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第1章
自己紹介しよう4
しおりを挟むチュンチュンチュン。
この鳴き声はあれだろうか。
ヒカリは目が覚めたので、窓の外を眺めていた。雀のような鳴き声が聞こえるのだか、あの蝙蝠みたいなのだったら怖いので確認はしていない。
朝日が少し昇って部屋を照らすのを静かに見ていた。
しばらく、どうしようか悩んだが、足をベッドの外に慎重に下ろした。壁に手を当てて、ゆっくり歩き始める。
ヨタヨタと覚束ない足取りは、何も筋力の衰えだけではない。焦りは禁物なだけなのだ。
一歩一歩進み扉へと向かう。扉から出た後はどうしようか。ばれないように行けるだろうか。
変なドキドキが焦りを生む。
大丈夫まだ、起きてないよ。静かだもん。探せば大体同じようなところにあると思うし。
しかし、無情にも願いは叶わず。
ガチャリ。
「お、おはよう。ずいぶん早いな」
落ち着いた深緑の髪の花柄エプロンをした青年が扉を開けて顔を見せた。
え、足音しなかった……。
内心の動揺を悟られないように挨拶をする。
「オハヨー」
「寝てると思ったからノックしなかった。すまんな」
ノックしなかったことを謝っているのだろうか。そんなこと気にしていないと伝えたいが伝える術がなくてとりあえず小さく首を振った。
「ダイジョーブ」
「気にしてないって? いや、気にした方がいいぞ」
彼はセイリオスさんだ。ここは彼の家だから、どうしようと彼の自由じゃないのかなとヒカリは思うのだが、わからないので首をかしげておく。
「それでなー。ご飯とかまだ準備できてないんだ。とりあえず、アイツらと日向ぼっこしにいくか? 気持ちいいぞー」
『気持ちいい』と言う言葉に少し嫌な気持ちになってしまう。朝から聞きたくはない言葉だ。
ヒカリはその言葉の意味はわからなかったけれど、言えと強制された言葉であまり好きではないのだ。
言わなかったら言わなかったで殴られるし、言ったら言ったで行為は激しくなって終わらないし。
意味が分からないけど、聞きたくも言いたくもない言葉だ。
じっとしていたらセイリオスに外を指差された。指差す方向には丸いのとオコジョとでっかい人が並んで空を見上げている。
動かなくなったでっかい人だ! えっ、何? 怖い。思わず近くに来たセイリオスを見上げた。
「お日さま、太陽、好き? 浴びる? お日さまのところ行くか? えっと、外歩く?」
太陽のところにいくのかと聞かれているようだから、頷いた。この感じだと行った方がいいのだろう。あのでっかい人は怖いけど。オコジョもいるし。
自分でヨタヨタと歩き扉の近くまで何とか着けた。あとは階段か、いけるだろうかと考えていたらそんなヒカリをじっと眺めていたセイリオスと目が合った。
「階段は危ないから抱えていいか?」
これは確か抱っこするときの言葉だ。昨日みたいに運ばれてほしいのだろう。まぁ、落ちたら面倒くさいもんな。
少し悩む。今、抱えられたら大変な気がする。でも拒否したら、どうなるんだろう。
ここは我慢一択だ。
頷き手を伸ばすと、セイリオスも手を伸ばし少しかがんで、グイッと下から抱えられた。
瞬間、あっ、ダメかもと過る。
彼に抱きあげられると視線が高くなり少し怖い。力をいれるところがなくて彼にしがみつくしかなかった。
怖いのかとセイリオスは少しだけ抱き締める力を強くした。
それは、それで、セイリオスさん!
ヒカリはやめてもちょっと待っても言えず、一つ一つ階段をゆっくり降りる彼にしがみつき運ばれるしかなかった。セイリオスはヒカリが怖がっていると思っているので慎重に背中を擦る。
階段を降りる振動がヤバイ、我慢していたけど声が出てしまう。
一段。
「あっ」
一段。
「ふっ」
一段。
「ん、くぅっ」
その度にセイリオスの腕がピクッとなった。気になった彼はついぞ聞いてしまった。
「えっと、どうかしたか?」
ヒカリは涙目でセイリオスにお願いをすることにした。
「……トイレ? どこ? きて? でる」
「待っとけ! すぐ行く!」
セイリオスは急いで、かつ、慎重に階下へと降りてトイレにつれていった。トイレの外から使い方がわからなかったらそのままでいいからなーと声をかけて。
意味がわかっただろうか。
セイリオスはトイレの扉の前でずるずるとしゃがみこむ。
「……朝から、ちょっと、あれは……」
耳元で、ああいう小さな声は出さない方がいいよといつか教えてあげようとセイリオスは決意した。
トイレの中でヒカリも愕然としていた。ちょっと待って。僕、寝たきりだったんだよね? きっと、魔法で何とかしてたよね?
ファンタジーな部分あるよね?
しかし、自分が出会った他の人のことを思いだし希望的観測は崩れ去った。
お花を摘みながら自分の着ていた下着をみる。
見てからやっぱりこれは。
ガックシと項垂れた。
恥ずかしい。僕、今、オムツ履いてる。
冷静になればそりゃそうだろとは思うが、思春期には少し厳しいものだったようでしばらくトイレから出られなかった。
ようやくトイレから出てきたヒカリは再び抱き上げようとするセイリオスに、大丈夫ですと伝えた。
しかし、セイリオスは玄関は少し段差があるから安全なところまで抱えさせてほしいと言われ、否定できずに結局抱えられた。
恥ずかしくて、でも、何に恥ずかしがっているのか知られるのも嫌で、無言で抱上げられる。セイリオスは気にせず玄関の扉を開け庭に出た。
日本では広い部類に入るだろうと思われる庭だった。
石畳の道が門まで伸びておりその隙間には草花が生えている。草花の割合は草が8割で、花が2割だ。小さい小花が所々に咲いている。
実際は昨日はもっと背の高い雑草も生えていたり、とげとげの雑草なんかもいたのだが、セイリオスが抜いてしまったのだ。小さい小花や雑草は今日抜こうかと思ったのだがヒカリがそれらをじぃっと見つめているのでその予定は今後無くなってしまった。
そして、どうして自分が花まみれになっていたのか、その疑問を再び考えた。
ヒカリは安定した人の腕の中で石畳ではない道を進む。歩くたびにサクサクと音がする。踏みしめられた草花をセイリオスの肩越しに眺めると、セイリオスが足をどけたすぐ後にピョコピョコ跳ね返って、太陽を浴びるように元気いっぱい背伸びしていた元の姿勢に戻る。だいぶ強い草花のようだ。とても深い青。目に染みるぐらいの青だった。
ヒカリが借りている部屋の下にまで来たようで下はこんなふうになっているのかと小さくキョロキョロする。オコジョがヒカリに気付いて走ってきた。
「ドウブツガタ! おはよう」
「オ・ハ・ヨ・ウ・ヒ・カ・リ」
挨拶をすると挨拶を返すようになったのは最近で、それがとても嬉しかったのでヒカリは目が覚めるたびにオコジョに挨拶をした。
挨拶は基本だからレグルスに教えてもらっていたのだ。セイリオスが変なものを見たという顔をしてオコジョを見ている。それをヒカリがじっと見ているのに気づき、「おはよう」と彼も挨拶をしていた。
オコジョはセイリオスを見てしばし考えたのち、しっぽを振ってヒカリに手を伸ばした。
あれ、セイリオスのこと無視したの、え、仲良くないのとヒカリは戸惑うが、セイリオスはヒカリをゆっくりと地面に降ろした。そうして自分自身もしゃがみ込みオコジョと目を合わせる。
「俺は今からご飯を作る。ヒカリとそこで大人しく日向ぼっこしていなさい。じゃなくて、充填しとくように。頼んだぞ」
と言うとオコジョはしっぽをピーンと立ててヒカリの手を取った。セイリオスもヒカリの背中を押して「行ってこい」と言った。
歩くたびにサクサクと草が音を立てる。踏み込んでも力強く跳ね返る感じが足の裏に感じられる。ヒカリは裸足なのだが、なんだかすごく久しぶりの感触に楽しくなってしまう。
ゆっくり歩く歩調に合わせて、オコジョが手を引く。
一緒にサクサク。外の匂い。風が頬をくすぐる。
先ほどまでオコジョが日向ぼっこをしていた場所まで来ると先ほどとは違うことに気付いた。
『あれ、でっかいのと丸いのは?』
一機と一人がいなくなっていた。オコジョはお構いなしに座り込んで上を見上げる。ヒカリも隣に座って大人しく日の光を浴びていようかと思ったらウィーンという音が聞こえた。
丸いのがコップに水を入れて持ってきた。後ろを振り返るとセイリオスはもういなくなっていた。
「ありがとう」
喉が渇いていたのか一気に飲み干そうとして、変なところに水が入ってしまった。
「う、ゲホッ、ゴホッゴホ」
むせてしまい、何度もせき込むと丸いのが背中をさすってくれた。お礼を言って顔を上げると木の陰から中腰のでっかいのと目が合った。
彼は目が合うとヒュッと木の陰に隠れてしまった。
『何してるのかな……。ていうかこっち見てた?』
変だなとは思いつつも、ヒカリも怖いという印象があったのでそのままそっとしておくことにした。触らぬ神に祟りなしっていうしなと思って丸いのとオコジョに挟まれながら日向ぼっこに戻った。
パチパチしながら寝る前のことを考えていた。これからどうなるのだろうか。
また売られる、ことはないと思いたい。
あんなことをもうしなくていいと思いたい。
二人は仕事って言っていたけど、何の仕事だろう。スピカは医者だから何となくわかる。でもセイリオスは?
ここはセイリオスの家だから、僕の権限はあの人が持っているんだろうか。僕はここではきっと不法入国者、戸籍も何も持っていない。
自分が自分であるという証明のない人間。
奴隷制がまかり通る世界。
変な薬も存在する世界。
とたんに膝を抱えたくなった。
青い空と太陽は日本と変わらないように思えて涙が出てしまったが、隣で日向ぼっこをしている丸いのとオコジョは太陽しか見ていないので、気付かれないうちに涙を拭いた。
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