確かに俺は文官だが

パチェル

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第2章

過保護になるのも仕方がない10

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「あ、セイリオス、さん。僕は一人で歩け、ます。手、大丈夫ですよ」
「いや、危ないだろう。……どうした?」


 ヒカリは首を振ってニヘラと笑う。
 ここは王城を出た門のところだ。馬車乗り場まで手を繋ごうとしたら、はっとしたヒカリが手を引っ込めたのだ。

「あ、えと、歩けるから。普通は手を、つながないから」


 下を向いたまま笑うヒカリはどう見ても、ごめんなさいと言うときと同じ表情だった。

 本当に嫌そうだったら、手を繋がなくても馬車に乗るだけなのでそれでも構わない。
 人混みのなか小柄で、土地勘もないヒカリは一人にするのは危険だし、そうならないように手は繋ぐべきと彼自身もわかっているのだろう。



 でも、手を繋がない。恥ずかしいとか思ってるのかと思い、少し注視する。



「普通は」と言ったな。



 ヒカリはあまり普通、常識と言うものを言わない。

 それは、ヒカリがここを異世界だと思っているからと言うこともある。
 それだけでなく、彼が誰も彼も信用するところにも関係がある。一般的に変なことをしている人がいても、気になったら何してるのと聞きに行ってしまうし、納得すれば一緒に遊び始める。

 実際に森麟太郎の銭湯での変な神頼みも一緒にしてしまうのが良い例だ。



 だから、セイリオスはこう返した。

「本当だ。すまない、ヒカリ。普通は医務室に運ばれた体調の悪い人は抱き上げて運ばないといけなかったな。あぁ、もしくは馬車を一台借りた方がいいか。ごめんな。気づかなかったよ」


 と至極、真面目に見えるように。


 すると、ヒカリはぱっと顔を上げて、うえぇっ!? と何とも言えない声を出した。

「あ、あ、ダイジョブ! セイリオス。僕、歩けるから! 体調、悪くないから! ほら、腕もブンブン! 足も、ダンダン!」

 ダンダンって何だ。と思うと笑いそうになったが、真面目に返してくれているのを笑っちゃいかんなと耐える。

 そしてどさくさに紛れて手を繋ぎ、外そうにも外せそうにないぐらい、ただし、痛くないくらいの強さで握る。
 家に帰るまで離さないようにしとこう。



 馬車に乗るとヒカリは大人しく窓の外を見ている。馬車に乗ってからは雨が止んだので町並みがもっとよく見えるだろう。
  ヒカリの横から同じように窓の外を眺める。停車中の窓から何が見えるのだろう。


「何が見えるんだ?」
「あ、えと、粉が一杯。いろんな色の粉。綺麗」


 ヒカリが見ていたのは色屋だ。様々なものを着色するための素材屋で、ガラスに入った様々な種類の色の粉が売っている。服やパーティ用の食べ物、紙などを着色する。
 原材料は石、植物、生き物など様々だ。

「へぇー! すごい見たことない。あ、あの色キレー、ね!」


 目をキラキラさせていたヒカリの鼻がピクピクし始めた。鼻が向いた先には串焼きの肉屋があった。

 そこで、昼御飯を抜いていることに気が付いた。セイリオス一人なら別に一食二食抜こうが構わないが、ヒカリのご飯が一食抜けてしまったことはかなりのダメージをセイリオスに与えた。


 おやつの時間には間に合うな、と腰をあげる。ヒカリが不思議そうな顔でこちらを見上げた。優しく頭を撫でる。


「よっし、あの串焼き買ってくるな」
「えっ、何で」
「何でって、お腹空いたろ? 早く行かないと馬車出ちゃうしな」
「いーよ、お腹すいてないよ! ほんと! あっ」


 馬車のなかでヒカリのお腹からグゥーと音が鳴る。
 車内の他の乗客にも聞こえたのか、少し遠くに座っている帽子を被った男が少し咳き込んだ。笑いをごまかしたのだろう。


「……本当にお腹空いてないのか?」
「スイテナイ」



 顔が真っ赤になったヒカリがセイリオスの手を強く握る。馬車も定刻になり仕方なく隣に座り直すと握られた手の力が緩くなった。

 なので、少し探りを入れてみる。

「あー、俺もお腹すいたなぁ。 あんなに美味しそうな匂いしたら、お腹空くよな? だって、お昼御飯食べ損ねたしな?」
「え、セイリオス、ごはん食べてない? ダメ。 あ、馬車動いた……。ごめん、セイリオス」 


 ヒカリは窓の外の串焼き屋を切ない目で見送る。

「じゃあ、帰ったらおやつに何か作るか?」
「……うんっ! イイネ! 何作る? ね、何作る?」

 うって変わって、両手を小さく振って何かの歌を口ずさむ。片手はセイリオスの手を握ったままだ。
 お腹が気持ち悪いとかでは無かったようだ。外で食べたくなかったのだろうか?


 手を繋がないとかいう話も忘れて、馬車から降りても『おやつ、おやつ』と口ずさんでいる。その単語は確かヒカリの国の言葉でおやつの事だったなと門扉を開けて玄関扉を開ける。


 玄関には働く人形たちが揃って立っていた。
 人型は口パクで、丸いのは文字を出して、動物型は片言で。


「おかえりなさい」


 と言った。手厚い歓迎だな。セイリオスは反射的にただいまと言った。そこでふと隣を見るとヒカリがもじもじしている。何となくだが、ヒカリならここで「たっだいまー!!」とか言うと思っていたのだが、どうしたことだろう。


 ヒカリが何も言わないので動物型が飛びついて「お・か・え・り。ひ・か・り」と尻尾も絡ませる。
 くすくす笑ってようやくヒカリは「ただいま」と彼にしては小さな声で言ったのだった。

 セイリオスは心の中で「動物型グッジョブ」とガッツポーズをした。





 チャララッチャチャチャチャ、チャララッチャチャラララと歌がキッチンに響き渡る。声の主はもちろんヒカリだ。セイリオスは隣に立ってヒカリが失敗しないかソワソワしていた。


 おやつを作ろうと言ったものの、何を作ろうか全く考えていなかったセイリオスは立ち尽くした。
 スピカから教えてもらっているレシピは少々時間がかかったり、下ごしらえがいるものだったりするので今から作ると中途半端な時間がかかってしまう。隣でヒカリがセイリオスの真似をして首をひねる。


「セイリオス、どうかした、のですか?」
「ん、何作ろうか思い浮かばない。すまん」


 と正直に謝るとふふふとヒカリが笑った。そうしてこう言ったのだ。

「僕が作る、いい? 簡単な、だけど」

 と最後は自信なさそうに俯くので、つい、ありがとう、任せると言ってしまったのだ。ヒカリは途端にニコニコと目を細め、自分の袖を曲げ始めた。




 セイリオスとヒカリは一緒に材料を集める。卵、牛乳、バター……。何か朝食みたいなものが並んでるんだが、どうするのだろう。

 思いのほか慣れた手つきで卵を割り砂糖を加え、牛乳と混ぜ合わせた。そこに切ったパンを並べる。その途中で歌を口ずさんでいるのだ。
 何とも言えない見た目だけど本当においしいのだろうか。これでまずかったらその時は俺が全部食べようと、少しドキドキしながら見ていた。


「あのね、本当はいっぱい、時間置く、ほーがフワフワ。パン、これやらかい。だからダイジョブけど。カチカチパンあたら、一日おく。ふわふわなるよ」

 とレシピを一生懸命に教えてくれるので、ふわふわになるという事だけはわかった。


 ヒカリに言われた通り熱したフライパンにバターを引く。そこにびしゃびしゃになったパンを置く。じゅわーと浸み込んだ卵液が音を立てた。ヒカリと一緒にわっと驚いてしまいお互いに笑う。

「すごい浸み込んでたんだな」
「うん、だって、ほらここ、液のこてない。ねー」

 その後両面焼き、お皿に並べてはちみつをかける。

「できたー!! フレンチトースト!」
「フレンチトーストって言うのか。これ」

 そうだよ、早く食べて食べてと隣で目から光線を出されたのでセイリオスは、渡されたスプーンをパンに差し込む。表面はサクッとするがスプーンの重さで簡単に切れた。


「あ、セイリオス! あついよ。フーフーしないと、ほら、ふーふー」


 と注意されて、息を同じように吹きかけて口に運んだ。歯にあたるとふわっとするが噛むとトロリと口の中で広がっていく。
 パンと牛乳の甘さの中に砂糖の甘さが広がる。焼いた香ばしさが、少ない砂糖でも甘さを引き立たせている。

 ヒカリは自分のフレンチトーストも置いて、セイリオスの一挙手一投足を眺めて、瞬きをしない。

「ヒカリ、本当にふっわふわだ! すごいな。それにおいしいな。ほら、ヒカリも早く食べてくれ。温かいうちの方がおいしいだろう?」
「うん! イタダキマス」

 ヒカリは自分で口に運んで『うーんおいしい。自画自賛、ふふ』と楽しそうだ。

「ヒカリは料理も作れるんだな」
「え、簡単のものだけ。難しいのできない」
「簡単なのって例えば?」
「うーん。『チャーハン』、パスタ、炒め物、『味噌汁』……」

 日本語とラクシード語が入り交ざりながら作れるものを話していく。

「すごいな。俺の作れるものよりいっぱいあるじゃないか! じゃあ、もう少し筋力がついたらヒカリにも料理当番に入ってもらおうかな」
「わっ、本当? うひゃー、ガンバル」




 夕食後、帰ってきてからの話を聞いたスピカが

 俺も食べたかったと冗談か本気で悔しかったのか、五分五分な泣きまねをした。
 そんなスピカにヒカリがまた作るよ、約束、と小指を出して絡ませた。

「え、ナニコレ」
「え、約束の、やつ『指切りげんまんうそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった』」
「え、何の呪文? それ?」
「え、ない? 約束の歌? ないの」

 二人でわちゃわちゃして、その意味を聞いたスピカがなんちゅう怖い契約なんだ! こんな地獄の契約は無効だ! というと楽しそうにヒカリが笑って。

「食べてくれたら、ダイジョブよ。もしかして、ヒカリの食べてくれないの? ヒドイ―。おいしーのにね。セイリオス」

 と振られたので、いかにおいしかったか説明して自慢げなヒカリは楽しい気持ちで寝ることができたようだった。



   
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