彼と彼女の日常

さくまみほ

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すれちがい1-3 side 彼女

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時差ボケを考慮して、寝ようと試みる。
CAさんに借りたブランケットを肩までかけて、体を倒す。
目を瞑っても、脳裏に浮かぶのは焦っている彼の声と、その表情。

彼が紛失したと言っている鍵。
でも手元にある。
可愛らしいメモと一緒に。

ひとまず、帰国したら鍵の付け替えをしてもらう事を、脳内のメモに書き込んだ。

推理小説なら、今までの過程でヒントがあるのに、現実は、どんなに思い返してもそんなものはない。

彼からの連絡が、単調で同じやり取りしかしなくなって。
その前はどうだっただろう?
いつ頃から、家に来なくなった?
彼の部屋着がなくなったのはいつ?
それまでの会話で違和感あった?

……思い返してみても、わからない。
タイミング悪くなのか、私も彼もバタバタしていたのだけは覚えている。
あの頃やってた仕事の内容やコードはすぐに思い出せるのに、なんで。

何度か体の向きを変えても、眠りは訪れてくれない。
カバンの中にある、電源を切ったスマホに意識を向ける。
無機物になったあの中には、彼との思い出がいっぱい、と言えればいいけれど。
写真も動画も着歴も、どこにも彼は存在しない。
一つのメッセージアプリの、彼の名前を削除したら、全てが消えてしまう。

それでいい、それがいいって思っていたのに。
なんであの時の記録を残さなかったの?
動く彼はTVをつければ見れるって、雑誌を買えばかっこいい彼がいるって。
私と2人でいる時の彼は、どこにもいないのに。
その瞬間しか、私しか、みることができないのに。

いくら記憶力に自信があると言っても、細かいことなんて忘れてしまう。
話し方やイントネーションを覚えても、彼が発した言葉はニュアンスしか出てこない。
こんな事言ってくれたな、嬉しかったなって。

そんな一つ一つを思い返しては、幸せに感じていた時間を思い出して静かに泣いた。


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「こっちよ!」

ただデカいだけだったはずの親友が、自由の国の扉を叩いて、さらに大きくなっていた。
物理的に。

「……ねえまた身長伸びた?」
「……ねえまた身長縮んだ?」

同時に口にした言葉に吹き出して、ハグをする。

「顔をよく見せて」と大きな両手で顔を包み込まれて、強引に上を向かされる。

「首痛いんだけど」
「あんた、クマすごいんだけど」
「忙しかったからね」
「……ふぅん?」
「なに」
「涙の跡、隠せてないわよ」

ニヤっと笑いながら、オデコに軽くキスを落とす。

「……っさいわ。気付かないでおくのがイイオトコでしょ!」
「しっつれいねぇ!私はあんたよりオンナよ!」
「失礼なのはどっちよ」
「ふふふ。ほら、行くわよ。荷物それだけ?」
「あ、うん。足りなかったら買えばいいでしょ」
「物価高いわよ」
「……そうだった」
「まぁ、うちにあるの使えばいいんじゃない?」
「ありがと」

大きなスーツケースを転がそうとすると、親友の大きな手に奪われる。
もう片方の空いてる手を繋がれて、なんだか久しぶりの感覚にくすぐったくなった。

「何笑ってんのよ」
「いや……手繋ぐの久々だなって」
「ふぅん?それはどっちの意味?」
「どっちって?」
「私と繋ぐのがって意味?それとも、誰かと繋ぐのがって意味?」

彼と手を繋いだ事ってあったっけって考えて、外ではないなって。
……家でも滅多になかった。

「ん?」
「……どっちもかな」
「あら」

片眉を大袈裟にあげて、びっくりした表情を浮かべる親友を見て、表情まで大袈裟になったのかと、どうでも良い事を思った。











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