確かに俺は文官だが

パチェル

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第2章

暗躍するのはそこそこ得意38

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 何だろう。

 なんか今日の二人、特にスピカはこの間から変だったのだけど、今日はいつにもまして変だ。
 なんかソワソワしている?


 二人がソワソワすると、自分もそわそわしてくるのだから落ち着かない。
 お皿を下げようとして手がぶつかってしまったり、道を譲りあおうとお互いに同じ方向に動いてしまったり。


 別に気にならないのに、二人が「あっ」って顔をしてヒカリから離れるのだ。
 しかも朝なのにまだハンバーグの匂いがする気がすると笑ったら二人はすごく嫌な顔をして。



 何かソワソワする上に、ちょっと、ほんのちょっとそれが寂しくって。


 不安になった。

 僕、何かしたかなぁ。


 まぁ、何かしたことしか思い浮かばないけど。
 ここに来てから二人の生活はヒカリの世話中心になっている。仕事の途中で呼び出したようなこともあったし、仕事もお休みさせっぱなしだし。

 家の手伝いだって、お情けでさせてもらっているようなものだし。
 一緒のベッドじゃないと魘されておねしょするし。



 わぁお、こんなのとてもじゃないけど燈兄ちゃんには言えない。
 兄ちゃん道を学んでいる身としては破門レベルの出来事だ。



 灯、お兄ちゃん。異世界でとんだ甘ちゃんになちまったぜ。


 と心の中で一人ふざけてみてもその不安はヒカリの心の中にじわじわとシミを作った。



 言葉にするのが怖くて、その日の昼になるころにはお休みだというのに、ヒカリは一人で部屋にいた。

 避けられるとみんなの中にいても一人に感じられたからだ。
 皆の中にいるのに一人と感じるのと、一人の部屋で一人でいるのはどちらが寂しいのだろうか。


 ぼんやり頬杖を突きながら窓の外を見ていた。

 勉強も手につかないから、ただぼんやりと外を眺める。
 お父さんがぼんやりするのも人間には大事なんだよと。休日、ただただ外を眺めているお父さんみたいに過ごそうと決めた。



 でもぼんやりは意外と難しくて、壁に飾っている飴玉の包み紙で作った鶴とかお花とかを見て、あの飴の味はイチゴっぽかったなとか考えると胸がキュッとなる。

 飾ってある絵がちらりと目に入ると、あの絵はスピカが書いてといって描いた絵だったなと思い出す。
 ヒカリの好きなものを書いてと言ったので書いた。ハンバーグの絵。

 それでスピカが言った。
 じゃあ、これをヒカリの部屋に飾ろう。これで時々寂しくなっても元気出るかもしれないだろうと言って、飾っていた。

 そのハンバーグの味だって、もう二人が作ってくれた異世界風ハンバーグの味なので、見れば思い出す。



 胸がぎゅぎゅっと鳴る。
 お腹の音かもしれなかったけれど。



 で、また外を見た時に窓が一瞬で真っ黒になって。

 ちゅんちゅんとそれが鳴いた。



 久しぶりに見かけた雀蝙蝠、ヒカリが勝手に名付けているだけなので正確には知らない。
 それが恐らく雨樋にでも足を引っかけているのだろう。逆さになってこちらを覗いていた。


 勿論それを見たヒカリはびっくりして声が出た。


「ぎゃあぁぁぁー」


 そしてそのまま椅子ごと後ろにひっくり返って、まともに受け身も取れず派手な音が響いた。

 雀蝙蝠は申し訳なさそうに一言ちゅんっと言って飛び去って行った。
 ヒカリの耳には届かなかった。何故なら。


 すごい音が階下から聞こえてきて、ドドドドドドドドドと階段を上がってくる音が聞こえてきて。


 ばあぁぁぁぁんっと扉が開いたからだ。


 開くと同時に二つの声が名前を呼んだ。

「ヒカリッ!」

 後頭部と腰が痛いものの、やっぱり名前を呼ばれると嬉しいので、急いで体を起こし、ちょっと照れたように手を挙げて返事をした。


「はーいっ」


 そのまま膝でハイハイするように二人のもとへ向かおうとすると、スピカがそっとヒカリの体に手を滑り込ませ抱えた。


「どうした? 何かあったのか?」
「あ、えっとその、窓に……」


 窓に雀蝙蝠がいたと言おうとして雀とか蝙蝠はなんて言うのだろうか。
 と一瞬迷った時にはセイリオスが窓に駆け寄り手に謎のボールを持って、ゆっくり窓を開けて周囲を確認した。


「今のところ不審なものは見受けられない。窓がどうかしたのか」
「あ、あの……」


 先ほどまで避けられていたと思っていたので、突然こんなふうに距離を詰められるとちょっと慌てて、ただ驚いて椅子を引っくり返して自分も転んだだけっていうのがすごく恥ずかしくなった。


 真っ赤な顔で二人に正直に話す。

「ボンヤリしていたら、突然トリ? が窓にハリツイタからビクリして。あの、おどろいていすごところんじゃたです。ごめんなさい」


 二人は相槌を打ちながら話を聞いて、ヒカリが話し終えるとヒカリをベッドに座らせた。



「どこ打った?」
「えっと、肘とか、頭とか、腰とか、お尻とか。多分ダイジョブ。痣だけと思うよ?」

 そのままスピカが診察を始めて、セイリオスと一緒に棚から薬を取り出した。
 貼り薬を作っているのだろう。


 ヒカリは袖をまくり上げ、肘を出し始め、次に服をまくり上げ顎で挟み、履いているズボンをずらして、痛い箇所を見る。

 で、自分でも確認するけど、ベッドの上で膝立ちで体をひねって自分のお尻を見ようとしたが、あんまりうまいこと見れない。

 もうちょっと力んでお尻を突き出して確認しようとしたら、セイリオスがヒカリの体を持ち上げた。



「わわ、なに?」
「いや、そのわわ、何? は俺のセリフだと思うんだが」


 少しくすくす笑ってセイリオスがヒカリをうつぶせに寝そべらせた。
 そしてヒカリの腕をそっと持ち上げ貼り薬を張り付ける。

 そんなセイリオスをじっと見ていたらなんか顔についているかと聞かれたので、何にもと言っておいた。
 本当はお月様が光っていますよと言おうかと思ったけど何となく言えなかった。


「うん、頭はちょっとたんこぶができてるから大丈夫かな。お尻とか肘も痣だけで骨に異常は見られないな……、お、セイリオス。サンキュー」
「ん、貼り薬これで足りるか」
「あぁ、足りそうだ」

 お尻に貼り薬がぴたりと貼られるとひんやりとして我慢できず声を出す。

「ひゃっ」
「ごめんな。ちょっと冷たかったな。でもこれですぐ治るからな」


 貼り薬を貼ったらズボンを引き上げられて履きなおされた。
 そしてヒカリがもそもそと起き上がると二人もベッドに座った。


 だからヒカリは二人を順番に見上げてお礼を伝えた。


「ありがとー」とヒカリはニカッと本当に嬉しくて笑ったのだが、二人はその途端またそわりとした空気を出した。

 あれ、まただ。やっぱり。なんか気に障る事でもしてしまったのかな。


 挟まれていてはしょんぼりした気持ちを隠すのも難しく。ただ、二人から目線を外して扉を見た。


「あのさ……、二人とも、そのさ、言いたいことあるときは言って、ね。いいたいこと、もったままだと病気になっちゃう、からさ。いつも僕ばっかりでしょ?」
「何が僕ばっかりなんだ。ヒカリこそ言いたいことあったらいつでも言ってくれよ」


 セイリオスがそう続けるので、ヒカリの不安はさらに大きくなった。
 やっぱり僕がお兄ちゃん道を極めていないから遠慮させているのだろう。


「でも、二人。今、言いたいことあるでしょ? 僕、二人が思ってること、何でも聞きたいし、知りたいと、おもてる。 どんなことでも。いいたくなかたらいいけど。……僕がもっと、頑張って、立派な大人になったら話してくれる?」


 本当にどんなことでも、それがヒカリにとって辛いことだとしても、受け止めたいと思っている。
 二人にならなんだってしてあげたいけれど、今のヒカリはとてもちっぽけで、聞くことしかできないけれど。




 ヒカリが邪魔になったのなら、そう言ってくれても全然大丈夫だから。


 泣くかもしれないけれど。


 ヒカリが力なく笑うとスピカが隙間を埋めるように詰めてきた。


「じゃあ、遠慮なく言わせてもらう。その代わりヒカリも遠慮なく、忌憚のない意見を聞かせてください」


 見れば、この異世界では珍しく正座をして、両腕を組んでスピカがヒカリを真剣に見ていた。







 なにか決意を込めたようなスピカは、内心、落ち込みまくりである。



 しかし、ヒカリは落ち込んでいるスピカの胸を見上げている。

 やっぱり、かっこいいなぁ。胸筋モッリモリ。腕だってぎゅっと密度の濃そうな筋肉で。
 だから、同じように腕を組んでみた。

 組んでみて思ったことは。


 比べるのも烏滸がましい。 


 ペッタンコの胸を隠すように腕を組み直した。






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