確かに俺は文官だが

パチェル

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第1章

自己紹介しよう1

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 少年の瞳に魅入っていると月明かりが窓から差し込んだ。少年が目を逸らしちらりと部屋を見渡す。そうして俺をもう一度見つめた。


 怯えられてない?

 ゆっくり声を掛けようと立ち上がろうと腰を上げた。

 バサバサバサ。


 俺が立ち上がった瞬間に頭の上、肩の上、膝の上。
 とりあえず俺の至る所、エプロンのポケットまで、何かが乗っかていて、動いた途端それが床に散らばった。
 というか足の周りの床一面にもそれらが置いてある。まるで俺が動けばわかるぞと言うように。


「なんじゃこれ!? ……敵襲? ……いやアイツらか?」


 驚きながら散らばったそれらを見るとそれは小さいものから大きなものまで、根っこまでご丁寧についている花々だった。

 おかげで俺は土まみれだ。アイツら病人がいるところに土なんて持って来やがって。バグか?

 とりあえずそれらを踏まないようにせっせと拾い集めていく。


「ってこれ、俺が昼間抜いた雑草じゃねーか。なんだ何だ。嫌がらせか?」


 拾い集めた雑草どもを両手で抱えて明かりをつける。
 寝ている間にこんなことをされていたなんて愕然としていたが、部屋の至る所にも花瓶が置かれ、花が飾ってある。これは雑草じゃない。わざわざ購入したのか!?

 思えばあいつらは花が好きなのかもしれない。日向ぼっこをしているときは花を踏まないように歩いている気がしていて、気のせいかとも思ったが。

 このエプロンだって、花柄だ。看病の準備をするときに人型に注文書を作ってもらったらこれを注文していて偶然かとも思っていたが。

「俺には似合わんだろうが……はぁ」



 と一人でてんやわんやしているとふっと息が漏れる音がした。しまった。少年の事を忘れていた。
 ばっと振り向くと少年がビクッと肩をはねさせた。


「わ、わるい。脅かしたか?」


 手を顔の横にあげて無抵抗の意思を示す。少年はちらりと見て眉を真ん中に寄せる。そうしてちらちらこちらを伺い俺の頭を指さした。

「え、何?」


 今度は両手を合わせてパカリと開き、その後頭を指さす。


「あぁ、花がまだついてるのか? どこだ?」

 頭を何度か触るが少年はそのたびに首を振る。俺は仕方なく頭をこれでもかとガシガシして思いっきり振りまくった。

 髪の毛の中から土がピュンピュン飛び出て少年のところにも飛んでいってしまった。


「わぁぁ、すまん!」



 急いで駆け寄りベッドのわきにしゃがみこみ雑巾で拭きとると頭に何かが触れた。
 髪の毛の中を細い指先がかき分け、潜り込み、何かを掴む。その手が耳元にもやって来て、耳を少し掠る。



 離れていく手をいつの間にか目で追いかけていると少年の漆黒の瞳をのぞき込むことになった。
 彼の手には五枚の花弁が掴まれていた。横には少し伺うような瞳が。


『取れました……』



 俺は言葉の違いのことを忘れて思わず問うていた。


「君の名前は何だ? 教えてくれ」


 少年は少しうるんだ瞳で意を決したかのように口を開いた。


「ぼくの、なまえ、ヒノ。ヒノヒカリ……あなたの、なまえ、おしえて?」


「俺の名前はセイリオス、セイリオス・サダルスウド……。えっとヒノヒカリくん?」



 名前を呼ぶとくすぐったそうな顔をした。

「ヒカリ。ヒノ、お父さん、お母さん、同じ。 ぼく、ヒカリ」

「そうか、ヒカリ。いい響きだな。俺はセイリオスと呼んでくれ」


 ヒカリはゆっくりセイリオスと呟くので、返事をして、俺もヒカリと呼んだ。ヒカリと言われて彼は「はーいっ」と小さく手を挙げて返事をしてくれた。
 その瞳にはやっぱり星が煌めいていた。




 嬉しくてその瞳を覗きこんだままでいるとコンコンとノックの音が聞こえる。

「はぁい。こんばんは。夜間の時間外訪問に伺いました。なかなか呼んでも来ないから来ちゃったけど。紹介してもらってもいいかな?」

 スピカが手にリンゴを持って立っていた。それを見た少年の気配が強張る。


「ヒカリくん。怖くないぞ。この人はお医者さんだ」

 ヒカリは首を傾げる。医者という言葉を知らないのだろうか。

「えっとな……。病気、けが、傷、痛い、苦しい、治す、薬……うーん、いい人だぞ?」


 とりあえず医者に関する簡単な言葉を羅列していく。ヒカリはしっかり聞いている。

「傷、痛い、ない? いい人?」
『……お医者さんかな?』

 知っている言葉があってよかった。俺はそうそうと頷く。


「医者で、名前は、スピカだ」
「ハイ、という事で、スピカです。よろしく」

 スピカが間に入ってきて手を差し出すとまたもやびくりと肩をはねさせた。スピカはゆっくり手を下ろす。その代わりリンゴを差し出してその手に乗せる。

『リンゴ……』

「スピカです。医者です。痛いところないですか?」

 ヒカリはリンゴをまじまじと見つめていたがその声に顔を上げた。

「ヒカリ、デス。痛い、ない、デス」

 スピカがよくできましたと褒めた後に、俺を見下げてくる。

「ところでお前はいつから園芸屋さんやり始めたの? 俺、基本中の基本を教えたよなぁ……。患者のところは衛生的にしとけって? 土まみれにして、お前。いつからそんなに頭悪くなったんだ。病院へ行け。なぁ? お前の脳みそ弄ってもらえ。あの変人部に紹介状書いてやるからさぁ?」

 両手が花で埋まっている俺はこぶしをバキバキ鳴らすスピカから距離を取り、何とか必死に自分でもどうしてこうなったかわからないなりに説明をする羽目になったのだった。




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