確かに俺は文官だが

パチェル

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第4章

帰り道の夕焼けは目に眩しい31

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「俺たちの母親は、君を生んだから死んだんじゃない」
「そうね」
「この間、父から聞いてきた」



 母親であるチェレアーリはルピナスを生んですぐの時に誘拐された。本当は子どもを狙ったが、母が庇ったのだという。


「俺はあの時、妹にかかりっきりな母と、仕事ばかりな父に、構ってもらえず家出をしたんだ」



 スピカも覚えていた。


 家出をしたとは言ったけれど、自分の机の上に「ちょっと、家出します。」と書いて、物置に一晩隠れていただけのもの。
 そこまで周囲を困らせようと思ったわけではなく、ちょっと、心配してほしかっただけなのだ。


 一晩、一人で隠れ切ったと目が覚めれば自分の部屋のベッドで寝ていた。
 家が少し騒々しく、珍しく昼時に帰ってきた父が色々聞いてきたのだ。


 大丈夫か。怖いことはないか。痛い所はないか。
 珍しい父の剣幕に戸惑いながら返事をして、ふと、母はどうしてるか聞いた。


 またまた、珍しく。自分が聞くことに狼狽える父が妙だったのを覚えている。



「お母さんは少し体調が悪くて、入院した。……大丈夫。すぐよくなる。君におやつを渡しておいてくれと言われていたんだ」

 スピカは驚いて、母にお見舞いの手紙を書いて、父に送ってもらったのを覚えている。



 それからしばらくして帰ってきた母は、手足が不自由だった。
 動きがぎこちなく、そう、麻痺しているかのような。


 スゥ? ルゥが泣いてるわ。抱っこしてあげて。
 嬉しそうに母が言うので、抱っこして寝るまで歌を歌った。そのころ、母がスピカをスゥと呼びルピナスをルゥと呼んでいた。抱っこしたいのに、その腕では赤ん坊を落とすかもしれないとは言わずに、いつもすぐ泣き声に気付いて、近くにいる人に頼んでいた。


 今思えば、あの頃、口にもマヒが残っていたのかもしれない。





「母が庇ったのは、俺。物置小屋で昼寝していて。そっとしておいてあげてという母に使用人たちも見て見ぬふりしてくれていて、おやつを届けに来た母が、俺を庇ったんだ」



 母は人質となった。
 要求は父に対して送られてきた。家が持つ機密情報を話せというものだった。

 一子相伝の秘術、王室の機密情報。
 渡せるわけがなかったと父は項垂れて呟いた。


 そして、それは母にも要求された。
 拷問をするよりも手っ取り早く情報を吐かせる手段があった。

 母は自白剤をまさに浴びるほど飲まされたのだという。


 知らないという母に、当時巷であふれていた多種多様な幾種類もの自白剤を飲ませた。自白剤が効けばどうなろうとかまわないと、要求は金ではなく情報さえ手に入ればいいのだから。



 父はすぐに家の中の裏切り者を一掃し、その人攫いの集団を警吏課とともに壊滅に追い込んだ。
 背後で操っていた貴族を見つけたが、裁判にかける前に違う罪で爵位を返上の上、追放となっていた。また、失われた体の機能を回復できるすべを探した。時間がかかり、5年たつ頃には母は儚くなった。



 あまりにも忙しく、たまに帰っては夜中。
 家に居ても、自分の不甲斐なさにどうしようもない気持ちになっていた。医術ばかりにのめり込んでいた父は、もっと、家族のためにできることがあっただろうと自分を責めた。

 貴族らしいことが苦手な父は、そういった点は母の方が向いていて。


「あなたのできないことを私がやるわ。私の腹黒い所を余すことなく使って、そしてあなたはもっとたくさんの人を救ってよ。私にはできないことをあなたがやって? ねぇ、いい考えだと思わない?」

 父は母から13歳の時にそう言ってプロポーズされたと言った。
 実際、母は人を使うのがとても上手かったなとスピカは笑う。腹黒く見せずに腹黒い。



 夜中に帰った時にいつもみんなの顔を見て、母が起きているときは少し話したりして、ちょっとでも体によさそうなものがあればすぐに持って帰って、試してもらって。


「夜中に帰って、君がいなくなったら私は生きていけないと泣いたこともある。すぐにスピカが起きるから静かにしてと怒られた」


 そんなことも知らなかった。父はずっと帰ってきていないと思っていたから。

「そうしたら彼女は言ったんだ。私はあなたのできない事をやるとは言ったけれど、あなたができることまでは任せられても困るわよ。この子たちの父親の仕事は私の仕事ではないわ。仕事放棄するって言うのなら、さっさと縁を切って頂戴。カシオさんにでも頼んで、父親になってもらうわよって。ひどいと思わないか? 目の前で愛している男が泣いてるのに」


 愛されているとは思うんだ、とか、そこでカシオ? とか、確かにそれはちょっととか思って何も言わずにいた。


「だから、君が秘匿している医術を公開しようと言ったとき、どうしてそんなことが言えるのかと頭に血が上ったんだ。あの時すぐに要求に応じて、わが一族の情報を漏らせばと何度も自分にしてきた問いを、君に、指摘されて慌てたんだろうな。殺したんだろうと言われて、君に咄嗟に手が出そうになった」


 でも、出せなかったんだよ。君の笑う顔があまりにも苦しそうで。
 自分は何をしているんだろうという虚無感に襲われて、手を出そうとして自分が恐ろしくなった父は俺を預けることにしたそうだ。


 この状態のままだと、いつ手を出すかわからない。
 それに、母に補っていてもらった部分をこれから自分がしていかなくてはいけない。
 そのために教えを乞う時間もいるだろう。
 それに。


「私は君に好きな道に進んでほしかった」







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