確かに俺は文官だが

パチェル

文字の大きさ
44 / 424
第1章

したいことをしようじゃないか13

しおりを挟む




 ヒカリの家は忙しない方だったと思う。


 気が付けば3歳下の弟が生まれていて、6歳上の兄がいて、お父さんは忙しいのか土日もいない時がある。お母さんは土日までは忙しくないけど、家でも仕事をして、働いてる。テレワークってやつだっけ?

 だから毎日家にいるのはヒカリと弟と兄だけだった。お母さんとお父さんは帰ってきたら全力で子どもと遊んでくれるから寂しいとは思わなかった。



 僕が小学校に入るころに弟の体に悪いところが見つかった。
 それからは更に忙しなくなった。

 弟はよく入院するようになったし、お父さんはただの平社員で、だからお母さんは仕事を増やしていった。それからは兄と二人で家にいることも多くなった。
 でも寂しくなかった。と言えばちょっとは嘘になるけれど。

 でも本当に毎日、行ってきますとただいまを言う相手がいると嬉しいし、行ってらっしゃいとお帰りを言えた時は安心した。




 兄が高校生になると、アルバイトと部活が忙しくなって、一人でいることも多くなった。弟が家にいるときは弟と遊んでいるけど、いないときは友達と遊んだ。
 そのころからの仲良しが森りんだった。近所の銭湯が森りんの家で、よく銭湯にも入らせてもらった。代金は掃除をすることでおまけしてもらっていた。


 夜に誰もいないときは森りんの家にお邪魔していることもあったし、うちに誰かがお邪魔していることもあった。
 近所で食べ物屋さんをやっているおじさんの家にもよくお邪魔したし、手伝った。

 でも誰かが家に帰ってくるときは家に必ず帰った。誰かの家にお邪魔しているときはお父さんやお母さん、兄ちゃんが迎えに来てくれることもあったけど。




 僕がお帰りと言うとお父さんはただいまぁって情けない顔をして癒されるという。
 僕がお帰りを言うとお母さんはただいまってにっこり笑って元気になるという。
 僕がお帰りと言うと兄ちゃんはたっだいまぁと抱きしめながら幸せになるという。

 僕がお帰りと言うと弟はただいまと言って泣きそうになりながら嬉しくなるという。




 帰る場所があることが嬉しいって、帰ってこられたんだと胸がドキドキするんだって。
 病院では知り合いもできるし、看護師さんは優しいし、みんなお見舞いに来てくれるし、お父さんとお母さんと兄ちゃんは毎日ちらっとでも会いに来てくれるけど、僕とはなかなか会えない。僕はまだ小さいから一人で行ってはいけないって言われてる。

 でも僕がいる家に帰ると生きてるってすごく思うんだって、帰ってきたいって思うんだって僕の手を握るんだ。
それを知ったのは結構最近。恥ずかしそうに弟が言ってくれた。

 どうして灯はそんなに頑張れるのって聞いたら、兄ちゃんがいるから頑張ろうって思うんだよって言われて、うれしくって頭をぐりぐりした。


 それを知らないときはただ、ただ、出迎えなきゃって思ってただけだったんだけど。




 そんな僕も中3になるころには一人で弟の病院へ行くことができるようになったし、高校に入ってすぐバイトも始めた。弟の病院へは電車で行かないと怒られる。自転車で行こうとしたら遠いから危ないと言われたのだ。

 たまにお見舞いに行くと弟がこういう時はただいまっていうのかなぁ、なんていうからすごく笑ったのだ。
 最近ではお母さんのおなかの中に妹がやって来て、弟はめったにないぐらい喜んでいた。僕もお兄ちゃんになるんだぁって。僕みたいなお兄ちゃんになるんだって内緒話もしてくれた。


 だから、僕にとっては挨拶はとても素敵なもので、僕の、なんて言うんだろう。存在意義? は変かな。僕の仕事? みたいな感じ。
突然この世界に来て、挨拶のいらない生活をして、帰れないってわかって。



 唐突にお帰りが恋しくなった。





 お帰りって誰かに言いたい。





 ううん、違う。僕もお帰りって言われたくなっちゃったんだ、きっと。



 だから、セイリオスがそんなことって言って、僕はなんだか不安になった。

 ここは僕のいる場所じゃないような気がして。
 それで当り前かって何だかあきらめそうになって。

 でもセイリオスと話すと楽しくって、この気持ちを伝えたくなって。でもまたそんなことって言われたら怖い気がして。
 で、違う話をしちゃって。


 だって子どもっぽいじゃん。お帰りが言いたいなんて。
 疲れてる仕事帰りの大人にいう事じゃないし。


 それなのにスピカが帰ってきたら同じように飛び出しそうになって、セイリオスがまた、そんなこと、って言った。


 わかってる、僕が転んだことを心配してるんだろうし、窓から身を乗り上げたことを心配してるんだってことは。


 でも、すごく泣いちゃいそうになって。
 我慢して、謝った。


 セイリオスは納得していないのか険しい顔で僕を見ている。もうしないよ。と言いたいけど、声を出したら泣いちゃいそうで、黙ってた。



 しばらくすると、門を開けてもらって僕の部屋の窓の下に移動したスピカが大きな声を出した。

「たっだいま――――――!!ヒカリく――――ん。元気してたかぁ―――?」


 僕は返事できずにいるとスピカが声をまた出す。

「えっ、どうかしたの―――? オカエリが聞きたいなぁ―――?」

 僕は窓から小さく身を乗り出した。セイリオスが優しい力で僕を掴んでいる。息を大きく吸い込みたいのにできなくて、情けない声が出た。



「おがっえ゛り゛ぃぃ」



 やっぱり涙がぽろっとこぼれてしまって、前が見えなくなってきて俯いてしまった。我慢しようとすると変に息を吸ってしまう。

 すると、ダダダダダダダとすごい音がしてあっという間にスピカが僕の部屋に現れた。どうかしたのかと体を検分し始めるけど声を出したらもっと情けないことになりそうで僕はただ首を振って、スピカの腕を掴んで、何でもないんだと意思表示をした。

 しゃがみこんだスピカを掴んでいる僕を支えているセイリオスにスピカがとんでもなく低い声を出した。

「お前、なにこれ? どういう事? おい、なんで泣いてるのに放っておいてんだ? てめぇ、返答次第じゃ……」


 あぁ、だめだ。喧嘩しちゃう。誰も悪くないのに。


「ちが、ごめなさ、僕が、えと、危ないこと。したから、セイリオス悪くない、よっ。だめっ。なかよし。お願い」

 怒ってとても怖い顔をしてるスピカを掴んで離さないようにする。こんなに怖い顔は初めて見るから多分僕の手も震えてしまってる。
 ため息をついたスピカが力を弱めて、パッと表情を変えた。


「ハイ、もう怒ってないよ。大丈夫、仲良ししてるからね。ほら、握手もしてる。仲良しこよし。な、セイリオス。笑え?」




 恐る恐るセイリオスの方を見たら口角が上がって。



 思いっきり作り笑いをしていた。



 あぁ、僕ってやっぱり情けない。





 俯いてしまったから知らないけど、その後スピカが拳をセイリオスにぐりぐりしていたのにも気づかなかった。




しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

男の娘と暮らす

守 秀斗
BL
ある日、会社から帰ると男の娘がアパートの前に寝てた。そして、そのまま、一緒に暮らすことになってしまう。でも、俺はその趣味はないし、あっても関係ないんだよなあ。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...