めてもらえたと嬉しくなった。
武術など特にです。義弟が腕をあげていくのが本当に嬉しかった。

《王家の盾》の一族の子どもは男女共に5歳から武術を習い初めるのですが
義弟は10歳からはじめてわずか数年で私と互角になったのです。

武術の才能。当主の実子という血。そして人柄。その上、ジル殿もいる。
――どうして義弟を当主にしたいと思わずにいられましょうか。
これは自分の《使命》だと思いました。
義弟を立派な当主にすることが、自分の存在理由だと思っていたのです」

「―――」

「それが、私が義弟を当主したかった理由です」

言葉を失っているチヒロに気付き、サージアズ卿はにっこり微笑んだ。

「――《あの男》っ!」

チヒロが両手で顔を覆った。

「ああ、《あの男》が告げ口したのではありません。
あの夜、コドリッド伯の屋敷の廊下で貴女たちが話しているのが《聞こえて》しまったのです。
《王家の盾》の人間は皆、耳が良いんですよ。小さい頃から訓練しますからね。
ドア一枚くらいは、ないも同然です」

「《聞こえてしまった》んじゃなく、貴方が《私に聞け》と《人攫い》に命令したんじゃないですか?
私を、貴方の部屋まで案内したことをシンに言うと脅して。
《人攫い》も諜報だし。
耳が良くてドア一枚くらいは、ないも同然なんでしょう?」

「おや、人聞きの悪い。私はちょっとお願いしただけですよ」

「やっぱり。貴方の仕業ですか。
あの時の《人攫い》の様子。どこか変だと思った」

チヒロはどこか辛そうにサージアズ卿を見る。

「それにしても。私の話に似せた嘘ではないのでしょう?良かったんですか?」

サージアズ卿はさらりと言った。

「――ああ、気にしないでください。独り言のようなものです。
誰にも言うつもりはなかったのですが。貴女なら話しても良いと思えたので」

「え、私なら?」

「ええ。《主人と盾》の会話は二人だけのもの――つまり他人には秘するものですので。
《独り言》を言うのには最適な相手なんですよ」

「え?秘するもの?」

「ああ、それもエリサさんから聞かされていなかったんですね」

「……ハイ」

チヒロががっくりと項垂れ、サージアズ卿は吹き出した。

「彼女はよほど貴女が好きなんですね。
何も求めず側にいることにしたようだ」

「―――」

くすくすと笑うサージアズ卿を、チヒロはただ見つめている。
少しして、サージアズ卿がチヒロの視線に気付いた。

「――何か?」

「エリサがもっと好きになりました」

「それは良かった」

「……やっぱり兄弟ですね。似てる」

「はい?」

「いえ。――あ、そうだ。これからなんてお呼びしたらいいでしょうか?」

「――ああ。先程、王太子妃様に言われたことを気にされているんですか?
確かに《盾》は、主人から名前で呼ばれることも名誉ですが。
好きに呼んでいただいて構いませんよ。
《シンのお義兄さん》でも、《サージアズ卿》でも」

「――ジアズ、というのは本名ですか?」

「おや。私の貴族名をご存知だったのですね」

「この国の貴族名は覚えたので一応は。でも……」

「サージアズという爵位名と近く違和感があるのでしょう?」

「はい」

「アズです」

「え?」

「ジアズは偽名。アズが本名の愛称なので、もじってあるんですよ」

「アズ」

「はい」

「……アズール?」

サージアズ卿が自嘲するようにくっと唇の端だけで笑った。

「やはりすぐにわかりますか。単純な名前ですからね」

「え、この国でも《青》ですか?」

「――この国でも?」

「ええ。前世にいた世界の、故郷とは別の国の言葉なんです。
《青》という意味の。
もしかしたら以前の『空の子』の名前だったのかもしれませんね。
瞳の色にぴったりです。いいお名前ですね」

「……初めて言われましたが。貴女に言われると、そんな気がしますね」

「嫌いですか?私はとてもいいと思いますけど」

「そうですか?」

「ええ。……じゃあ、いつか。
いつか私が貴方に《我が主人》だと認めてもらえたら、その時は《アズール》とお呼びしてもいいですか?」

「―――」

サージアズ卿が一瞬言葉を失った。しかしすぐに言う。

「今すぐ呼んでいただいて構いませんよ」

チヒロは人差し指をたてて見せた。

「それは駄目。私が、貴方に、ちゃんと認めてもらえたら、です」

サージアズ卿が苦笑した。

「なら構わないのですが……まあいいでしょう」

「え?」

「さて、では教えていただけますか?」

「え?」

「貴女が《シン》という名にこだわる理由です」

「―――」

「……まだ、私は信じるに足りませんか?」

チヒロの口が大きく開いた。

「まさか《それ》が聞きたくて自分の話や名前を教えてくれたのですか?
そんな……大した事じゃないのに」

微笑んだままのサージアズ卿にチヒロは諦めたようだ。
少し躊躇する様子を見せたが告げた。

「――子どもの名前です」

「はい?」

「《シン》は前世の《私》――《千尋》の、生まれなかった子どもの名前です」

「―――――」

沈黙が流れる。
サージアズ卿は下を向き息を吐いた。

「なるほど。そうでしたか」

「はい。だからそんな大した話じゃ――」

「――では姓は?」

「―――え?」

「聞いてますよ。《シーナ》だとは。だが前世の《貴女》は結婚しておられた。
前世の《結婚式はこの国のものと変わらない》のでしょう?
同じように《姓》もこの国と同じように結婚後は夫婦同姓となることもあったのでは?」

チヒロはサージアズ卿の目をじっと見て言った。

「……やっぱり《彼女》と《知り合い》だったんですね」

「気づかれてましたか」

「《彼女》の表情で。なんとなくでしたけど」

「《盾》失格ですか?私も《彼女》も」

「まさか。気にしませんよ。そんなこと。
二人とも《王家》と《国王様》に忠誠を誓っているんだもの。
当然のことでしょう?
……でも国王様にはちょっとムッとしちゃうけど。
レオンやシンには私のことを聞けないからって《彼女》を使うなんて」

「よくお気づきで。さすが《我が主人》」

頬を膨らませたチヒロを見て、サージアズ卿はくすくすと笑った。

「それで?前世の《貴女》の結婚後の姓は?」

「……気づいているくせに……」

「―――《ソーマ》。ですね?」

チヒロは頷いた。

「ええ」

「では生まれなかったお子様の名は《シン・ソーマ》ですか」

「……ええ」

もう一度頷いて――チヒロは不安そうに言い足した。

「でも《単なる偶然》。それだけの話です。誰にも言わないでくださいね。
エリサに知られたらまた泣かれちゃう。《私のこと》でもないのに」

「なるほど。本当に知られたくないのは義弟ではなくエリサさんでしたか」

サージアズ卿は空を見上げると言った。


「ではこの会話は全て、私たちと空だけの内緒にしましょう」


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