私の幸せは貴方が側にいないこと【第二章まで完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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第二章

08 異変 ※お婆さん(占い師)side

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「《妖花の竜気》?」

「ああ。それも君のはとびきり極上の《妖花》だ。
竜の男はみんな惑わされる。あ、《竜気》を感じないクルスは別だけどね」

「―――」

ロウから自分の《竜気》の話を聞いて、サヤは言葉を失った。

テーブルの向こうにサヤ。
手前に私とそしてロウが座り、クルスはサヤの後ろに一人立っている。

私はゆっくり説明した。

「それで。
《お前さんのストール》を持っている元、王子――ヴィントは竜に絡まれることが多いらしくてね。
ロウはそれを知らせに来てくれたんだよ。
何とかできないかと相談に来た。
だからこれから、私は何か良い解決法を考える。
ヴィントが《お前さんのストール》を持っていても普通に生活できるようにね」

サヤを刺激しないようにゆっくり言ったのだが、効果はなかったようだ。
サヤは身を乗り出すようにして聞いてきた。

「《私のストール》のせいで竜に絡まれるって。じゃあ《彼》は?
今、どうしているんですか?!」

「今は――」

《閉じ込められている》とは言えない。
どう言おうか考えていたら、私の横に座っているロウが言った。

「《水の竜》の王宮にいるよ。ルゥがついてる」

「ルゥ?」


サヤが聞き返せば、ロウは軽い調子で説明した。

「ああ。ウチの――《水の竜》の巫女だよ。
竜だけど、人の姿しか取れない。
でもかわりに変わった力を持った巫女」

「巫女。お婆さんと同じですか?」

「まあそうだけど。違うところの方が多いかな。
ウチの――《水の竜》の巫女は、ずっと子どもなんだ。
異常に成長が遅くてね。
でもその分、長寿だ。
《風の竜》の巫女、婆さんみたいに色々な力はない。
さっき婆さんがやった遠くにいる俺たちに《話しかける》なんてことはできないし、
竜の記憶の宿る布も織れないから、始祖様の記憶も持たない。
できるのは結界を張ることくらいだな」

「じゃあ《彼》は今、その巫女――ルゥさんの結界の中にいるんですね?」

「そう。結界の中なら《竜気》が外に届かないからね。
ヴィントを守るには最適だ。
しかもルゥは、婆さんよりずっと広い結界が張れる。
ヴィントは不自由なく生活できているはずだよ」

「……《水の竜》の王宮の中で?」

「あ、気になる?
ルゥは《水の竜王》の娘で、王宮に暮らしているから、それで王宮。
変な意図はないよ。
それとも一緒にいるのが見ず知らずの巫女じゃ心配かな?
それも心配いらない。
ルゥは俺の妹なんだ。
だから安心して任せてくれるかな」

サヤは驚いたように言った。

「妹……さん?」

「そう」

私も聞かずにいられなかった。

「ロウ。あんた……妹が《巫女》なのかい」

ロウは笑って言った。

「そういうこと。だから俺は他の奴より《例の珠》に詳しい。わかった?」

「なるほどね……」

私は頷いた。


私――《風の竜の巫女》と同じ。
《地》《水》《火》のどの巫女も、表立って出たりしない。

同じ種の竜の中にもその存在を知らない者がいるくらいだ。

だが、巫女同士には通じるものがある。
なんとなく、ではあるが他の巫女のことがわかる。


《水の竜の巫女》は―――

子どもだ。

私のように前世の記憶を持たない。
何も知らない――否。何も覚えていない無邪気な子ども。

ロウが言ったように成長が異常に遅い。
そのぶん他の竜の何倍も生きる。子どもの心と体のままで。

そして

ある日、突然消えるのだ。
《水の竜王の宝珠》にとけて。


ロウはそれを知っているのだろう。


それにしても。

私はロウを睨んだ。

「ロウ。何が《王族の末端も末端》だよ。
竜王の娘の兄ってことは竜王の息子。あんた王子じゃないか」

ロウはけろりと言った。

「大袈裟だなあ、王子なんて。まあ一応はそうですけど11番目の、ですよ?
誰も気にしない。ほったらかし。末端も末端ですよ」

「ああ、そうかい」

私は額を押さえた。
随分と自由な王子もいたものだ。


まあいい。
今は、それよりも……。

私は気を取り直してサヤに言った。

「サヤ。心配いらないよ。
気になるだろうが、ヴィントのことは私たちに任せておくれ。
悪いようにはしないから」

サヤは少し考えて、頷いた。

「……はい」

それまでサヤの後ろで一人立ったまま、黙って壁に背を預けていたクルスが言った。

「サヤの方は?何もしなくていいのか?」

「――ああ。そうだねえ。確かに《妖花の竜気》だが、香りは微かだ。
ここは《風の竜》の住む所で、今まで問題も起きていない。
そんなに気にすることはないだろう。
でも、そうだね……。
クルス。念のため、サヤが結界の外に出る時は一緒に行ってくれるかい?」

「…………」

すぐに諾と返事がくると思っていたがクルスからの返事はない。

「クルス?」

「え?」

私が声をかけるとクルスはハッとしたようにこちらを見た。

「……クルス……?」

サヤも後ろにいるクルスの方に顔を向けた。
クルスはサヤをちらりと一瞬見て、それから一度首を振った。

どうかしたのだろうかと思ったが

「――何でもない。……わかった」とクルスは言った。

それでも気になったのだろう。
サヤが腰を浮かせた。

と、同時にロウがサヤに話しかけた。

「それにしても。サヤ。
君の《竜気》は昔、竜だった時から今までずっと《妖花》だったはずなんだ。
竜だった時は山の奥深く。
両親以外の誰にも会わず育ったらしいけど。
人に転生してからは普通に人の中で育ち、暮らしていたんだよね?
確かにこの国にいる《風の竜》は俺たち《水の竜》ほど鼻は効かないし、人に混ざって暮らしている奴も多くない。
けど、その……よく男に絡まれたりしなかった?」

サヤはクルスの方を気にしていたが。
一旦、浮かせていた腰を再び椅子に戻すと言った。

「――特に……そんなことは……」

「ふうん?おかしいな。そんなはずないと思うけど」

ロウが首を捻る。
私はそんなロウに言った。

「人に転生したと同時に《竜気》が格段に弱くなったのかもしれないね」

納得がいかなかったのか、ロウはますます首を捻った。

「……そうかな。それでも今よりは《妖花の竜気》は強かったはずだ。
苦労があっても不思議はないんだけどな。
子どもの時ならともかく、成長したら――《番》と出会う歳くらいになれば……」

「あ……」

と、サヤが声を漏らし、すかさずロウが反応した。

「やっぱり何かあった?」

「……いえ……その……」

言いにくそうにしているサヤに代わり、私が答えた。


「……サヤはそのくらいの歳。
《番》と出会ってしばらくすると、いつも亡くなってきたからね。
特に何もなくて当然かもしれないね」

ロウは目を見開いた。

「いつも……亡くなってきた……?」

「……竜の嘆きは不幸を呼ぶ。知っているだろう?」

「――《番えなかったから》。……そういうことか」


ロウは
机に顔を押しつけるようにして呟いた。


「なんだよ、それ。―――くそう」


その時だった。

どさり、と音がして。
驚いて見れば、クルスが倒れていた。

「―――っクルス!」

サヤがかけ寄る。

そしてクルスを抱き抱え何度も名を呼んだが―――反応はない。

クルスの顔は真っ青だった。

私にも、何が起こったのかわからなかった。


「―――クルスっ!!」


サヤの悲痛な叫び声が響いた。


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