確かに俺は文官だが

パチェル

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第3章

長すぎた一日19

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 白い応接室でまだ細かな証拠を探しているケーティを部屋に置き、扉を開けて、手の空いている警吏を探した。


 堂々と職務として応援を呼べることに安堵したダーナーは、こうなったらカシオもセイリオスもスピカも呼んでしまおう。
 考えるのは俺以外のやつに任せたいし、ケーティのお世話も他の奴に任せたい。大きな声を出そうと息を吸った時だった。


 後ろからケーティがダーナーに飛びついた。

「うぅぅ、い、いっきなり、とびつくなよっ」

「僕ぐらい飛びついたって、ダーナー君はびくともしないでしょう?」
「しないがなっ。寒気がすんだよ。寒気が! 背筋がぞぞって」


 ダーナーは両腕の肌をさすって寒気を抑えようとする。
 それでもしがみついたまま下から覗き込むようにケーティが続ける。離せよ。くっそぅ。


「ダーナー君に言い忘れてたんだけど。たぶんカシオ君はこっち来られないよ? 後ね、セイリオス君とスピカ君も」
「あぁん? どういうこった」

「僕も詳しくは知らないんだけどね。偶々、行きずりの関係上ね。変態の行いでセイリオス君がカシオ君を庇って、スピカ君が呼ばれてるんだよ。だからみぃいんな。忙しいの。だから僕が来たんだよ?」

 抱きついたまんま、低い位置からケーティが首をかしげる。
 いや、待て待て待て。首をかしげたいのは俺のほうなんだが。まったくわからん。

「セイリオスが何だって?」
「うーんと、焼却炉で……、頭パッカーンってなって、カシオくんがぶっちーんってなって、スピカ君がビューンって飛んでった」

「お前、わざとだろ? わざとわけわかんなくしてるだろ? っていうかカシオがぶちぎれたってことかよ。やべーぞ。ちょっとここ任せた。なんかわかったら、連絡くれ」
「いいけど……。セイリオス君の容態わかったらすぐ教えてね。あとヒノくんのこと」


 ケーティはぱっと体をダーナーから外した。
 そしてさみしそうな顔をしてお願いをする。そしてダーナーは思う。
 お前、俺と同じ歳だろうが。なんっにも、かわいくないぞ。
 まぁ、そう思っているのは俺だけだろうが。



「だぁ。くっそ。そっちもだぁ。おい、チャコ! こっち来い」

 聞き込みから帰ってきたチャコが近づき切る前に、ダーナーは歩き始めた。


「今から、ヒノの足取りを追え。お前らが第一陣だ。全員、魔紙を持っているな。連絡は警吏課一本に絞る。どうせこっから出られる経路は限られてる。門番に連絡。門担当の騎士にもな。もうこの城からいなくなっているかもしれないが、荷物検査も厳格にしておいてもらえ。ヒノが黙って連れていかれるわけがない。それに頭部に怪我をしているからおそらく荷物の様に紛れ込まされていると思う」

 ダーナーの想像の域を出はしないが、できる範囲の事を考え指示を出す。


「なんせ、今から正式な事件に昇格だ。文句がありそうなやつらには、あのデルタミラが証拠を固めたって言っとけ。あと別件で、警吏課の人員が足りなくなるかもしれない。休日のやつも呼べ。で、通常巡回している奴らに連絡だ。怪しいそぶりをする奴、怪しい馬車、老若男女問わず片っ端から声をかけさせろ。都境にも連絡だしておけ」


 早口の命令にも慣れたようにメモを取りつつ、チャコがダーナーの後ろをついていく。


「はい。了解しました。課長は?」
「俺は今からカシオを止めに行く。そっからそっちの事件のほうの指揮を執るから、その間はチャコが指示を出しておいてくれ。カシオがまともになったら戻る。いいか、二人一組で行動が基本だ」


 チャコが書いているメモからちらりと顔を上げて前を見た。
 いつもの様子と変わらないようでいてどうやら違ったようだ。


「はい、わかりました。こっちはしっかりやっておくんで、課長もちょっとは落ち着いてください。二人一組なんて基本、忘れませんって。じゃ、警吏課行って、各所に連絡してきます」


 警吏課のほうへと走っていく背中に一つ深呼吸をする。
 保護すべき相手をみすみす連れ去られただけではなく、床に広がった血痕を見て。

 悔しくって反吐が出そうだった。



 カシオが切れて、セイリオスが倒れたと聞いて。泣きそうだった。


 あいつら、また痛い思いしてるのか。
 なんでうまくいかねぇんだ。
 俺は本当考えが足りなくっていけねぇ。


 こんなのいくら経験しても、いくら鍛錬しても、どんだけじじぃになったとしても、いつまでたっても慣れなんて来ない。
 見た目だけましに見えるように取り繕っているだけだ。



 それを同じく育てた部下に、戻された。
 こんな場面なのに少しうれしくなる。


「はぁ、どいつもこいつも……。しっかり頼りになるぐらい育っちまって。俺はちょっと寂しいぞ。こんにゃろう」



 ずんずん歩き始めたダーナーが進む度、風が動く。
 今まで漂っていた生ぬるい空気を切るように。力強く進んだ。


 ダーナーは子どもが好きだ。
 対応はかなりぶっきらぼうに見えるが、可能性の塊でしかない、きらきら光る原石が大好きなのだ。
 ずっと見ていても、飽きない。頑張って頑張って、どうしようもない壁や、現実がやってきて、それでもやめることのできない成長に、止まることのない時間に、足掻いて足搔いて、傷つくのに。
 キラキラしていて。




 そのうえ、笑うんだぜ? 最高な生き物だ。



 そんなダーナーが身内に入れた子どもを可愛がらないわけがない。
 そしてそれは成長してもなお変わらない。足掻いた先にあった大人という道を、また足掻きながら進んでいくのだ。
 その成長が見られて楽しくないわけがない。




 そしてもちろんヒカリも。


 ヒカリが家族と思っているぐらい、実はダーナーもとっくに身内と思って扱っている。

 罪悪感があるから、とても遠慮しており、今回も遠慮したせいでヒカリの手を放してしまったのだが。


 あんなにかわいらしい、頭がお花畑の、鍛えがいのあるガキ。

 嫌いになるわけがねぇ。


 待っとけ。ヒノ。絶対折れるな。絶対生きていろ。



 まずはお前の大好きなあいつを助けてから、お前を迎えに行く。お前の救出にはあいつがいないとどうも始まらないような気がするんだ俺は。





 焼却炉の現場へと急ぐ。見知った警吏課の前を通り過ぎたらチャコが中から顔を出した。

 そしてダーナーのもとへ走って、仕事に必要な道具を手渡してきた。
 あいつ、本当に仕事がはえぇ。
 ていうか、カシオが育てたやつはもれなく仕事が早い。



 セイリオスもスピカも。


 曲がり角を曲がろうとしたとき、足元からぞわぞわとした寒気が漂ってきた。
 一気に冷気が石壁を冷やして立ち上ってくる。たいそう困ったスピカの声が聞こえた。


「先生っ、お、落ち着けって!? あぁ、もう、その汚物離してくだ、さ、い。話聞けないっしょ? うー、ぐぁぁ! ちょっと、この人止められるの他にいないの? 俺が凍傷で死ぬっ」




 角を曲がりきると、一面、真っ白な雪景色でした。



「遅かったか」

 ダーナーは歩みを止めることなく一面の白に飛び込んでいった。




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