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運命の悪戯
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結局、あまりにもゆっくりと歩いたせいで、間に合うだろうと思っていた終電を逃して、タクシーを探す羽目になった。
一向にタクシーが見つからないのは、運命の悪戯か。
歩いて帰るか…そう思っていたのに、酔いが回っていたせいか、気がついたら俺はまたあの店に向かっていた。
柊花はもう帰っただろうが、それでもあの余韻の中で、俺はまだ柊花を感じていたかった。
俺はさっきまでいた店の前に、どこか夢見心地でたどり着いた。
店には明かりがついていて、中にまだ人がいた。
店員が閉店作業をしているのかと思って覗き込んだら、そこにいたのは柊花だった。
柊花の友人が経営する店だと聞いていたから、彼女も閉店作業を手伝っているのかもしれない。
店の扉を押してみると、どうやら鍵もかかっていないようだった。
ギィっと音のする、木の扉を、音を立てないように慎重に開ける。
彼女の姿は柱に隠れて見えないが、彼女の声が確かに聞こえた。
凛々しい、男役の声だった。
ここで舞台の練習しているのか。
「ほらぁ、もう閉店。早く帰って」
打ち上げで大盤振る舞いしてくれた柊花の友人の声がした。
「帰りたくないよ~」
「帰ったら思い出しちゃうって?」
「だって今日で最後だったんだよ、MASA先生」
ふいに自分の名前を呼ばれて、咄嗟に聞き耳を立てる。
「私の迷いを吹っ飛ばす言葉をくれる人なんだ。」
「珍しくベタ惚れだよねぇ今回は。でもどうしようも出来ないんでしょ?」
茉由花は何も答えない。
「とにかく、私戸締りしてくるから。帰り支度しといてよ。」
店長は、柊花にそれだけ言うと、店の奥へと去っていった。
「…帰るか。」
柊花が独り言を呟く。
「送っていくよ。」
気がついたら、俺は隠れることを忘れ、声を発していた。
「せ、先生?どうして?」
混乱から、声が裏返っている。それから訳が分からないと、頭を抱えてしまった。
それでも、そんな姿さえも絵になるほど、彼女は格好良くて、でもとてつもなく可愛かった。
「聞いてましたか?」
「ごめん、そんなつもりじゃ」
「うそだぁあああ、はずかしいぃいいい!」
びっくりするくらいの大声をあげて、柊花が走り回る。
「おい、夜中だぞ!静かにしろよ!」
柊花を押さえつけながら、俺も叫ぶ。
それでも柊花は顔も耳も首も真っ赤にして、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるから、こっちは笑いが込み上げてくる。
「聞かれちゃったモンは仕方ないだろ?」
「だって!こんなのダサすぎる!」
この期に及んで、「格好良い」を追求してどうするんだよ。
恥ずかしがって、一挙手一投足がおかしくなっている。
そんな姿が新鮮でめちゃくちゃ可愛い…とは言えないが、そんな意味を込めて、大暴れしている彼女の肩を掴んで、思いっきり引き寄せた。
うわっと小さい声を上げてヨロついたところを、抱き止め、思いっきり抱きしめる。
大暴れしていた柊花だが、俺のハグは効果があったようで大人しくなった。
スラッと背が高くオーラも人一倍の彼女だが、こうしてしまえば物凄く華奢で柔らかくて、腕の中にすっぽりと収まってしまう。
どんなに格好良くても、柊花はやっぱり女性だ。
今俺は、彼女に憧れるすべての人間が見たことのない、彼女を見ているんだ。
誰も触れたことのない、彼女の核心に触れているんだ。
そう思ったら、胸が熱くなって、鼓動が早くなる。高校生みたいだ。
「俺と付き合ってくれない?」
こんなこと、人生で初めて口にした。
付き合おうとか、好きです、とか、そういう類の言葉を口にすることなく、自然な流れで気がついたら、恋人という存在になっている。
それが俺の今までの恋愛だった。
大抵の大人はきっとそうだ。
だが、男役の彼女との恋愛はそう簡単にはいかない。
覚悟を持って、“付き合う”ということに重きをおかないといけない。
男役の彼女たちにとって、恋愛は大きな罪なのだ。
人生を狂わせるもの。
関わってはいけないもの。
だからこそ、これまでずっと俺はブレーキをかけてきた。
でも。もう無理だ。
どこまでも格好良いを追求した彼女から垣間見える、女性としての色香。
ハスキーな声の裏に秘めた乙女心。
男性用の香水の奥に香る、女性としての甘さ。
近寄りがたいオーラに隠された、血のにじむような努力。
何もかもが新鮮で、これ以上ないくらいに最高な人だ。
「本気で言ってますか?」
声に緊張が混じっている。
いつもと違う女性としての声。
俺の本気度はきっと伝わった。
「俺、冗談は言わないよ。」
「嘘ばっかり。」
それでも憎まれ口を叩くから、俺は力をもっと込めて彼女を抱きしめた。
華奢な背中が、小さく震えている。
「付き合うのはやっぱり無理?」
彼女の心の葛藤が、沈黙を生む。
店にある柱時計が、チクタクと鳴り響く。
隣の店がシャッターを下ろす音が聞こえる。
確かに時は進んでいるのに、俺たち2人は時が止まったように、沈黙の中にいた。
その沈黙を破ったのは柊花だった。
「私、女としての人生を放棄してるんです。」
そう言う彼女の声は、切ない色をしていた。
そして芯の強さがあった。
「その覚悟で花蘭に入ったんです。今までずっとその信念を曲げずにやってきたんです。だからわたし、、、」
俺の腕をゆっくりと引き離した柊花は、振り返って俺の目をじっと見つめた。
ダメか。フラれるか。
「全然可愛くない。」
「え?」
変化球すぎる言葉に、素っ頓狂な声が漏れる。
「先生が私のどこをどう好きになったか分からないですけど、私、女性としての魅力、何にもない。恋愛経験だって学生の時以来で、ほぼゼロって感じだし。」
「待って待って。その流れ、返事はYESってことか?」
柊花はこくりと頷いた。
美しく端正な顔が、真っ赤に染まっている。
「普通の恋人となら出来ることでも、男役の私とは出来ないことが沢山あります。それでも良いですか?」
言葉を選んで真剣に俺に話すところから、彼女の覚悟がうかがえる。
「君が思う、普通じゃないこと、全て話してくれないか?もちろん全て受け止める。でも、きっと俺が予想できていないようなこともあるだろうから。」
「ああ、それから。」
俺は言葉を続けた。
「君の本当の名前、教えてくれるか?」
「まゆか。鈴原茉由花。」
俺たちは、そうして、付き合った。
彼女は花蘭注目の3番手スターだった。
一向にタクシーが見つからないのは、運命の悪戯か。
歩いて帰るか…そう思っていたのに、酔いが回っていたせいか、気がついたら俺はまたあの店に向かっていた。
柊花はもう帰っただろうが、それでもあの余韻の中で、俺はまだ柊花を感じていたかった。
俺はさっきまでいた店の前に、どこか夢見心地でたどり着いた。
店には明かりがついていて、中にまだ人がいた。
店員が閉店作業をしているのかと思って覗き込んだら、そこにいたのは柊花だった。
柊花の友人が経営する店だと聞いていたから、彼女も閉店作業を手伝っているのかもしれない。
店の扉を押してみると、どうやら鍵もかかっていないようだった。
ギィっと音のする、木の扉を、音を立てないように慎重に開ける。
彼女の姿は柱に隠れて見えないが、彼女の声が確かに聞こえた。
凛々しい、男役の声だった。
ここで舞台の練習しているのか。
「ほらぁ、もう閉店。早く帰って」
打ち上げで大盤振る舞いしてくれた柊花の友人の声がした。
「帰りたくないよ~」
「帰ったら思い出しちゃうって?」
「だって今日で最後だったんだよ、MASA先生」
ふいに自分の名前を呼ばれて、咄嗟に聞き耳を立てる。
「私の迷いを吹っ飛ばす言葉をくれる人なんだ。」
「珍しくベタ惚れだよねぇ今回は。でもどうしようも出来ないんでしょ?」
茉由花は何も答えない。
「とにかく、私戸締りしてくるから。帰り支度しといてよ。」
店長は、柊花にそれだけ言うと、店の奥へと去っていった。
「…帰るか。」
柊花が独り言を呟く。
「送っていくよ。」
気がついたら、俺は隠れることを忘れ、声を発していた。
「せ、先生?どうして?」
混乱から、声が裏返っている。それから訳が分からないと、頭を抱えてしまった。
それでも、そんな姿さえも絵になるほど、彼女は格好良くて、でもとてつもなく可愛かった。
「聞いてましたか?」
「ごめん、そんなつもりじゃ」
「うそだぁあああ、はずかしいぃいいい!」
びっくりするくらいの大声をあげて、柊花が走り回る。
「おい、夜中だぞ!静かにしろよ!」
柊花を押さえつけながら、俺も叫ぶ。
それでも柊花は顔も耳も首も真っ赤にして、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるから、こっちは笑いが込み上げてくる。
「聞かれちゃったモンは仕方ないだろ?」
「だって!こんなのダサすぎる!」
この期に及んで、「格好良い」を追求してどうするんだよ。
恥ずかしがって、一挙手一投足がおかしくなっている。
そんな姿が新鮮でめちゃくちゃ可愛い…とは言えないが、そんな意味を込めて、大暴れしている彼女の肩を掴んで、思いっきり引き寄せた。
うわっと小さい声を上げてヨロついたところを、抱き止め、思いっきり抱きしめる。
大暴れしていた柊花だが、俺のハグは効果があったようで大人しくなった。
スラッと背が高くオーラも人一倍の彼女だが、こうしてしまえば物凄く華奢で柔らかくて、腕の中にすっぽりと収まってしまう。
どんなに格好良くても、柊花はやっぱり女性だ。
今俺は、彼女に憧れるすべての人間が見たことのない、彼女を見ているんだ。
誰も触れたことのない、彼女の核心に触れているんだ。
そう思ったら、胸が熱くなって、鼓動が早くなる。高校生みたいだ。
「俺と付き合ってくれない?」
こんなこと、人生で初めて口にした。
付き合おうとか、好きです、とか、そういう類の言葉を口にすることなく、自然な流れで気がついたら、恋人という存在になっている。
それが俺の今までの恋愛だった。
大抵の大人はきっとそうだ。
だが、男役の彼女との恋愛はそう簡単にはいかない。
覚悟を持って、“付き合う”ということに重きをおかないといけない。
男役の彼女たちにとって、恋愛は大きな罪なのだ。
人生を狂わせるもの。
関わってはいけないもの。
だからこそ、これまでずっと俺はブレーキをかけてきた。
でも。もう無理だ。
どこまでも格好良いを追求した彼女から垣間見える、女性としての色香。
ハスキーな声の裏に秘めた乙女心。
男性用の香水の奥に香る、女性としての甘さ。
近寄りがたいオーラに隠された、血のにじむような努力。
何もかもが新鮮で、これ以上ないくらいに最高な人だ。
「本気で言ってますか?」
声に緊張が混じっている。
いつもと違う女性としての声。
俺の本気度はきっと伝わった。
「俺、冗談は言わないよ。」
「嘘ばっかり。」
それでも憎まれ口を叩くから、俺は力をもっと込めて彼女を抱きしめた。
華奢な背中が、小さく震えている。
「付き合うのはやっぱり無理?」
彼女の心の葛藤が、沈黙を生む。
店にある柱時計が、チクタクと鳴り響く。
隣の店がシャッターを下ろす音が聞こえる。
確かに時は進んでいるのに、俺たち2人は時が止まったように、沈黙の中にいた。
その沈黙を破ったのは柊花だった。
「私、女としての人生を放棄してるんです。」
そう言う彼女の声は、切ない色をしていた。
そして芯の強さがあった。
「その覚悟で花蘭に入ったんです。今までずっとその信念を曲げずにやってきたんです。だからわたし、、、」
俺の腕をゆっくりと引き離した柊花は、振り返って俺の目をじっと見つめた。
ダメか。フラれるか。
「全然可愛くない。」
「え?」
変化球すぎる言葉に、素っ頓狂な声が漏れる。
「先生が私のどこをどう好きになったか分からないですけど、私、女性としての魅力、何にもない。恋愛経験だって学生の時以来で、ほぼゼロって感じだし。」
「待って待って。その流れ、返事はYESってことか?」
柊花はこくりと頷いた。
美しく端正な顔が、真っ赤に染まっている。
「普通の恋人となら出来ることでも、男役の私とは出来ないことが沢山あります。それでも良いですか?」
言葉を選んで真剣に俺に話すところから、彼女の覚悟がうかがえる。
「君が思う、普通じゃないこと、全て話してくれないか?もちろん全て受け止める。でも、きっと俺が予想できていないようなこともあるだろうから。」
「ああ、それから。」
俺は言葉を続けた。
「君の本当の名前、教えてくれるか?」
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俺たちは、そうして、付き合った。
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