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第二章
15 竜気なしの竜 ※お婆さん(占い師)side
しおりを挟む「うーん。もう七日かあ……。
奴は何故、市場に来ないんだろう。
あの日、売り子の娘がクルスに毒――《竜殺し》を飲ませたのを見ていたとしても、その後どうなったかは絶対に確かめたいはずだよね」
市場から帰ってきたロウは椅子に座ると大きく伸びをした。
メイがそんなロウにお茶を出すと、そのまま横に座った。
「風の竜は目が良いわ。どこか遠くから市場を見ているのかもしれないわね」
「ええー。鼻が効く俺に気づかれずに?」
「確かに、鼻は私たち《水》の方が良いのかもしれない。
でもここは風の竜の地。風の竜は風に敏感よ。
風の中にロウの《竜気》を感じて、市場に近づかないでいるのかも……」
「あー……。ここは空気が乾いている。湿度が低い。
そして風はひっきりなしに吹いている。
確かに奴が俺より風下にいたら、奴の方が有利か」
「だが、それでも奴の《竜気》を知っているのはお前さんだけだ。
ロウ。悪いが――」
私が声をかけるとロウは笑った。
「――いいよ。俺は当分ここにいることになりそうだからね。
婆さんがヴィントの持ってる《サヤのストール》からサヤの《妖花の竜気》を香らせないようにする方法を見つけてくれるまで」
「そっちも頭が痛いね」
そうだった。
《サヤのストール》の問題もあったのだと思い出して気が重くなった。
《妖花の竜気》の香る《サヤのストール》。
竜の王宮にしかないはずの毒――《竜殺し》で命を狙われたクルス。
問題は重なる時には重なるものだ。
「《妖花の竜気》を香らせないようになんて、できるんですか?」
メイに聞かれたが、私はため息を吐くことしかできなかった。
「全く思いつかない。困ったね」
「まずはクルスが盛られた《竜殺し》の方を解決するのが先だね」
そう言ってロウがお茶を飲んだ。
「ねえ、クルス。
毒。それも《竜殺し》を盛られるほど、誰かに恨まれている覚えはないの?
小瓶には確実に竜を殺せる量の《竜殺し》が入っていた。
君の命が狙われたのは間違いないよ?」
クルスは客間のドアの前に立ったまま、一言だけ言った。
「わからない」
「そうか」
ロウは「はあー」と大袈裟に息を吐いてみせた。
「君は元、竜王の臣下で最強といわれる《竜気なし》。
そして今や、尊き風の巫女様に仕える唯一の護衛だ。
やっつけられた奴。
そいつらの家族に《番》。
あと、君に出世を阻まれた奴も多いだろうね。
恨んでる奴は多そうだなあ」
メイがそんなロウを小さく小突いてから言った。
「それにしても。
奴は、よくクルスさんを見つけられましたよね。
クルスさんは《竜気》で追えないのに。
市場に来たクルスさんを偶然、見つけたのでしょうか」
「……クルスは飛ぶことが多い。
毎日だった以前ほどではなくとも、今も墓に行くからね。
風の竜は、風に敏感だ。目もいい。
《竜気》のないクルスでも、竜の姿で空を飛んでいればすぐに見つけられるさ」
「お墓?」
「いや。こっちの話だ。なんでもないよ。
それより。どうしたもんかねえ……」
クルスを狙った奴を捕まえないことには、安心できない。
奴は竜の王宮にしかないはずの《竜殺し》を何故か持っている。
そして確実にクルスの命を狙っているのだ。
竜の王宮にしかないはずの毒――《竜殺し》が使われている以上、
いずれは王宮に――《風》の竜王に言わないわけにはいかない。
《風》の竜王に連絡すれば、直ちに奴のことを探ってもくれるだろう。
だが。
今、ここには正式な手続きも踏まずやってきた水の竜の王子――ロウがいる。
前にメイが言っていたように、ロウがまず疑われる可能性がある。
《風》と《水》の仲にも影響する。
面倒ごとは避けたい。
考えていると、クルスが言った。
「俺が市場へ行く」
「クルス?」
ロウが「なるほど」と言って手を打った。
「囮か。いいかもね。
《竜殺し》まで使って君を葬ろうとした奴だ。
確かに君が平然と生きているのを見たら、また何か仕掛けてくるだろうね」
「でも、危険では?
それに身体も。ようやく普通に動けるようになったばかりじゃないですか」
メイが不安そうに言ったが、クルスは何でもないことのように返した。
「平気だ。―――小瓶を」
「―――え?小瓶?」
ロウの黄金色の目がすっと細くなった。
「小瓶……って。《竜殺し》が入っていた小瓶?
あの小瓶をどうするの?
まさか奴を見つけたら、仕返しに奴に《竜殺し》を飲ませる気?」
クルスは当然のように言った。
「中身をただの水に替えて、返す」
「返す?」
私は、ふふ、と笑った。
「―――そうだね。
そうすればクルスの不調と《惚れ薬》は無関係だと言える。
何より元気なクルスの姿を見れば、売り子の娘も安心できるだろう」
「―――――」
ロウが。そしてメイが。
目を見開いてクルスを見た。
滅多に生まれない《竜気なし》。
《番》を持つことができない。
だがそれでも生きていける《竜》らしからぬ《竜》。
愛を知らず喜怒哀楽もろくにない《感情なし》。
それが《竜気なし》の竜――クルスに対する竜の常識だ。
《地》《水》《火》《風》。どの属性の竜でもそれは変わらない。
《始祖の記憶》にもそうあるくらいの、遥か古代からの常識。
けれど
クルスに接してみれば、そんな常識は鮮やかに変わる。
そして、
こうしてその瞬間を見るのは、本当に面白い。
微笑んで見ていればロウと目が合った。
ロウはバツが悪そうにふいと顔をそらすと、くしゃくしゃと髪をつかんだ。
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