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第4章
帰り道の夕焼けは目に眩しい19
しおりを挟むここら辺の土地では、春になると街中のとある街路樹にごく薄く紫がかった薄い赤色の花がつく。ヒカリは最初、その花を見つけた瞬間、とても驚いた顔をして、しばし眺めていた。
毎日毎日、飽きずに見ていた春の訪れを感じさせる花は、今朝方には満開を迎えたと言ってもいいだろう。
『桜前線がラクシードにもやってくるとは!』と馬車の中で何やら呟いていたが、その目は郷愁が漂うものだったので、恐らく故郷にも似たような花が咲くのだろうと、なんとなく思ったセイリオスは飽きるまでヒカリに眺めさせた。
一向に飽きないようでずっと外を見ている。
そんなヒカリに春の朝の陽光が降り注ぎ、街路樹を眺めながらヒカリが少しうとうととし始めた。
庭に植えようかなどと、初めて庭に関心を持ったセイリオスにヒカリが爆弾発言ならぬ、爆弾つぶやきを残した。
『……まさか、桜が見られるなんて』
ふむ、サクラと言うのか。
『やっぱりこれ見ないとなぁ』
春と言えばこの花だよな。ヒカリの世界でもそうなのだろうか。
『17歳になったーって感じ、……しないもんなぁ』
え?
『……おめでと……』
おめ、……え?
ひとり、外を眺めておめでとうを呟くヒカリをしばし、固まったセイリオスが眺め続けていた。
その日、家に帰ったセイリオスとスピカはものの見事に落ち込んだ。
しょんぼりしているというのが目に分かるくらい落ち込んだ。
まずあれからセイリオスは使節団が来るのでそれの最終調整を行うのに出ずっぱりだったし、スピカも同じく、やってくる使節団の健康チェックと検疫の準備等もあり、セイリオスから本日帰宅後重要な話ありと伝言を貰って、気が気で無かった。
休み時間もないほど忙しかったので、帰ってきてから話を聞いた二人はそれはそれは落ち込んだのだった。
まさか、ヒカリの誕生日が二人の認識から二月ほど離れているとは、思いもしなかったのだ。
頭を抱えたままブツブツと来月じゃ……、とか、その日は……とか、うわぁ! 俺マジか! とか呟いている二人にヒカリは居心地悪く「ご、ごめんね」と謝ってみるが、ヒカリが謝ることじゃないだろうと言われてしまえば、それもそうである。
元はと言えば、ヒカリが意識なく保護されていたのが原因である。
そのように保護された人は大抵、保護した側が便宜上の生誕日を付ける。
大体が保護された日から数日以内の日付を付けられる。発見された日をその人の誕生日にして、推測で生年月日を作られるのだ。
その後訂正があれば、訂正される。
ヒカリも生まれ年だけは訂正された、あの自己紹介の日に。
それで書類を提出してしまったのだから、移民の証明書にもその誕生日が記載されている。だから、あながち間違いでもない。
それにその日付は、ヒカリには意識がなかったけれどこの家にやってきた日でもあるからそれはそれで置いておきたい日付でもある。
虚偽の報告ではない。
そもそも、ヒカリのいた世界とこちらの世界の時間軸というものがどうなっているのかはわからないというのが正しい。
こちらの世界ではいくら探してもヒカリがいた痕跡というのは、落ちてきたあの日からしか始まらないし、戸籍だってない。
ヒカリとしては二人とも気付いてなさそうだなーとなんとなく思った。
と言うか誕生日が近くなってふと気づいたのが正しい。
そういえば聞かれていないけど、自分の誕生日ってどうなっているのかなと書類を見て、ふむふむと一人納得して、それで終わり。
聞かれた記憶もないし、身元確認のための生徒手帳とかもないし、そりゃ確認も取れないかというくらい。
そもそも、二人が誕生日を祝っているところを見たことがないし、そういうことをあんまりしない人なのかなとも思った。
親戚のいとこに誕生日おめでとうと電話したら、この年になったらなかなかお祝いしないからなと、そんなことを言っていた。
で、フィルに聞いてみた。
子どものときは結構祝うんじゃない? やっぱ、洗礼を無事迎えるのも大変だしさ、大人になって仕事とか始めたらまた違うかもだけど。
あ、でも、ディルおじさんは毎年律儀にうちのお父さんに誕生日プレゼントを贈ってるな。
まぁ、個人差があるのかもな。
といった後に、真剣な顔でヒカリを見て。
でも、一つだけ言っとくと、ヒカリんとこの兄ちゃんたちはやるだろ。機会さえあれば何かしらやる気がする。虎視眈々と狙ってると思う。
と言われた。
もうそろそろ誕生日近いときになって、「誕生日あと2週間後なんだよね」って言えるタイミングもない。
それに何より、時間軸の問題から本当の誕生日と確信を持って言えない。
自分の身長が伸びる気配もないので時間がたったという感覚すら乏しい。けれど遠い昔のようにも感じる。
じゃあ、別に言わなくてもいっか。
春に近づくにつれ、セイリオスもさらにはスピカもより忙しそうで、ヒカリも仕事があったし、なんて言い訳をして。
勝手にその日を心のなかだけで、誕生日だと自分で決めた。
今日という日まで自分が自分でいられることの幸運をお祝いすることにした。だから、その日はその幸運を返す日にしようと。皆へおめでとうを言う日にする。
生れてきてくれてありがとうと、ヒカリから皆へ、光から皆に。
これならいつ生まれたのかヒカリには知りようのない、もう生まれている妹にもおめでとうを言っても不思議ではない。
一緒に祝えなかったけど、これでチャラにならないかなとか都合のいいことも考えている。
君のお兄ちゃんは異世界で何とかやっています。こんなに素敵な人たちに囲まれています。
だからきっと、君も無事に生まれてきてくれているよね。
色んな思いをその日に込めて、おめでとうを自分で言ってしまおうと思った。
だから、言わなくてもいいかなと思っていたのだけれど。
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