確かに俺は文官だが

パチェル

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第4章

忙しいのは変わらない20

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 あー、面白かった。

 窓に向かって設置してあるカウンター席で足をぶらぶらさせ、読み終わった後の解放感に浸っている。



 図書館に来たのに、本日のヒカリは実に不真面目であったと反省もしてみる。
 勉強に身が入らず、ついついタウからもらった一冊を読破してしまったのだ。



 早く続きが読みたい。こうなったら徹夜して読もうか。
 でも徹夜したらすぐばれるだろうな。


 本をリュックに片づけて時計を見ると、あと5分で約束の時間が迫っていた。
 慌てて机の上を片付ける。


 今日はどちらと帰るのかな?
 二人ともそろって帰れると嬉しいんだけど。


 ヒカリはそわそわしてリュックを背負い、図書館の入口へ急いだ。





 年末はそれぞれ忙しいから迎えに来た方と帰ることになっている。
 ちょっと遅れた時は警吏課にお邪魔させてもらっていいらしいので焦る必要はないのに、いつも二人はちょっと小走りでヒカリを探す。


 ということで探す手間が省けるように図書館の入り口付近で待ち構えることにしているのだ。


 寒いから中で待っててな。
 とは言われているが、二人を待つ少しなら全然寒くないので外で待ち構えてもいいのだけど。
 入り口付近から外を観察して二人を見つけたら、外に飛び出る。



 アレが結構楽しかったりする。

 ちょっと遅れたから探しているかも。



 リュックを背負って振り向こうとしたところで窓に反射した人物がこちらを見て向かってくるのが見えた。


「ヒノー!」
「エリオット先輩。声が大きいです」



 大きな声に思わず注意すると、周囲にペコペコしながらエリオットが近づいてきて、目の前に立ちはだかった。


「あ、スイマセン。……ヒノ、今時間あるか?」
「えっと、待ち合わせ、していて。なにか、ありました?」


 入口の方へと向かうとエリオットもついてきた。ちょっと急ぎ足だけど、怒ってる顔をしていてそわそわが倍になった。


「お前、仕事で俺に報告しないといけないことがあるんじゃないのか」
「報告、えっと、あぁ。魔道具の保管ほうほうとか、保管ばしょの規則? とか、も作ったほうが確認さぎょ―とかかんりがしやすいとおもいました」

「あぁ、なるほど。確かに……。じゃなくてそれはあとで職場で報告したらいいけど。もっと緊急性のある方!」
「ん? どれ?」

「仕事遅れてるところあるだろう?」
「あぁ、どぼく管理課? 遅れてます。あれ? 報告して……」
「遅れているのは聞いてるけど! 何かトラブルがあって遅れてるのかってこと!」

「トラブルという、トラブルがあるかと言われると、ないような?」
「なんだ? よくわかんないな。とりあえず話聞かせて? 一から全部。その後で判断するから」



 トラブルというトラブルがあるわけでもなく、報告に「雑談をしました」などというわけもなく、隠しているわけでもない。
 けど、なんとなく図書館では話したくなくて、口が動かなくなる。


 周囲が静かなのがやけに気になり始める。


 図書館の入り口を出たところで足も止まってしまった。
 本を読みすぎたのか、何だか目の焦点も合わなくなってきた。


 エリオットもそこで足を止めて、腕を組んでヒカリが口を開くのを待っている。

 えっと、どこから話せばいいのかな。
 あぁ、寒いな。
 雪が積もることはあまりないらしいけど、空気が冬の風で、乾燥してて。


 じゃなくて、土木管理課の魔道具が重くて自分では動かせなくてだから。
 魔法も使えなくて。
 気合が足りないから仕事が遅くて。

 一人じゃ、何にもできなくて。





 どさりとリュックが落ちた。あれ?



 何にも。



 なのに、一人前に性的な事ばっかり考えている。
 あの目は性的な目?
 あの目は僕が性的なことを知っていると思っている目?


 胸に手が触れて、お尻に手が触れて。
 触れただけだから。
 仕事で、狭い場所で仕方なくって。



 ぎゅってされたわけじゃないし。
 つままれたわけじゃないし。
 服の中に手が入っているわけじゃないし。



 だから、性的な事じゃないのに。
 性的な事かと思うのは、僕がそういう事を。



 そういうことを。




 冷たい風の中に、においが混じっている。


「ヒーカーリー! また、マフラー巻いてないじゃん」
「スピカさん、どうも」

 後ろからスピカが小走りで近づく音がして、ヒカリが振り向く。
 スピカは「あぁ、そうそう、エリオットさん」と声をかけてヒカリを見て、小走りから小さいが抜けた。



 バサッ。

 大きく布が目の前に広げられて包まれた。
 途端に温かくなって、スピカの匂いに包まれた。


「ヒカリ? 震えてんじゃん。何? 何があった?」


 一生懸命に目の焦点を合わせると、心配そうにヒカリを覗くスピカと目が合った。
 スピカのコートの中にヒカリがすっぽり入って、スピカの夕焼けのような赤が目に入る。


 いい匂いだからか、空気が肺に入ってくる。


 目線が外せなくてずっと見ていると、スピカがさっきよりぎゅっと力を入れてヒカリを抱きしめた。
 スピカが笑ってる。


 確か、このコートは体が厚くなってもボタンの占める位置で調整できる優れものだと言っていた。
 だから人を一人包めるくらいの余裕があるのかと納得。


「今日、このコート着ててよかった。ヒカリがすっぽり包めた。ほら。これなら誰からも見えないから、ヒカリを独り占めできる。ふふふ」


 僕もスピカを独り占めしている気分になる。

 スピカが横に顔を向けて何やら頷いている。
 そうだった、エリオット先輩と話している途中だったと焦ると、スピカが背中を撫でる。


「じゃあ、今日はちょっと寄り道するか。エリオットさん、ヒカリが話したそうだからどこかお茶でもできるとこ行こうか。時間ある? ん? あぁ、大丈夫。この子の鞄には一通りなんでも入ってるし、俺もいるから。行こう行こう」


 いつもはすぐに馬車に乗るのに今日はとことことスピカとエリオットと歩いている。

 スピカはヒカリがよく口ずさむ歌を鼻歌で歌っている。
 聞いていると歩いているのにちょっと眠くなって、瞼が下りてくる。



「ヒカリ、抱っこしようか?」
「ううん。だいじょぶ」


 でも、一度まぶたが降りたら気持ちよくて。






「あの、俺がよくいく喫茶店でもいいですか? 近いし、その、個室みたいになっているところがあるんで」
「あぁ、じゃあ、そこでいいや。それよりヒカリといてくれてありがとう」
「そんな。俺がもう少し言葉に気を付けて聞いていたら。怖く見えたのかもしれないです」
「そうかな? わからないけど、たぶん、違うよ」


 喫茶店につくとカランコロンとドアベルが鳴って、ヒカリがパチリと目を覚ました。
 半分眠っていたようで、もう少し周りを見ておけばよかったなと後ろを振り返る。



 何か注文するかと聞かれて、ヒカリは前を見る。

「エリオットさんがここのミルクティーおいしくっておススメだって。ちょっとスパイシーでおいしいって。な?」
「はい、すごくおいしいです。それにポカポカして温かくなるから寒いときは特に」
「じゃあ、それ三つ頼もうか」


 スピカが話しながら、ヒカリのマフラーをほどき、ソファにポスンと座らせた。
 横にスピカ、机を挟んで向こう側にエリオットが座って、あとは外の道が見えるだけで、壁に囲まれているから周りがあまり気にならない。
  


「ここは俺が奢るから、ヒノは体温めたら帰りな。今日はせっかくの休みなのに仕事の話なんかしてごめんな。俺の配慮が足りなかったよ」
「え? そんなこと、ないです。さっきは何かちょっと、ぼーっとしちゃってたから。えっと、仕事の話ですよね」


 スピカが届いた飲み物と軽い焼き菓子ヒカリにも回す。

「とりあえず飲もう。で、心がほっとしたらもう一回聞くな? ほーらほらおいしそう」
「そうですね。ほら、ヒノ。これすっごいおいしいから」



 そう言われたら目の前のおいしそうな匂いに目が奪われる。
 大き目のカップから出る湯気から紅茶の香りが漂ってきた。



 フーフーと息を吹きかけコクリと一口。




「ほんとうだ! おいしぃ」








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