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第3章
闘えないとは言っていない18
しおりを挟むスピカは事件のあった日から家にこもりっきりとなった。主にヒカリの治療を行うのがスピカの仕事だったからだ。
医課長にはしっかりデータをとっておけと言われていたのでこまめに様子を見る。言われなくても見るけど。
なのでセイリオスがいる時以外はほぼヒカリと同じ部屋にいた。むしろ、傍にいたいから、いる。
濡れたタオルで先ほどまでうなされていたヒカリの髪を拭う。
汗をかいたので気持ちが悪いだろう。
少し濡れた毛先が束になっている。その毛先を梳かす。
睫毛がフルフルと動いて、目を覚ましそうなのにまだ醒めはしない。
その悪夢から救ってやりたいと思う。
しかし、スピカはそのような医術を知らない。ただ寄り添う事しか知らない。
医師の一番大切なものはその手だ。
患者に触れる手が温かいものだと伝えなければいけない。
あなたを救いたいと、あなたにここにいて欲しいと、その手のひらから伝えなくてはいけない。
そう教えられた幼少の頃を思い出す。
ヒカリといると何故か昔のことを思い出してしまう。
震える睫毛から水が一滴こぼれる。
それが落ちてシーツにシミを作ってしまう前にその指でぬぐい取った。
ご飯も作り置きのものをパパっと食べるだけで、ヒカリの流動食を作るとき以外はヒカリの部屋にいて、主に薬を作っていた。
ヒカリの中から、薬を完全に抜くための薬と体内の循環を正常に戻すための薬である。
データを見ると、意識が全くない時間と意識はあるが記憶がおぼろげな時間が安定してきていた。不定期に現れていたのが、タイミングがわかるようになってきたのだ。
また、催淫効果が表れるのも少しずつ減ってきていた。
ちょっとムズムズするぐらいで少ししたら治まるようになった。
非常に喜ばしく、それ以外をすっぽかしてしまうぐらい治療に没頭していた。
自分の時間は最低限で、仕事場から頼まれていた薬の生成をしながらあとはヒカリに時間を当てる生活。
しっかり休む時間も確保して自分の体調管理もきちんと行った。
だからふと、ヒカリの定期診療を終えて椅子で伸びた時、隣でそれを大人しく見ていた同居人を見て引いた。
「セイリオス、お前俺の前でそんな恰好さらすとか正気か?」
どう見ても寝ていない顔。
血色が悪く、目の下のクマは真っ黒だ。
頬もこけており、無精ひげがちらほら。それがとても不健康さを煽っている。髪の毛はつやがなくバサバサで、皮膚も全体的にカサカサしている。
それに猫背気味なのか、身長がいつもより低く見える。
唇なんてカサカサで端っこが少し切れているではないか。
白目の部分は充血して白い色が少し濁っている。
たった数日でそんな風になるなんて、気づかないうちに病にでもかかっていたのだろうかと訝しげな眼を向けた。
病じゃなかったら常習性のある薬を使っていると思われるかというぐらい日ごろのセイリオスからはかけ離れていた。
因みにヒカリがくる以前なら結構こんなものだった。
お前寝てんのかと時々職場で会ったら聞くぐらいで、気にもならなかったのだが、今は別だ。
「今のお前、めっちゃ近寄りたくない負のオーラが満載なんだけど。なんか戦ったら余裕で勝てそう」
「そうか。ならよかった」
などと変な返答もしてくる。
ヒカリの事件に関してはセイリオスに一任してしまっていたので、責めようと思ったスピカは申し訳ない気持ちになり、椅子にしっかり座り直した。
こいつだって、無力感にさいなまれているに違いない。
夜も眠れずヒカリの事件のことを考えすぎて、思い詰めていたのか。
この間なんて夜に捜査の手伝いに出てくるとか言って、帰ってきたときに酒臭かったので注意したのだ。
俺に何かあったらお前がヒカリの面倒見ないといけないんだから酒を飲むなと。
セイリオスはその時に慌てて、すまないと謝った。
そこまで頭が回らなかったとかなんとか。
セイリオスらしくない言動の数々にため息が出る。
「なぁ、あとで俺が飯作ってやろうか? お前ちゃんと食ってんのか?」
「なんだ、急に。俺は自分のことは自分でできているから気にするなよ。お前は今はヒカリのことだけに専念しといてくれ」
「あのなぁ、確かにヒカリが目覚めるのはもう少し先になるとは言ったけど、お前がそんな姿なのを見たら、驚いてもう一回寝ちゃうよ。ヒカリはさ」
「……俺はむしろ、何やってんのってご飯を口に突っ込まれて、強制的に服を着替えさせられて、布団に入れられて、マッサージを行われながら説教コースかと思う」
「……あり得る」
十二分に想像できるそのヒカリに少しだけ笑ってしまった。
「まさか、それが狙いで? あざといぞ、お前」
「んなことするわけないだろ。お前とは同じにするな。目覚める前に片付けたいんだよ」
「とりあえず、病気の兆候はなさそうだけど、少しでも病気持ってたら隔離するからな。ヒカリと離れたくなかったら病気と怪我だけはすんなよ」
「ん、わかった。また出かけるから、ヒカリのこと頼む」
「わかってるって」
セイリオスは日に日に不健康になっていった。
たった数日で万年隈が再び姿を現し、頬もこけている。服装だってくたびれていて、ヨレッとしていた。
「おい、セイリオス。お前、大丈夫なんか? ちゃんと寝てんのか? ヒノに何かあったのか?」
そんなセイリオスを見たダーナーがセイリオスを支えるように近づいてきた。
今日は捜査の進捗具合を聞きに来たとセイリオスが突然現れて、見に来たダーナーが驚いてしまうくらいセイリオスの様子がおかしかった。
「あぁ、大丈夫です。それより、今日は騎士課の方へ伺うと聞いて、俺も同行させてもらえないでしょうか」
「何言ってんだよ。帰って寝てろって」
「どうしても見ておきたいので」
セイリオスの力強い目を見てしまってはダーナーも逆らえず、連れていくことにした。
本日は騎士課の方へ正式に捜査依頼をしに警吏課から伺うのだ。
騎士課の制服が不正に利用された可能性がある。
その調査のために体液などの魔法核質が取れるものを提供してくれというものだった。
備品管理課が行った抜き打ち検査の後すぐに依頼していた返事が今日頂ける、という事を聞いたセイリオスは是が非でも行きたいと、本来の仕事とは関係ないのだが付いていきたいと願ったのだ。
まぁ、こいつも腹に据えかねているんだろうとダーナーは了承した。
今回の捜査の主導権は警吏課に一任されているので騎士課は口出しができない。前回の変態の時と違って、文句も言えないだろう。
なぜなら監視官がいるからだ。
監視官が仕事を見張っているのに、職務怠慢や不正を行うかもしれないなんて言えないからだ。
その判断を下すのはひとえに監視官の任務である。
敵には回したくない相手№1の職業だろう。
騎士課へ行くと事前に呼び出されていた該当騎士と騎士課の課長と副課長が立っていた。
全員でソファに座る。特ににこやかでもない雰囲気で、空気が少し重い。
「今日はわざわざ時間を割いてもらって申し訳ない」
「いえ、捜査の一環ですので」
「本日は、事前に申請していた捜査協力に関してお返事が頂けると聞いているのですが」
一緒にやってきたカシオがそう言って、該当騎士二人を見るが、二人ともピクリともしない。
「もちろん捜査協力はするが、彼らの体液等の提出は拒否する」
「お? おぉ、そうか。ちなみに理由をうかがっても?」
「そもそも、彼らを名指しで体液等の提出ということはわれら騎士を疑っているという事」
「確かに、彼らの制服の管理不行き届きにはなりますでしょう」
それ、今更聞く? と内心突っ込みながらセイリオスは続きを待つ。
「さらに、彼らの体の一部を渡すということは呪術に用いられる危険性もある。王族の警護も担っているわれらが今回の調査協力で呪術を使われてしまう可能性を懸念している。また、われらは由緒正しき勇敢なる騎士。その忠誠は王にあり。その忠誠をお疑いか?」
騎士課長が凄むようにこちら見た。ひるむ者はいない。
体液を提出しろと言われた騎士1と2はほくそ笑むのを止められず、それをセイリオスに見られてもニヤつくのをやめることはなかった。
立派なこと言うのは構わないが、真後ろ、悪党みたいな顔をしてるけど、それはいいのだろうかとこれまた心のなかだけで突っ込むにとどめておいた。
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