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二度目
16 最終話 満ちたりて
しおりを挟む子どもの名前は前回の名と同じにした。
《前回の、あの小国の国王陛下》がつけた名だ。
セオも私も呼び慣れた名だった、ということもあるけれど、とにかく、それが一番良い気がしたから。
子が大きくなると、一部屋しかない山小屋はさすがに窮屈になった。
成長していく子の、将来のことも考えなければいけない。
子が三歳を迎えた頃、私たちは思い切ってセオの故郷に移った。
「国王が変わったから、もうセオも第四王女も探されてはいない。
貴方たちのことなんて、とっくに忘れ去られているわよ」
と。
セオが一度、一人で家族のお墓に行った時に、ドリスに会い教えてもらっていたからだ。
新しい国王様は王太子だった頃からの臣下を優遇し、前国王様の臣下は冷遇されているらしい。
前国王様の直属の兵だった者も皆、強制的に兵団の所属にされた。階級なしの平兵士として。
ドリスはそれが嫌で兵士を辞め、赤い髪を染め、冒険者になったという。
「たぶん諜報になったんだろう。あいつが誰に仕えているか知らないけど、この国の新国王でないのだけは確かだな」
と、セオは言った。
「あの前国王陛下の子だというのに全く違う、威厳のない方よ。あれではこの大国を維持するのは難しいわね」と、ドリスが新しい国王様のことを吐き捨てたかららしい。
どんな生活をしているのか全くわからないドリスだけど、私たちがセオの故郷に移ってから、度々ふらりと家を訪ねて来た。
その度に、土産話を聞かせてくれた。
特に、あの小国の今のことを。
ドリスによると、前回は国王陛下だった《あの人》は、今は王太子殿下のままだそうだ。
そして教えてもらった王太子妃の名は、全く聞き覚えがなかった。
何故か前回の妃――ロゼ・フローラ様ではなかったのだ。
―――では。今回のロゼ・フローラ様は?
そう思っていると、ドリスは次に、東の大国に変わった商会があるという話をした。
独特な靴や服、家具やその他日用品だけでなく、医療品なども扱う商会で、その会長は伯爵夫人。
名を『ロゼ・フローラ』といわれるそうだと―――――。
夫の伯爵が後ろで支え、商会ができてから日が浅いのに、扱う品の面白さから東の大国では有名になっているという。
「夫?……伯爵……?」
「ええ、とても仲の良いご夫婦だと聞いたわ。
子どももいらっしゃるとか。
でも不思議よね。夫人の方は東の大国の方ではないそうなの。
いったい、どこで知り合われたのかしら」
「…………」
それを聞いて、私は一瞬、前回の――槍騎馬試合の勝者の騎士を思い浮かべた。
が、まさかと首を振る。
それより……ロゼ・フローラ様にも前回の記憶があるのだと思った。
きっと、それで未来を変えられたのだ。
私と同じように。
私はロゼ・フローラ様のあの柔らかな、美しい微笑みを思い出していた。
そして
「ああ、そうだ。あの小国といえば、この国によく来ていたダールとかいう貴族が、山賊に襲われて命を落とした、という話も聞いたわ。
怖いわねえ、旅は。私も、気をつけなくちゃ」
と、ドリスが静かに微笑んだ時。
私は、ドリスにも前回の記憶があるのだと確信した。
一緒に話を聞いていたセオも同じだったのだろう。
手で、ドリスに首を切る仕草をしてみせた。
ドリスは珍しく声をあげて笑い
「よしてよ。それ痛いんだから。もう二度とごめんよ」と言って席を立った。
「さてと。そろそろ行くわ。明るいうちにこの国を出たいから」
「次はどこへ行くんだ?」
「内緒よ。わかるでしょう?
でもそうね。当分あなたたちと顔を合わせることはないかもね」
「そうなのか?じゃあ、ちょっと待ってろよ。何か餞別を――」
「――いいわよ。そんなの。それに見送りもいらないわ。
ここでお別れしましょう。じゃあね。元気で」
ドリスはそう言い残し、手をひらひらと振りながらドアを開け家を出ていった。
呆気ないお別れに、セオが頭をかいた。
「なんだ?あいつ。《当分顔を合わせることもない》って。
しょっちゅうこの町に来てるじゃないか」
私はセオが女心に鈍くて良かったと、心から思った。
お茶の片付けはセオがしてくれるというので私は休憩させてもらうことにした。
もう動くのが結構大変なのだ。子どもが遊びに行っているうちに少し休みたい。
よいしょと言ってソファーに座り、私は大きくなったお腹をそっと撫でた。
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この話の対になるお話を読んだとき、
表に出てこなかった大国の王女。
見えないところで強いたげられていた『悪女』。
死に戻った彼女の贖罪が
第二の人生を生き抜くこと。
頑張って欲しい。
上手く、感想にならないですが、よかったです。
みきざと瀬璃 様
お読みいただき、感想まで。ありがとうございます。
返信が超!遅くなり申し訳ありません!
体調不良でほぼログインせず&何故かメール通知オフ!で。
感想をいただいたことに完全に気づかずにおりました。すみません・泣
対になるお話の方も読んでいただきありがとうございます。
ヒロイン側(対の作品の方の)だけじゃなく、悪側にも悪側なりの理由はあるよね……
と心に浮かびまして。書いてみた作品でした。
第二の人生は幸せになって欲しいです。ハイ。
ありがとうございました。