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第3章
長すぎた一日3
しおりを挟む警吏課を出ると移民課へは屋根のある外の通路を通る。
移民課もまた警吏課と同じように市民が使うことが多いので門から比較的行きやすい場所にあるので近い。
というか徒歩5分ほどで着く。
もともとだだっ広い庭のような場所だったのだが、市民が入りやすいような場所に移転したらしい。
そのような建物が王城の入り口近いところに多く集められているので、市役所みたいな感じだなとヒカリはてくてくとダーナーの後を付いていった。
「移民課のある建物は、うちと違っていろんな部署が入り混じってるからな。人の出入りも多い。セイリオスの部署も、スピカの部署もあるぞ。まぁ、分所みたいなところだからいつもあいつらがいるとは限らないけどな」
「ブンショ……」
「ええとな、小さい魔道具関連課って感じだ。大きい魔道具関連課はあっちの王城本館にある」
「ふむふむ」
心の中でメモをしていると移民課のある建物の入り口までやってきた。
人が常に出入りするからか扉などはない。
いろいろな人、王城で働く人や、街に住んでいる人、遠くから来た人、この国以外の人も出入りしているから賑やかで楽しそうな雰囲気がある。
そのような中、ヒカリはフンスフンスと鼻息荒く歩いており、ダーナーは心持ち恥ずかしい。
「おい、落ち着け」
小声で注意すると何ですかという顔でヒカリがこちらを見上げる。
この調子でいけば移民になった途端鼻血でも出すんじゃねぇだろうな、こいつ。
となれば、スピカが出てきそうだからマジでやめてほしいとダーナーはヒカリを止まらせる。
「ほら呼吸が乱れてるぞ」
「はい! わかりました。すぅーはーすぅーはー」
ここで、今日、僕は! 移民になりに来ましたと思うとヒカリの鼻から勢いよく空気が出ていってしまう。
待ちに待って待ちすぎてなんかちょっと緊張みたいなのが襲ってきているのだ。
そんなヒカリも落ち着け落ち着け自分! と深呼吸を幾度かすると少し落ち着いた。
「もう、大丈夫です。ごめんなさい。どきどきして」
「おう、そりゃ分かってる。見りゃわかる」
落ち着いたヒカリが改めて移民課を観察すると、移民課に用事のある人は多いが、移民課自体の人数としては少し少なく感じた。
「いそがしそう……」
「移民課は人が少ないからな。だからか、最近、居住に関する。あー、えっと。国に住む人々の色々な権利関係の部署を一つにするなんて話も出ているな」
「ほうほう」
「えっとな、例えばこれの一つ上の階は、難民部がある」
「おー、しってます」
「市井課とかそれらが集まって国民部一本にするらしい」
「なるほど、で、今これ何の列に並んでますか?」
「これは、移民課の窓口だ。ここで、とりあえず自分の用事を言って、どこどこの窓口に来てくださいって案内される。で、お前の場合は雑多な手続きは住んでいるから、認可の手続きと担当との顔合わせと説明が終われば帰れる」
「ふむふむ。……いつぐらいまでにおわりますか?」
「……今日中には帰れるんじゃねぇかな」
ダーナーが少し眉を下げてそう答えた。
なるほど、お昼ご飯は食べるぐらいまでは時間がかかりそうだ。
少ない人数で受け持っている移民の数が多いのと、受付業務や書類仕事もこなしているので、なかなか列が進まないようだった。
列に並んでダーナーにセイリオスとスピカの話をねだって聞かせてもらっていたところ、後ろからヒカリの名前を呼ぶ声がした。
パッと振り向く。
にこやかに笑う赤茶色の髪の女性が小走りでこちらに近寄ってきた。
「ごめんなさい。あなたがヒカリ・ヒノさんですか? コナ・ガラと言います。ヒノさんの担当は私になります。以降よろしくお願いしますね」
「はい。こちらこそよろしくおねがします」
「申請書は?」
「こっちだ。警吏課課長をしているダーナー・シーシェダルだ。今日はよろしく頼む」
「あぁ、確か警吏課でも信用印を押されたんでしたね。付き添いですね。こちらの書類はあちらの窓口で処理しますので、あちらの列にどうぞ」
ガラは腰まである髪をそのままふわふわ揺らしながら、先を進んでいく。
優しそうな人でよかったとヒカリはちょっとホッとした。
移民課は制服みたいなものは上にはおるローブだけのようでオレンジ色のローブに羽のピンが刺さっている。ガラ自体は動きやすそうな服装でダボっとしたカーゴパンツをはいており、靴も丈夫そうなブーツである。
スプレーアートでもし始めても違和感のないような格好だった。
「忙しなくってごめんなさい。ちょっと、さっきまで新しく来てくれた移民の方の荷物運びをしていたら時間食っちゃって」
「そんなこともするのか」
「そうなんです。他国から持ってきた荷物の確認もやっておかないと、後で他国から持ち出し禁止のものを持って行ったとかなんとか言われて争いになるのもなんですからね。持ってきたものを確認しながらついでに引っ越しの準備もね」
お、それなら自分はとっても簡単ではないか。
持ってきた荷物はあの壊された建物のなかだし、着ていた服はあの犯罪集団にひん剥かれたし、ここに来た時には自分の身一つしかなかったのだ。
それに日本はどこにも見当たらない。
喧嘩にもならない。
お得だなぁ。
と一人頷いているヒカリにどうかしたかとダーナーがきいてきたので思ったことを話すと、ヒカリの頭をダーナーがパシッと叩いた。
「いてっ」
「ヒノ、お前……。ちょっとイラっとしたぞ。そういうところ直せ。」
何か怒っているのかダーナーが顔面凶器の怖さメーターをあげてきた。
「直さねぇと搾取されるぞ。辛いことを無理やりいいことに結び付けるな。付け込まれる。怒れ。怒って警戒しろ。ちっともお得じゃねーだろーが。ばかか。バーカバーカ」
バカと言われてヒカリも少し、え、なんで! 馬鹿なんてひどい。
と売り言葉に買い言葉のように言い返してしまう。
「ばかじゃないしっ。でも、おきちゃった、ものは、しかたがないし。いいことでしょ? セイリオスとスピカにも会えたし、課長さんと副課長さんにも会えたし、あとあと、ディルやフィル、タウさん。図書館の人、医務課の人、警吏課の人、はたらくにんぎょーともいっぱい会えたし、新しい出会いがたくさんだし。昨日のおやつも初めてだたし。みんな、やさしーし。それ、否定したくない、よ。」
指を折り曲げながら数えるヒカリは結局、笑ってしまう。
そりゃ、ヒカリだって別の出会い方ができるのならそうしたかった。学校の友達やご近所さん、同僚や趣味の友達。
でもそれはいくら願ったって無理なのだから。
無いものを強請るより、あるものを大切にして手の中でその温度をしっかり噛み締める方が性に合っているのだ。
確かに辛いことばっかりで嫌だなとは思う。
ヒカリはバカじゃないのだ。
しっかり覚えているし理解している。だから時々弱気にもなるし、眠れなくなる。
でもそれ以上に今自分の中にあるたくさんの出会いがキラキラしすぎているのだ。
眩しくって、温かくって。
そんなのもう無理じゃん。
自分が辛かったことを上回るキラキラがあるんだから。
この世界を嫌いになんてなれないよ。
怒れないよ。怒る相手もいないのに。
それに怒ったところでやさしいあの二人がどうせ受け止めてしまうんだ。
ヒカリの憧れはきっとそうする。
あの筋肉でヒカリの怒りを全て受け止めてしまう。
分かり切ったことだし、そんな面倒をかけるのはヒカリの兄としての矜持が許さない。
「みんな好き、だから。しかたないよ。みんながいい人すぎてカッコいーのが悪いと思う。へへっ」
だから、結局笑ってしまうのだった。
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