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番外編

06 帰郷 ※ベスside

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「馬鹿みたいね、私。
……彼に意地を張る理由なんてなかったのに」

マティアス様の屋敷をあとにし、領地へと向かう馬車の中で
お嬢様は小さくつぶやいた。

「……恋しい人だったからでしょう」


―――マティアス様に対して平静が保てなかった理由など、それだけでしょう?


そう言ったのだが、お嬢様は聞き取れなかったようだ。

「なんて言ったの?ベス」

と聞き直された。

「お嬢様は馬鹿じゃありません」

私は前を向いたまま答えた。


「―――ただ、手がかかるだけです」



ステイシー様の。ギルの。そして私の。
恋するがゆえの行動にはすぐに気づいたのに。

自分のことには鈍い方。
本当に……手のかかる方だ。






領地の屋敷へ着くと、お嬢様は旦那様と奥様に笑顔で迎えられ涙ぐんでいた。
しばらくはそのまま親子で過ごされるだろう。

旦那様の執事と目配し、私たちは一緒に部屋を出た。

「戻ることにされたか」

外に出たところで、旦那様の執事が小声で言った。

「はい」と返事をしたが、どうやら独り言だったようだ。
旦那様の執事は続けて呟いた。

「口惜しいな。私が相手を調べきれなかったばかりに」


―――突然の結婚の申し込みだった―――

面識がある家からではなかった。
事前に知り合いを通じての打診があったわけでもない。

当然のように訝しんだ旦那様は、執事に相手を探るように指示された。
だが……執事は探りきれなかったのだ。

驚いたことに、相手は高位貴族の子息だったから。
探っていることに気づかれれば、こちらの立場が危うくなる。

それでも執事は気づかれないよう慎重に探るつもりでいた。
だが相手のことを良く知るその前に、お嬢様本人が結婚の申し込みを受けることを決められてしまった。
執事の調査は間に合わなかった。

そのことを言っているのだろう。


「お嬢様本人が決め、旦那様が認められたことです」

と、言ってみたが慰めにもならなかったようだ。
旦那様の執事は眉間に手をやった。


「ともかく。お嬢様は今後どうされるおつもりだろうか。
聞いていないか?ベス」

「ギルをどこかの貴族の養子にしてもらい、ご自分の婿養子にする案ならお断りだと」

「ああ、領地の差配が前にそんなことを言っていたな。
お嬢様はギルを気に入っているようだし、私も良い案だと思ったが」

「…………」

「しかしあれはお嬢様が即、却下されただろう。
再び進言しても……と。
いや、そうではなくてだな。
こちらへ留まるおつもりか、それとも王都へ戻られるのかを聞いたのだ」

「ああ、それでしたか」

余計なことを言ってしまったようだ。
すぐに気を取り直し答える。

「手紙で報告した通りです。
離婚までは王都には戻らず、この領地ですごす気でいらっしゃいますが。
どうなるかは、まだ。
―――仕掛けをひとつしてきました。
もうじきあちらへ手紙が届くようにしてあります」

「何?」

旦那様の執事は眉間から手を離してこちらを見た。

「……その手紙を見たら。あちらは何か言ってくるか?」

「さあ、どうでしょう。わかりません。
行動されるかどうかは、あちら次第です」

「ふむ」

旦那様の執事は腕を組んだ。

「わかった。旦那様のお耳に入れておこう」

「お願いします」



離婚ができるのは結婚後一年が経ってから。
法で決められたその日まで、あと2ヶ月と少し。

今頃、マティアス様は執事と今後どうするかを考えていることだろう。

だから私はマティアス様宛の手紙を、王都の屋敷の者に数日後に出すようにと託してきた。


お嬢様の気持ちを慮って出した手紙だ。
私個人としては不本意だが仕方がない。


内容はただ、三冊の本のタイトル。

マティアス様が、あれが本のタイトルだと気づくとは思わない。
気づくとしたら、あの執事だろうが
しかし、そこからマティアス様がお嬢様と本屋で出会っていたと気づく可能性は低い。


それでいい。
本屋での出会いを思い出して欲しいわけじゃない。


私の手紙が本屋での出会いのことを知らせたものだと
気づいても
気づかなくてもいい。

ただ
お嬢様がいなくなった後で私から届いた手紙は、さぞ胸を騒つかせるだろう。


それがあの手紙の意図だ。


後味が悪くても無視をするならそれでいい。
むしろ私はそちらを歓迎する。

でももし、無視できないのなら
胸の騒めきをどうにかする方法はひとつだけ。


お嬢様と直接会って話すこと。


それができるか、できないか。
お嬢様を支える伴侶に相応しくなれるか、なれないか。



私は王都の方向を見つめた。


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