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第3章
長すぎた一日7
しおりを挟む頭のなかで何度も逃げるが勝ちだっ! と唱える。
ここでごそごそ動いても、大きい音を出さない限りは運転手も気づかないだろう。
僕は今寝ているはずだし、縛られているし、ちょっとの物音ぐらいは気にならないと思う。
しかし、早めに実行しないとどんどんセイリオス達から遠くなってしまう。
ガラガラと車輪の回る音がヒカリを急き立てた。
こわい、けど! やるっきゃない。
たぶん、ここで逃げないとどんどん逃げられなくなる。
どうせこんなことをする人達だ。
連れて行かれた先では人権がある扱いにはならないだろう。
多分、使うと言うのが正しい存在になるのだ。それが労働力か、誰かの暇な時間潰しのための玩具なのか、大きな差は無さそうだけど。
次、同じような扱いをされたとき、耐えられる自信が自分にはない。
一度、救われた方が耐えられるのか。
それとも、一度、救われてしまったからこそ耐えられないのか。
もう、自分の心を守れる自信があるようには思えなかった。
最近のヒカリは兄となった瞬間から、今が、一番弱くて、何もできていない気がしていた。
時々無性に怖くなる。
日野光はこんなに弱くて、小さくて、ところ変われば、ただのもの以下の存在になりうることを知ったから。
あの地面で一生懸命に、餌を運んでいる蟻の方が自由で、強く、ヒカリよりも日々を自分として生きている存在なのだと知ったから。
蟻のことをうらやましく感じてしまうくらい、孤独で、冷たく、命があることが辛く感じたあの日々が、ヒカリを時々どうしようもなく苛むのだ。
だから、逃げよう。正々堂々、胸を張ってヒカリは逃げの一択を選ぶ。
もし、灯が、まだ見ぬ妹の明が、同じ状況になったら逃げろーと大声出して応援する。
そして無事に戻ってきて、すごいぞ! と頭をわしゃわしゃして、ギュッとして、お帰りを言うだろう。
ならば、その見本を兄が見せずにどうするのだ。
兄ができないことを弟妹にするんだぞなんて言えない。
どんな無責任アニキだ!
そう考えがまとまってきたからか、それとも人に触れられていないとわかったからか体の強張りも解けていった。
ヒカリはずりずりと、足の裏で床をつかむ。
そして進行方向からして、壁がある方へびよーんと体を伸ばし、少しずつ芋虫のように動かして壁の方へ行く。
麻袋のなかが窮屈で少しずつしか動かず、首の筋とか背中の筋とかが時々ぴきっとなる。
頭が壁に着くと、そこからまたずりずりと背中を浮かせて、壁にようやくもたれ掛かれた。
そこで少し息を整える。
息を抑えないといけないと思うと余計に自分の息が気になって、はぁはぁと息が荒くなった。涎でべちゃべちゃの口を縛る布がさらに苦しく感じる。
息が整ったら次は、後ろ手になっている手をちょっとずつ動かし、お尻の下にまで持ってくる。
その後はちょっとジャンプしてお尻の下を通して前に持ってくる。
手首がピリリとしたが声を我慢した。
五度目ぐらいの挑戦で手が前に来た。
ほっとして少し気が抜ける。
でも、まだまだ序盤だと、頭を少し振って、手を足を潜らせ、顔の前まで持ってくる。
手が前にさえ来たら、急いで、猿轡の布をずらした。結構固く縛られていたけど形振り構わず、布を引っ張る。外れた瞬間に、大きく息を吸った。
「ぷはぁー、おえぇっ! ぺっぺっ」
美味しくないものを詰めるのにはやっぱり抵抗がある。
今後口に入れるものはおいしいものだけにしたいなと抱負のようなことを考えて酸素を吸うと、少し頭がクリアになってきた。
枷が1つなくなる解放感が、また1つヒカリの体から恐怖心を小さくした。
『よしっ、順調! まだまだやるぞ!』
小さい声で自分を鼓舞すると力が少し沸いてくる。
ついでに頭の中で小さいセイリオスが頑張れと言っているのも、想像してみたら少し笑えた。
次は麻袋の入り口を中から押して広げる。
そこからごろりと転がり出る。
周りを見るとヒカリが入っていた麻袋以外にも木箱などが積んであった。
この手首の縄を取りたくて、とりあえず歯でガジガジと噛み切ろうとするが、縄が不味いし、涎で濡れてきた。
それに、こんなぶっとい縄を嚙み切る前にヒカリの歯が終わってしまう気がする。
そこで再び麻袋のところへ行き、麻袋の底を足の指でつかみ、口と縛られている手でリュックを引きずり出した。
文房具の中のペン削りを取り出して、口にゆっくりと銜える。
刃先に手元の縄を押し当て必死にこすり合わせていくと、ザリザリザリと縄が少しずつ切れていった。
何度か滑って手の甲が切れるが、時間との勝負なので必死に切る。
額に汗をかき始めて口から涎が出てもお構いなしに切っていくと、あとちょっとになったところで手の力で残りの縄を引きちぎる。
ブチブチッと縄が切れてパラリと落ちた。ヒカリはその空いた手ですぐに足首の縄も解いていく。
かなりぎちぎちだけど何とかそれも解いたところで、馬車が止まった。
目的地に着いたのだろうか。
ドキドキして、急いでリュックの中から物を取り出しリュックを背負う。
しかし、一時停止しただけのようでそのまま進み始めた。
ヒカリはほっとして、ゆっくりと隙間から外を覗いた。見たことのない町並み。もしいつも通るところならそれなりに知っているお店もあるが、無さそうで。
ヒカリがいつも通るところはお店が多く、お城の近くには大きな家や店がたくさんある。
ここら辺は住宅街や下町のような雰囲気があった。
比べると小さめのお店や小さめのお家、アパートのようなものがぎゅうぎゅうと並んでいた。
そして道の先に見えたお城は。
『結構遠いな……。うーん、ランチは頑張ったら間に合うかなぁ。今日はスペシャルランチ頼もうと思ってたんだけどなぁ。残ってないかも』
ランチに間に合わないかもしれないと思ったら、すごくムカムカしてきた。
僕のスペシャルランチ! 食べられなかったらどうしてくれるんだ!
ヒカリは取り合えず目につくものを魔紙に描いて、燃やすことにした。
マッチで燃やすと一気に燃え上がり、煙もなく、燃えカスも残らずに消えていった。
『おぉ、燃えたはずなのに全然熱くない。すごいなぁ……。セイリオス、気付くかな。家だもんなー、届くのは……。よしっ、気づけば御の字、あとは』
助けを呼ぶことが一番大切だとは思うが、それしかできないのが少し辛い。次に積まれている箱の中を一つ一つ覗いていって確かめる。
『トマト、トマト、マトマトトマト♪ りんごりんご、ゴリゴリりんご♪』
おいしそうな果物につい、口ずさむ。
いつもは、セイリオスが聞いていたら、何も言わずにただ歌を聴いている。
スピカが聞いていたら、合いの手を入れる。
三人が揃えばセイリオスが笑い始める。
しかし、今はガラガラと車輪が回る音にかき消され、誰もこの歌を聴くものはいないだろう。
使えそうな布とか果物とかをポイポイ容赦なく出していって、それらを一纏めにして、ヒカリを縛っていた縄でぐるぐると縛る。
そして、それを麻袋の中に詰め込んだ。
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