私の幸せは貴方が側にいないこと【第二章まで完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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第二章

04 水の竜 ※サヤside

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「私と会おうというなら他にいくらでも方法があっただろう。
人が大勢いる場所で睨み合いを始めるんじゃないよ」

家の前で私たちを迎えたお婆さんはロウに渋い顔をして言った。

一方、ロウは気にした様子もなく「すみませんねえ」と楽しそうに笑った。

「えーっと、初めまして。巫女様。
いや、魔女様?占い師様とお呼びした方が良いのかな?」

驚いた。
てっきりお婆さんの顔見知りだと思っていたのだけれど、初対面だったようだ。

でもお婆さんにもロウにもそんな感じはない。
ロウの物怖じしない態度のせいだろうか。

「何とでも。好きにお呼び」とお婆さんが言えばすぐにロウが
「じゃあ婆さんでー」と笑った。


お婆さんは次にクルスに目を向けた。

「クルス」

「はい」

「市場に戻るにはもう遅い。
買い物は明日にして、しばらくサヤとその辺を散策していてくれるかい?」

「しかし」

「お前がこの男を胡散臭いと思うのはわかる。
この男は《水》で、我らとは違うからね。
だが平気だよ。怪しい者ではない」

「《水》?」

クルスがロウを見た。
私もそれに続く。

ロウはにこにこ笑顔のままだ。
意味がわからず私がお婆さんの方を見ると、お婆さんが言った。


「おや。サヤも別の竜に会うのは初めてかい?
なら説明がいるかね。
我ら竜には《地》《水》《火》《風》。四種の属性の者がいる。
皆、それぞれに特徴があるんだが。
我らは《風の竜》。
風の流れを感じるのを得意とし、翼で風をとらえ空を行く。対して――」

「――俺は《水の竜》だ。
水の流れを感じるのを得意とし、水を行く。
雨や霧に乗れば空も行ける。
《風》のように翼は持たず、その代わり《風》より硬い鱗と爪を持つ。
水脈を行きやすいようにね。
あとは……《水》という属性のせいかな。
竜の中では一番フレンドリーだ」

ロウは笑顔で言った。
私はその顔をじっと見た。

他国の人にしか見えない。
けれど……

「水の竜……」

「そう。そしてこの男の身元は瞳でわかる。
黄金色の瞳は水竜の王家の者の証だ」

お婆さんが言えばロウがため息を吐いた。

「ロウですって。
確かに怪しい者じゃないとわかってもらえて嬉しいけどさ。
《水》の王家の一員ではあるけど、俺は末端も末端ですよ。
ひとり大陸を離れ、この国まで自由にやって来れるくらい放っておかれてる」

「それで私に会う許可をもらえなかったのかい」

「いや、言えば貰えただろうけど。
許可に時間かけるのも面倒だったし、俺たち《水》は鼻が効く。
来ればなんとかなるだろうと思ったんで、そのまま来ましたー。
で、こうしてちゃんと会えてる」

「そうかい」

お婆さんは額を押さえる仕草をした後、家の方へ身体を向けた。

「まあいい。とにかく話を聞こうか」

「やった!やれやれ。婆さんが話のわかる方で助かったな」

そう言ってお婆さんの後にロウが続く。

《彼》の話なのは間違いない。
黙っていられず私はお婆さんの背中に呼びかけた。

「……お婆さん……」

「サヤ。後でちゃんと聞かせてあげるよ。だからクルスと待っておいで」

「……はい」

お婆さんにそう言われてしまえば私は頷くしかなかった。
そんな私の顔をロウがまじまじと覗き込んだ。

「ふうん。さっきも思ったけど。凄いね、君。婆さんに大切にされてるなあ。
《竜気なし》を護衛につけられるなんて」

「え?」

「あれ、知らない?《竜気なし》はね、護衛に最高なんだ。
どんな相手に対しても容赦ない。
感情がないからね。手加減を知らないんだよ。
相手にしたらこれほど恐ろしい敵はいない」

かあっと
頭に血がのぼった。

「―――っクルスはそんな人じゃありませんっ!」

ロウはおどけたように答えた。

「そりゃそうだよ。彼は《竜》だ。《人》じゃない」

「そうじゃなくて!
感情がなくなんかない!クルスは――」


ロウの服を掴もうとした私の手を
クルスが掴んだ。

「――サヤ。いい。行こう」

「クルス。でもっ」

「行こう」

静かなクルスの声に、彼が今までどれだけ同じようなことを言われてきたのかがわかった。

ぐっと黙るしかなかった。

クルスは私の手を取ったまま家とは反対の林の方に向け歩き出した。
私もそれに続く。


前にお婆さんが言っていた。

《竜気なし》は竜を見つけるのに必要な《竜気》がない。
つまり《番》を探せない。

《番》なしで、それでも生きる。生きられる。
それは《感情がない》からだ、と言われていると。


竜にとって《番》は
《番》を見つける《竜気》は

それほど大切なものなのだ。

それはわからなくはない。


けれど

悔しかった。
私にはわからない。


《竜気がない》から感情がない。
《竜気がない》から手加減を知らない。


そんなことはないと
クルスをほんの少しでも知ればわかることなのに。

どうしてそこまでいわれなければならないのか。

《竜気》がないというだけで。


どうして……


私には、わからない。
わかりたくない。


「サヤ。泣かなくていい」


クルスに言われて初めて
私は自分が泣いていることを知った。


「泣かなくていい」


クルスはそう言ったが涙は止まらなかった。

涙を拭いてくれるクルスの手が誰よりもあたたかくて。


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