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第2章
暗躍するのはそこそこ得意21
しおりを挟む目が覚めると、そこは見知った天井で。
ぼんやりした目が焦点を結んでいくと、まだ朝か、朝になり切る前の時間帯の色合いの天井だった。
ごろりと横を向けば、出会った頃より伸びた深緑の髪が顔にかかって、うっとおしそうに眉間にしわを寄せた青年がいる。
初めて会ったときは目の下の隈がひどくてちょっと怖いぐらいだった。
椅子に座って起きているのか寝ているのかわからない。自分を監視している人かと思ったのだ。
まぁある意味監視だったと言えば監視の部類に入るけれど、看病のために付き添ってくれていたのを知ればその隈が愛おしくなった。そしてその隈が少しずつ薄らいでいくのを見ればほっと安心した。
自分が心配をかけるだけの人間じゃなくなっていっている気がしたからだ。
彼の知り合いに言わせれば隈はもとからあったからヒカリが気にすることではないらしい。
その髪を細い指でそっと掻き揚げた。
まだ眉をしかめたままなので、そこをぐりぐりと撫でる。
背中の方からうぅんと唸り声が聞こえるので体をひねって振り向けば、こちらは短髪の赤い髪の青年が先ほどまでその腕の中にいた人物がいなくなって寒くなったのかその身を自分で抱え込んでいる。
こんな逞しい体で医者だなんて、テレビの中だけかと思っていたが戦場にも赴くこともある彼の仕事は体が資本だ。そりゃ、逞しくもなるなと羨ましい胸筋を眺める。
最初に自分の嫌いな色の、真っ赤な果実を持って現れた医者はヒカリの怯えをすぐに察知して、その林檎をヒカリに渡した。
にっこり笑った顔が、弟の主治医と同じであぁ、本当にお医者さんだと思った。
ヒカリの心配をするけれど、医者がついているんだからと、多少の無茶には目を瞑ってくれる。
その身に風邪をひかないようにと自分が被っていたブランケットをそっとかぶせる。
二人の間を縫うようによじよじと這い出ると三人では少しだけ狭いベッドから降り立った。
窓まで行ってこっそり、ゆっくりカーテンを開ける。
外はまだ少し薄暗い。
いつもよりだいぶ早起きしたようだ。無理もない。緊張しているのだ。受験の日の朝みたい。
窓を少しだけ開ける。外の葉っぱの匂いが鼻先をかすめた。
早起きは三文の徳って本当だなぁと思いヒカリはその部屋を後にした。
その後起きた二人が、お互いの顔を嫌そうに見合わせるとは思ってもいない。
ヒカリのいないベッドにいるお互いには、何の価値も見いだせないことをヒカリは知らないからだ。
昨夜は緊張で眠れないかもといったら三人で寝ようかとスピカが言って、セイリオスも仕方がないなという顔をしていたけれど、ヒカリが間ならいいよと言っていたのだ。
起きたころにはそれをすっかり忘れていたのだから仕方がない。
階段も音が鳴らないようにゆっくり上る。早く起きたからさっさと今日の準備をしておこう。
その後時間があったら家事をしよう。二人より早く起きれるなんてめったにないんだから。
二人に内緒で朝ごはんを作ろうと思いついたものの、包丁を使うことは禁止されている。
コンロを使うのはセイリオス達がいるときだけと約束したから、まともな朝ご飯を作るにはどうしようかとキッチンの中を見回しているとしゃがみこんでいた隣に動物型がぴょこんと音もなく飛んで現れた
「オハヨウヒカリ」
「おはよう」
こそこそ声を掛けると動物型が上を向く。
「あ、おはよう! 人型! 丸いの!」
見上げた先にはこちらを心配そうにのぞき込む二人がいた。
「お加減が悪いのですか?」
こんなところで朝早くからしゃがみこんでいたらそりゃ間違われるかと、急いで立ち上がった。
「違うよちがう。ちょっとさ、朝ごはんを、作りたいなーって」
「オナカスイタノ?」
丸いのが文字盤を光らす。
「えっとね、二人に、作ってあげたいんだ」
そう言うと三体は顔を見合わせてふんふん頷きあった。
この三体は言葉にしなくても何か通ずるところがあるのか、よくそうやってから行動を開始する。
ちょっと楽しそうでうらやましい。
「ヒカリさんは主たちとの約束の為、キッチンは自由にできないのでしたね」
「そうなの、だからちょとこまって」
「ジャアヤルカ」
動物型がない服の袖の腕をまくり上げるしぐさをして保冷庫の中から、野菜や卵、ハムやベーコンを出す。
「野菜は手でちぎれるものを使えばよろしいのでは?」
「カワハスプーンデムキマショ。タワシデモイイワ。ヒハワタシタチガツカエバイイデショ」
丸型が頭の文字盤に文字をチカチカ光らせながら、カトラリーを持ってきてヒカリの目の前に並べる。
「ヒカリ、ツクリタイアサゴハンナニ?」
「えっとね、そのね」
かくしてヒカリと三体によるドキドキワクワクこっそり朝ごはん大作戦が行われたのだった。
「いやー、朝起きて、目の前がお前の仏頂面だとこんなテンショになるなんて、俺知らなかったわ」
「いやいや、朝起きてお前の胸筋を押し付けられていた俺の方が百倍、嫌なテンションだからな。動く胸筋に抱きしめられる朝なんて二度とごめんだ」
寝台の端と端に腰かけて項垂れている二人はお互いの顔を見ずに言い合い、ため息をついていた。
昨日は緊張して眠れそうにないヒカリを見守っていたら寝るのが遅くなって、起きるのが遅くなってしまったのだ。
起きたら癒しの光景に慣れていたので、と言うかそう予想していて、お互いの顔だった時のショックが半端ない二人はしばらくぼーっとして、そして顔を見合わせた。
「ヒカリは?」
その時、扉の向こうからスタスタと足音が聞こえてきた。
セイリオスが扉を開けると目を丸くしたヒカリと目が合った。そしてひょこッとセイリオスの向こうにいるスピカも見て、フフフと笑い。
「やっと、おきた! おはよう。おねぼーさん。あ、セイリオスちょっとかがんで」
言われるがまま、セイリオスは身を屈めるとヒカリの手が頭を撫でる。
「ねぐせついてるよ。髪の毛、ここピョコピョコよ。クスクス、早く準備しないとごはん、冷めちゃうよー」
「え、ごはんって? あ、待ちなさい。ヒカリ」
エプロンと三角巾を巻き付けたヒカリはセイリオスの手をヒラリと避けて、キッチンへと向かってしまった。
ふっふっふと笑うヒカリの後ろには手を腰に当ててふんぞり返る動物型と文字盤で「早く支度」と出している丸いのがいる。
どうやら、本当に朝御飯ができているようだ。スピカが後ろから肩を叩く。
「なんか、ごはんとか聞こえたんだけど、なに?」
「とりあえず、顔洗うか」
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