確かに俺は文官だが

パチェル

文字の大きさ
153 / 424
第3章

長すぎた一日3

しおりを挟む




 警吏課を出ると移民課へは屋根のある外の通路を通る。

 移民課もまた警吏課と同じように市民が使うことが多いので門から比較的行きやすい場所にあるので近い。

 というか徒歩5分ほどで着く。
 もともとだだっ広い庭のような場所だったのだが、市民が入りやすいような場所に移転したらしい。


 そのような建物が王城の入り口近いところに多く集められているので、市役所みたいな感じだなとヒカリはてくてくとダーナーの後を付いていった。


「移民課のある建物は、うちと違っていろんな部署が入り混じってるからな。人の出入りも多い。セイリオスの部署も、スピカの部署もあるぞ。まぁ、分所みたいなところだからいつもあいつらがいるとは限らないけどな」
「ブンショ……」

「ええとな、小さい魔道具関連課って感じだ。大きい魔道具関連課はあっちの王城本館にある」
「ふむふむ」

 心の中でメモをしていると移民課のある建物の入り口までやってきた。
 人が常に出入りするからか扉などはない。
 いろいろな人、王城で働く人や、街に住んでいる人、遠くから来た人、この国以外の人も出入りしているから賑やかで楽しそうな雰囲気がある。


 そのような中、ヒカリはフンスフンスと鼻息荒く歩いており、ダーナーは心持ち恥ずかしい。


「おい、落ち着け」

 小声で注意すると何ですかという顔でヒカリがこちらを見上げる。

 この調子でいけば移民になった途端鼻血でも出すんじゃねぇだろうな、こいつ。
 となれば、スピカが出てきそうだからマジでやめてほしいとダーナーはヒカリを止まらせる。


「ほら呼吸が乱れてるぞ」
「はい! わかりました。すぅーはーすぅーはー」


 ここで、今日、僕は! 移民になりに来ましたと思うとヒカリの鼻から勢いよく空気が出ていってしまう。

 待ちに待って待ちすぎてなんかちょっと緊張みたいなのが襲ってきているのだ。
 そんなヒカリも落ち着け落ち着け自分! と深呼吸を幾度かすると少し落ち着いた。


「もう、大丈夫です。ごめんなさい。どきどきして」
「おう、そりゃ分かってる。見りゃわかる」



 落ち着いたヒカリが改めて移民課を観察すると、移民課に用事のある人は多いが、移民課自体の人数としては少し少なく感じた。


「いそがしそう……」
「移民課は人が少ないからな。だからか、最近、居住に関する。あー、えっと。国に住む人々の色々な権利関係の部署を一つにするなんて話も出ているな」
「ほうほう」
「えっとな、例えばこれの一つ上の階は、難民部がある」
「おー、しってます」
「市井課とかそれらが集まって国民部一本にするらしい」
「なるほど、で、今これ何の列に並んでますか?」
「これは、移民課の窓口だ。ここで、とりあえず自分の用事を言って、どこどこの窓口に来てくださいって案内される。で、お前の場合は雑多な手続きは住んでいるから、認可の手続きと担当との顔合わせと説明が終われば帰れる」
「ふむふむ。……いつぐらいまでにおわりますか?」


「……今日中には帰れるんじゃねぇかな」


 ダーナーが少し眉を下げてそう答えた。
 なるほど、お昼ご飯は食べるぐらいまでは時間がかかりそうだ。

 少ない人数で受け持っている移民の数が多いのと、受付業務や書類仕事もこなしているので、なかなか列が進まないようだった。


 列に並んでダーナーにセイリオスとスピカの話をねだって聞かせてもらっていたところ、後ろからヒカリの名前を呼ぶ声がした。

 パッと振り向く。
 にこやかに笑う赤茶色の髪の女性が小走りでこちらに近寄ってきた。


「ごめんなさい。あなたがヒカリ・ヒノさんですか? コナ・ガラと言います。ヒノさんの担当は私になります。以降よろしくお願いしますね」

「はい。こちらこそよろしくおねがします」
「申請書は?」

「こっちだ。警吏課課長をしているダーナー・シーシェダルだ。今日はよろしく頼む」
「あぁ、確か警吏課でも信用印を押されたんでしたね。付き添いですね。こちらの書類はあちらの窓口で処理しますので、あちらの列にどうぞ」


 ガラは腰まである髪をそのままふわふわ揺らしながら、先を進んでいく。

 優しそうな人でよかったとヒカリはちょっとホッとした。
 移民課は制服みたいなものは上にはおるローブだけのようでオレンジ色のローブに羽のピンが刺さっている。ガラ自体は動きやすそうな服装でダボっとしたカーゴパンツをはいており、靴も丈夫そうなブーツである。


 スプレーアートでもし始めても違和感のないような格好だった。


「忙しなくってごめんなさい。ちょっと、さっきまで新しく来てくれた移民の方の荷物運びをしていたら時間食っちゃって」
「そんなこともするのか」
「そうなんです。他国から持ってきた荷物の確認もやっておかないと、後で他国から持ち出し禁止のものを持って行ったとかなんとか言われて争いになるのもなんですからね。持ってきたものを確認しながらついでに引っ越しの準備もね」


 お、それなら自分はとっても簡単ではないか。

 持ってきた荷物はあの壊された建物のなかだし、着ていた服はあの犯罪集団にひん剥かれたし、ここに来た時には自分の身一つしかなかったのだ。


 それに日本はどこにも見当たらない。
 喧嘩にもならない。

 お得だなぁ。

 と一人頷いているヒカリにどうかしたかとダーナーがきいてきたので思ったことを話すと、ヒカリの頭をダーナーがパシッと叩いた。

「いてっ」

「ヒノ、お前……。ちょっとイラっとしたぞ。そういうところ直せ。」


 何か怒っているのかダーナーが顔面凶器の怖さメーターをあげてきた。

「直さねぇと搾取されるぞ。辛いことを無理やりいいことに結び付けるな。付け込まれる。怒れ。怒って警戒しろ。ちっともお得じゃねーだろーが。ばかか。バーカバーカ」

 バカと言われてヒカリも少し、え、なんで! 馬鹿なんてひどい。
 と売り言葉に買い言葉のように言い返してしまう。


「ばかじゃないしっ。でも、おきちゃった、ものは、しかたがないし。いいことでしょ? セイリオスとスピカにも会えたし、課長さんと副課長さんにも会えたし、あとあと、ディルやフィル、タウさん。図書館の人、医務課の人、警吏課の人、はたらくにんぎょーともいっぱい会えたし、新しい出会いがたくさんだし。昨日のおやつも初めてだたし。みんな、やさしーし。それ、否定したくない、よ。」



 指を折り曲げながら数えるヒカリは結局、笑ってしまう。


 そりゃ、ヒカリだって別の出会い方ができるのならそうしたかった。学校の友達やご近所さん、同僚や趣味の友達。

 でもそれはいくら願ったって無理なのだから。
 無いものを強請るより、あるものを大切にして手の中でその温度をしっかり噛み締める方が性に合っているのだ。



 確かに辛いことばっかりで嫌だなとは思う。

 ヒカリはバカじゃないのだ。
 しっかり覚えているし理解している。だから時々弱気にもなるし、眠れなくなる。



 でもそれ以上に今自分の中にあるたくさんの出会いがキラキラしすぎているのだ。

 眩しくって、温かくって。

 そんなのもう無理じゃん。
 自分が辛かったことを上回るキラキラがあるんだから。



 この世界を嫌いになんてなれないよ。
 怒れないよ。怒る相手もいないのに。
 それに怒ったところでやさしいあの二人がどうせ受け止めてしまうんだ。


 ヒカリの憧れはきっとそうする。
 あの筋肉でヒカリの怒りを全て受け止めてしまう。

 分かり切ったことだし、そんな面倒をかけるのはヒカリの兄としての矜持が許さない。


「みんな好き、だから。しかたないよ。みんながいい人すぎてカッコいーのが悪いと思う。へへっ」

 だから、結局笑ってしまうのだった。











しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

処理中です...