確かに俺は文官だが

パチェル

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第3章

闘えないとは言っていない1

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 意識はないが、呼吸が戻ったヒカリを急いで王城へと運んだ。



 そこでは先に着いていた騎士も医局長によって治療を受けており、カシオとすれ違いに入ることになった。



「カシオさん。ヒカリが騎士を見たと言っていた。気を付けてくれ」


 スピカが腕をつかんでそう伝えると、無言で頷いてカシオは出ていった。


 処置室の扉の前でセイリオスの腕に抱えられていたヒカリをスピカにそっと渡す。
 お互いに無言だった。

 ヒカリの腕がぶらんと垂れた。その腕ごと抱えてスピカは処置室へと消えた。

  



 スピカがその場で治療をしようとしていたが、カルテを犯罪の証拠として残すのなら一度王城へ向かった方がいいだろうとセイリオスが止めたのだ。


 スピカ以外の第三者、できれば数人とともにカルテをとったほうが疑いの眼は向きにくい。
 スピカが証拠改ざんなんてするかよと言いながらも、一緒に馬車に戻ってきてくれたことにほっとした。



 セイリオスはヒカリの瞳を思い出す。
 焦点もあっていないのに、その奥にある炎がゆらり揺らめくさまを。

 ヒカリの好きなようにすると言ったのだ。
 この判断でスピカに疑いの目が向けば、ヒカリはまた傷つくに決まっている。
 

 これで大丈夫だ。大丈夫。
 大きなけがもないし、解毒剤を服用した。洗浄も行った。呼吸も戻った、意識も戻った。



 スピカがいる。




 それなのにセイリオスはそこから動けなかった。








 コチコチと時計の音とたまに人が通る廊下。

 そこでぽつんと突っ立っていると一人のような気がしてくる。




 どれくらい時間がたったかわからないが、中からスタンが出てきた。

「すいません! セイリオスさんも入ってください。そこで消毒して!」

 心臓が跳ねる。






 消毒を済ませて医療着を上から羽織ってセイリオスが入ると、スピカが大量の汗を流しながらヒカリの上にまたがっていた。




「ヒカリ……、拒絶しないでくれ、もどって、たのむよ」


 ヒカリはキレイに整えられ、寝かされていた。


 が、簡単なあざも何も消えておらず、意識も戻っていないようだった。
 むしろ、顔色は白に近い。治療はとスタンのほうを見やる。



「それが、ヒカリくんに治癒が全然効かなくて。薬のせいなのか、心臓と脳に負荷がかかっている状態です。血流が緩やかになるかと思えば、一転して激しくなったりしてコントロールが効きません。このままでは内臓にも。傷ついた神経回路を治癒で回復を促したいのですが。早くしないと脳のダメージも大きくなって、取り返しがつきません」


 治癒などの体や精神に直接作用するような魔法は、ある程度信頼関係がないとかけられる方が拒絶反応を起こし効かないことがある。
 体の防御反応としては至極まっとうな反応だ。


 だからこそ攻撃で使うときはかなりの魔力で力技かコントロールする技術がいる。


 セイリオスは治療が全く進んでいないヒカリの体を見やる。

 少しずつ近づき手を取る。
 スピカの背に手を置くと汗でぐしゃりと掌が濡れた。



「スピカ、落ち着け。今の精神状態と疲労ではうまいこと行くものもうまくいかない」
「離せよ! このままじゃっヒカリが!!」

「そんな怖い顔じゃ、ヒカリが怖がるんじゃなかったっけ?」


 スピカが手を止めた。

 荒い息遣いで下を向いたまま、それでもヒカリから手を離さない。
 普通の患者なら意識を失ってしまえば、治癒力を拒絶することなんてできないから、意識のないときのほうが治癒をかけやすい。



 それほど強い拒絶を受けたのだ。
 スピカの集中力が乱れてしまうのも無理はなかった。



「落ち着けよ。ヒカリは説明したら自分で考えられる。ちゃんと語り掛けたかよ? お前が言ったんだろ? 意識がなくても声は届いているって。ヒカリ、きっとまだ、心があそこにいるままなんじゃないか? 怖くないよ、安心していいよって思わせるには大きい声、怖い声、怖い顔はダメなんだろう?」


 セイリオスはヒカリの近くに行って声をかける。


 ヒカリ、ヒカリ、ここは大丈夫だ。
 安心して。君を傷つけるものはだれ一人としていない。
 ほら、聞こえるか? 


 お前の大好きな主治医が泣いてるぞ。
 ヒカリが治癒を受けてくれなくて拗ねてるぞ。


 受けてやってくれよ? 
 確かにちょっと、いや、だいぶ遅くなったけど。見つけただろう? 
 怒らないでくれ。ごめんな。ヒカリ。



 セイリオスは声をかける優しく、ヒカリの耳にそよ風の様に声が届きますようにと。願う。


 スピカが「泣いてねーし」「すねてねーし」とつぶやくがそれを笑って、ほら、やっぱり拗ねてるぞとヒカリに報告する。
 その間もスピカは休むことなく呼吸するかの如く、治癒を続けた。



 どこからともなく吹いた風がヒカリと二人の間を通った。


 ヒカリの言った通りカルテも取ったぞ。

 なぁ、ダメか?



 セイリオスがヒカリの傷ついた頬に触れる。
 また、あのふっくらした頬が、笑うヒカリのせいでつぶれるのが見たいんだ。




「セイリオス、続けろ。ヒカリ、ヒカリ、聞こえてるのか。俺だ。スピカだ」


 相変わらずほかの患者よりも治癒力が効き辛い。

 しかし、先ほどははねつけられていた自分の魔力がするすると吸い込まれていくようだった。
 スピカとセイリオスで声をかけ続けた。

 何度もその頬を、その愛らしい鼻を、閉じた瞼を、開かない唇を、まあるい額を刺激するように触れる。



 あんなに触れるのが怖いと思った。その肌に触れる。




 セイリオスの指先からは魔力が一切流れはしないけれど、流れたらいいのにと思う。
 どうして治癒できる能力がないんだろう。



 俺は役立たずだなと、セイリオスがヒカリの耳元にまるで口づけを落とすかのようにつぶやいた。



 途端、今までにないほど強くスピカの癒す力がヒカリの体に入っていく。
 スピカも最後まで集中力を途切れさせまいと唇をかんだ。



 こんなにきついのは久しぶりだと意識の奥底でうなる。











 椅子に座り込んで、燃え尽きた剣闘士の様にうなだれている。
 赤い髪もどことなく燃え尽きてしまっているようだ。


 そこにスタンが水を持っていく。
 魔力が幾分か回復する薬も渡している。

 ほっとして力が抜けきったのか薬がつるりと滑って床へ一直線。
 落ちきる前にセイリオスが捕まえた。



 ヒカリの容態が安定したのだ。


 呼吸も戻り、顔色も戻った。脈拍も正常。
 いまだに見える痣までは治せなかったが、危機は脱した。

 まだ、眼は開かないけれど。



「スタンさん、ヒカリの状況的に治療はここじゃないとダメなんでしょうか」
「え、いや、カルテはもう取りましたし、特別な器具もいりません。必要な薬とあとは治癒能力のある人物がいれば事足ります」
「ヒカリは動かすのも危うい状況ですか?」
「そこまでじゃない。動かしたところで何も変わらない。治癒は使われる方も疲れるからな、もう体力がないんだろう。続きは目覚めてからになる」
「さっきのに比べたらこっちの痣や切り傷はすぐですよ。ただかなり治癒力を使ったので体調を見ながらですけど」

「じゃあ、スピカ。家に帰らないか?」


 そう言いつつ、もう帰る準備を始めている。
 スピカが顔をあげて、間抜けな顔でセイリオスを見る。



「治癒はかける方もかけられる方もどちらも精神的に落ち着く必要があるんだろう? お互いに信頼しあってこそなんだろう? だったら、家に帰ったほうが落ち着くんじゃないか? あそこはヒカリの好きなもので沢山だし、意識はなくてもいい匂いに反応するかもしれないだろう? 」

「そう、ですね。その方がヒカリくんも目覚めた時、安心すると思います」

 スタンがいい笑顔でそう続けてくれる。


「ですよね。じゃあ、俺はちょっと用事済ませてからになるから、それまでに帰る準備しといてくれ。じゃあ、行ってくる」

 セイリオスはスピカの返事も聞かずに外へ出ていった。


「そんな簡単に帰る許可下りると思ってんのか」
「……その許可、取りに行ったんじゃないですか?」
「まじか。行動力のある男はこえーな。ヒカリの返事も聞きやしねぇ」




 でも、ヒカリなら帰ろうと笑うだろうか。
 それとも、働いているスピカをもう少し見てからでもいいかなと布団に潜り込むだろうか。



 どちらでもいいから、早く声が聞きたい。



 握り返さない手をぎゅっとつかんだ。














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