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第4章
忙しいのは変わらない10
しおりを挟む「お前、どっからきたの? 移民だろ? 難民だったんだっけ?」
「そうです。えっとニホンから来たけど」
「どこそこ?」
「よくわからない」
と、ようやくヒカリが自分の弁当をもぐもぐ食べ始めた。
それを見てあきれたようにエリオットが首をかしげる。
「よくわからないって、それでよく移民申請が通ったな」
「それはセイリオスさんとスピカさんが助けてくれたから」
と言うではないか。
で、エリオットは特になんにも思わなかったからそのまま無言でご飯を食べていた。
正直へぇーぐらいなものだ。
それより自分が進めている研究の方が気になり始め、考えていたら一個目のサンドイッチを食べ終わったヒカリが慌てだした。
「えっと、ぼくは気付いたら、知らないところで部屋にいて、知らない子といっしょにいて……」
と話し始めた。
いつの間にか、奴隷になっていて、いつの間にか売られて、いつの間にか昼夜もわからなくなっていて、いつの間にか薬づけにされていて、気づけばセイリオスに助けてもらって、気付けばスピカに助けてもらっていて、二人が故郷を探すために頑張ってくれたのだという。
ヒカリとしてはご飯時に話すことではないなと思ったから、すごく端的に、かなり端折って話したが通じたようでほっとした。
ヒカリのせいでまたもや変な噂が立っては申し訳ないので説明が通じたようで助かった。
ここはセイリオスの職場なのだから、ヒカリが自分のことは自分で説明せねば、また、迷惑がかかるかもしれない。
だから、ここ何か月かで繰り返し練習した説明を繰り返したのだった。
で、端折られたがそれなりに察したエリオットはちょっとイライラした。
「あっそ、だから何? さっさと飯食って仕事すんぞ」
「はい! すぐ食べマフ」
「そんな焦るな。昼休憩はまだあるんだから」
口いっぱいに頬張ったヒカリが突然パッと立ち上がって、エリオットの後ろを見て笑う。
口がパンパンだからとてもきれいとは言いづらい笑顔で。
「ほはへひー」
「なんだなんだ、俺を笑わせようとしてるのか?」
エリオットが振り返ると、街へ行っていたセイリオスが帰ってきて、汗をかいてマフラーをほどいていた。
そして立ち上がったヒカリに声をかける。
「もう食べ終わっちゃったか?」
「ふーふん、まは」
「そうかまだか。じゃあ、俺も一緒に食べていいか?」
「へっほーへひほっほへふはひひひーへ」
「あぁ、そうだな。エリオットも一緒に昼飯食べてもいいか?」
「あ、えぇ、いいですけど。俺もう食べ終わったんで」
「はひ」
今のはひふへほの言葉がわかるセイリオスに尊敬の目を向けてエリオットは返事をする。
ヒカリがセイリオスとエリオットにお茶を運んできていた。
そしてリュックをガサゴソしているとエリオットのお茶の横に小さな包みを置く。
「なんだこれ?」
目をぱちぱちとして、口に詰め込んだサンドイッチを急いで飲み込んだヒカリが口を開いた。
「えと、もしよかたら、た、た、食べてもらい、たくて、作りました」
「俺に?」
「はい!」
と頬を染めて言われたら断るわけにもいかず、ストンとセイリオスの隣に座ってその和やかなランチ会にご招待されたのだった。
「エリオット、もしよかったら午後からの業務変わろうか? 自分の研究の方、進めたいだろう?」
「え、いいんですか?」
クッキーを口に運んだらセイリオスに提案をされた。
ようやく慣れ始めた業務の傍ら、念願かなって自分の研究を進められるのだ。
新人指導を変わってもらえるならそれはありがたい。
サクッと口に含んだクッキーがいい音を立てる。
一つはバターがふんだんに使われたクッキーで塩が周りについている。
岩塩を荒めに砕いたものがいいアクセントになっていておいしい。
サクサクした音を楽しみ、もう一つも口に運ぶ。
こちらもなかなかおいしい。
スッキリとする味だ。
クッキーを食べながらセイリオスに業務の引継ぎとして残っている部署への連絡をする。
「あぁ、あとは任せてくれ」
「ありがとうございます。あと、ヒノ。これ旨かった、サンキュー」
「はい! いつもお世話になてるからお礼です」
「こんなの仕事のうちの一環だし……」
「それに、これからもお世話、になるとおもうますのでほんのこころばかりの……」
「品ですが、な」
「そうそう、品ですがお受け取りください」
「ち、頂戴しました?」
「ふっふふ」
言えたことがうれしいのかまた笑う。
というかヒカリの食事が全然進んでいない。
人の飯食ってるの見る暇あるならさっさと食えよ。
と言えず、ため息。調子が狂ってしまう。
もう何なのと思っているエリオットは、ヒカリが試験を受けに来た時にタウにくぎを刺された職員である。
俺が指導係とか、ビシバシやっちゃうよいいのかよとか思っていたのに、ぜんぜん堪えない相手になんかこっちが疲れる。
自分の研究に取り掛かってふと、目を休めるために上を向くとコーヒーを持ったひょろがりの先輩が飲むか―と声をかけてきたのでありがたくいただく。
「で、どう? ヒカリヒノくん。調子は?」
「まぁまぁじゃないですか? まだ、魔道具貸出修理依頼業務だけですけど」
「ふんふん。じゃあ、今日のお昼話を聞いた後のエリオット先輩はどう思ったの」
「ダナブさん、聞いてたんですか? 意地悪いっすね」
「目端が利くって言ってよ。商人の息子なもんで」
話は聞いた。
この間のタウの言葉で端折られたところを合わせるとこうなる。
言葉の分からないところへやってきて、目覚めたのが大体半年前。
一人じゃ動けないようなけがを負っていた。
彼の国の言葉がわかるのはセイリオス以外にいないような所。
魔法もないような国から、魔道具も知らずにあの年齢まで育った。
それなのに答案はほとんど埋まってた。
で、君が見たその特許のうち、どれか一つはあの子が設計図を描いたものだ。
それがどれか君にはわかるか?
凄く努力したはずなのに。
それなのに、職場の先輩の指導係にあんなにつれない態度をとられても返事の熱が変わることはなかった。
自分の話なのに、他人の話をするかのような温度だった。
まだ発音が変だったりすることがあるのに、自分の境遇を話すときは驚くほど慣れていた。
何度、あの話をしたのだろう。
何度、話せば何でもないと思うように話せるようになるのだろう。
だからエリオットも同じように何でもないようにふるまった。
ヒカリが、今のままのエリオットを嫌ってはいないようだったから、そのままの方が彼にもいいのだろうと思ったから。
「あんなに楽しそうにしてるんなら上々じゃないんですか!」
少腹立ちながらそう伝えると、ひょろがりの先輩は楽しそうに笑った。
「楽しそうか。そりゃあよかった。因みに俺はこの間、ヒカリくんのお家にお邪魔してきたんだが」
「はぁ?」
「俺、チョー仲良しなの。で、聞かれたんだよな。エリオット先輩は甘いものより辛い物の方がお好きそうだけど、ジンジャー入りのクッキーとか、ソルトクッキーとかなら食べますかって。で、どうだった? ヒカリくん特製クッキーは、どっちだったの? えりおっとせんぱぁーい?」
それだけ聞けばまるで恋する乙女のようではないか。
因みにどちらも包まれていた。
あのピリッとしたスパイシーな味はショウガだったのかと納得する。
目頭を揉みながらエリオットは忠告めいたものをしてしまう。
「そういう気があるように思わせる行為はあんまりさせないほうがいいのではないですか? 俺、まじめに言ってますけど。俺じゃなかったらもうそれ、気がありマスみたいなもんですよ? 学院なら可愛いものですけど、職場でやると変なのつれちゃいますよ」
タウはそれもおかしそうに聞いて、自分のマグカップのコーヒーをグイッと飲んだ。
「それがねぇ、ヒカリくんがそうやって距離詰める人って案外いないのよね。ちゃんと人の好意がわかる人にしかしてないし。それに、セイリオスやスピカさんを見る顔見て『俺に気があるかも』とか言っちゃうようなやつには、たぶんしないんじゃないかなぁ」
タウは気付いている。エリオットが何故、一度嫌がった指導係を引き受けたのか。
それは魔道具関連課で一番チャラくて、手の早い先輩が嬉々として立候補したからである。
あれはどう見ても得物を狩るつもりの目だったとエリオットは思った。
別に悪い先輩ではないのだが、ヒカリが彼の恋人の一人になると思うとそれは如何ともしがたい。
それで結局、エリオットは引き受けてしまったのだ。
因みにその先輩は試験の後のエリオットとタウの話をばっちり聞いていた。今回の話ももちろん。
さらに言うとエリオットの指導係には本気で立候補したのだが、その時には課長に即座に阻止されたことはエリオットは知らない。
このちょっと残念なツンデレさんであるお人よしのエリオットなら良き先輩になれるだろうと、タウはこうやって進捗具合を聞きに来たのだ。
「まぁ、手のかかる後輩ですけど仕事が楽になるんなら、指導しますよ。しっかりとね」
そしてタウは知っている。
このエリオットが先輩呼びに弱いということに。
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