確かに俺は文官だが

パチェル

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第2章

過保護になるのも仕方がない36

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「だめっ。あ、待って、言わないで」

 少年は起きた時より混乱して不安そうにこちらを伺う。

「あのな、お前、警吏課も呼んじゃいけねぇ。医務課も呼んじゃいけねぇって。なんか疚しいことでもあるのか?」
「やましーこと? ヤマシイ……。えっと、いけないことって意味?」
「そうそう。例えばさっきの奴と同意で図書館でイチャコラしてたから呼ばれると困るとか?」

 フィルが茶化してそう伝えると少年は首をまたひねる。

「いちゃこら……い・ちゃ・こ・ら?」

 何故か言葉を区切って声に出し始めた。
 図書部員が少年に近寄り耳元で何か告げると少年の顔が青くなった。首を振りながら否定する。

「うぅん、ナイナイ。知らない人!! したくないっこと」
「おぉう、落ち着けよ。わかってるって、んなこと。あれ見て、同意って思える方が頭おかしーだろ」
「そうですよ。ヒノさん。だから、捕まえてもらう為にも連絡は」
「……」


 少年は図書部員の言葉に頭を抱えてしまった。変態を捕まえるのに何を悩む必要があるんだろうか。


「なぁ、何を悩んでるんだよ? 警吏課で何かあったとか? それとも医務課になんか因縁でもあるのか?」
「ナイナイ。いい人ばかり。だから困る……」

「なんだよそれ? もー、俺、お使いで来てんだからさっさと話してくんない?」
「お使い? ごめんね。助けてくれてありがとう。僕の名前はヒカリヒノです」
「ここで自己紹介って……。俺はフィル。別に助けたわけじゃない。見つけただけだし。お礼言われることの」

「何言ってるんですか。お使いで来てるのに一緒に探してくれたんですよ」
「図書部員さんもありがとう」
「捕まえ損ねましたけどね」

 図書部員は近くにあったベンチへとヒカリを連れていき、本当に怪我がないか確認していく。頭に触れた時にヒカリが呻いたのを聞いてため息をついた。

「頭ぶつけてますね。頭は危ないですから診てもらった方がいいですよ」
「えとぅ、家にスピカいる。医者」
「医務課のスピカさんですか?……ならいいですけど」
「でも警吏課には言わないとだろ?」

 ヒカリはどうしようか迷い、結局話すことにした。
 どうしても今、大事にされたくないという言い訳と突拍子もない提案。


 難民である現状、保護者のお世話になっていること。
 それがとても不甲斐ないという事。
 故郷に帰る手段があるなら帰りたいが、今現在それもないこと。
 その手段を探すためにも移民としてこの国で活動したいこと。
 ある噂のせいで保護者のことが誹謗中傷にあっているのではないかという事。
 その為にも二人には頼らずに警吏課の人を説得する準備で忙しいこと。


 今、騒ぎがあったら保護者に心配をかけて二人に迷惑をかけてしまうかもしれず、それが警吏課のボスからしたらヒカリを認められないのではないかという事。

 話を聞くだけでかなり時間がかかった。
 言葉をすらすら言えないので話を聞いている二人で助けを出しながら、なんとか聞き取った。


 それを聞いてフィルはガキの癖に何言ってんだ。と子どもながら思った。
 思ったが、子どもだからこそある、大人に対しての反発心みたいなものに火が付いた。

「つまり、今、お前は一人で戦えることを証明したいんだな。だから」








「だからアイツはアンタらに何も言いたくないんだって。で、犯罪者は野放しにしておくのかって聞いたら。たまたま、タイミングが悪くて狙われたから、もう二度目はないと思うって言ってた。図書館にまた現れるかもしれないから図書館では話を広めといてくれって」

 フィルは目の前のセイリオスの顔色を窺いながら話を続ける。

「でも、お前のことまた狙うかもって聞いたら」

 きけばヒカリは笑ってそんなもの好き、……いるかもねと少し疲れたような顔をした後に。

「そん時は囮になって捕まえるって言ってたぞ。犯罪者を野放しにはしておけないし、むしろかかって来いって」
「できるわけないだろう」

 口を挟まずに聞いていたセイリオスがついに声を出してしまった。
 おー、俺とおんなじ反応と、少し面白くなってフィルも話を続ける。

「俺もそう思った。洗礼も受けていない子どもが魔力のあるでっけー男に適うわけないじゃん? こいつ馬鹿なのとか言いそうになった」
「相手は魔力がある奴だったのか?」
「図書部員がそう言ってた。身体強化をしてたし、ヒカリが意識を失ってたのも話を聞いてそうじゃないかって」
「なら、なおさら無理だ。話してくれてありがとう。後は俺が」

 ありがとうと言いながら、目が鋭くなった保護者に声をかける。

「ちょい待ち、最初の条件忘れてねぇ? 俺、相談に来てんの。解決してもらいに来たんじゃないのよ。あいつ、多分、あんたから頼まれたらなんでも、うん、わかったって言うよ。アイツが大事にしたいのはアンタらだもん。自分が我慢してるんだって気持ちにも気づかないでいうこと聞くかもよ? 子どもは意外に大人の気持ちくんじゃうのよ」


 フィルは確かにガキだが、物事を知らないわけじゃない。
 毎日大人の中で生きていると聞きたい話も聞きたくない話も聞こえてくる。しかもこの伯父と父親は遠慮せずそういう話を聞かせてくる。
 実際に犯罪の場に出くわすとあんなにも体が動かなくなるとは思わなかったけど。


「あいつさ、こういったんだ。僕みたいなのに手を出す人はいるにはいるし、他の人がそんなひどい目に合うのは嫌だから、僕が囮になって捕まえたいって。……あいつに何があったか知らないけど、これで図書館に行けなくなるのは違うじゃん。悪いのは犯罪者じゃん。アイツ一個も悪くないよ。アイツが捕まえるのは大いに問題があると思う。だから、そこはさ」


 大人のアンタらが大人げなく使える権力を使いまくって、あいつの気持ちを守ったままどうにかできないのか。
 そう言われて、セイリオスは驚いた。


「ディルの甥だけのことはあるな」
「それ、どういう意味?」

 それには答えず、肩の力が抜けたセイリオスは椅子の背もたれに体重をかけた。
 考え込んでいるセイリオスを一瞥したディルは、フィルの肩に手を置いてぼそぼそと何かつぶやく。フィルはわかったと壁の隙間のようなところから部屋を出ていった。
 椅子がぎぃっと鳴った。

「俺は、子育てってものをしたことがないから見守る事しかできないかと思ってた。しかも、訳アリだ。大人のせいで傷つきまくってる。どう触れたらいいかわからんし、いつ、あのキラキラした目から光が失われるかと思うと怖くなる。いつ、やっぱり助けてほしくなかったなんて言われるかと思うと、つい、立ち止まってしまう。どうして話してくれないんだ。信用してくれないんだって。相反する考えで一杯だ」

 上手くいかない。計画通りじゃない。過保護になってしまいそうな自分を押しとどめるのが精いっぱいで。彼のために何ができるのかよく分からなくなる。

「子育ては、慣れじゃない」
「まぁ、そうだな」

「でも、お前にもあっただろう」
「何が?」

「あの年ごろが」
「……あったな。ディルにも?」
「……」


 それには答えてくれなくなるディルにおかしくなる。
 だって二人とも子育てとは無縁だ。だが、しかし確かに子どもだった自分がいる。セイリオスもあのころにはだいぶ自立したくてもどかしい思いをしていた。



 そう、今のヒカリのように。



「ヒカリは自立したいんだな」
「……気付かれなけりゃいいだろう」




 ディルがぽつりとつぶやく。その眼は図書館の方を向いていた。





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