確かに俺は文官だが

パチェル

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第4章

それ以上でも、それ以下でもない35

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 おそらくヒカリ本人を狙った犯行で、ヒカリが口を割らないように何かをされた。脅されたか、それほど酷いことをされたか。


 何か。


 ヒカリが頑張って逃げ出してきたのか、捕らえる意味もないと思ったのか、恨みなのかそれ以外なのか。
 話を聞けないセイリオスの状況はかなり辛い。



 が、しかし。


 ヒカリが逃げ出してきて追いかけてくるというのなら迎え撃つつもりでいる。
 生憎ここはセイリオスのテリトリーなので、やりやすい場所でもあるのだ。
 その旨は働く人形たちには伝えてあるので、彼らもそういった態勢でいてくれるだろう。




 もしヒカリを色だけで判別するようなくそみたいな人間だったら、多少手が汚れようが構いはしない。人攫いには人攫いへの道がある。因果応報だ。





 セイリオスは頭を振って、念のためにうちの課長にも少し聞いてみようと自分の服を勢いよく脱いだ。


「あとは自分でできそうか?」
「うん、ありがとぅ」


 後はヒカリに任せるかとセイリオスも服を脱いでいく。
 ちらりと見えた脱いだ後の畳まれた服たちを見て、足りない衣類があることに気付く。汚れた着衣に目を伏せた。



 いつもはつけないが腰にタオルを巻いて先に風呂場へ行き、湯を床に流して温めておく。熱いくらいの方がきっといいだろうと湯気がもうもうとした中にヒカリもやって来た。


「ヒカリ、何も話さなくていいが、傷があるかどうかだけ確認させてくれ」
「それ、は」
「ダメか? 嫌だとは思うんだが、スピカが呼べない以上、俺だけでも把握しておきたい」



 セイリオスにとってはスピカには見せたくないよなという気遣いだろうが、ヒカリにとってはどちらにも見られたくはない。誰が好き好んで好きな人に、暴行の痕を見せたいと思うだろうか。


 特に恋心を抱いている相手に。
 自分が受け入れさせられたという事実を見せたいだろうか。


 二人がどんな表情でそれを見るのかわからないから、見せたくはない。
 スピカに至っては誕生日プレゼントを買いに行った先であんなことありました、なんて言ったら多分泣いてしまう気がする。




 泣くのは自分一人で十分だから、言えない。
 好きな子を泣かすなんて日野家の名に恥じた行為、お兄ちゃんとしてあるまじき行為に他ならない。


 と燈が言っていたことを思い出した。正確には話している内容をヒカリがそう受け止めただけなのだが。




 自分の体に残っている痕跡は思ったほどひどくないように見えた。
 治癒がかけられた今ならそれほどひどい痕もないかと思い、内心諦めながら頷くとセイリオスが近づいてきた。
 警吏とスピカに言われないだけ、まだましだと考えるほかないという諦めだ。しかし、少しばかりいい考えが浮かんだ。



「嫌だったら、目を瞑っていてもいい。俺もなるべく触れないようにするから」
「セイリオス、あのね」
「なんだ?」
「洗って、あわあわにしてくれたらたぶん、ダイジョブだと思う」



 泣きそうなヒカリに気付かないのか、敢えて気付かないふりをしてくれているのかわからないけれど、根気強くヒカリに言葉をかけてくるセイリオスにヒカリはお願いした。


 だってこんな体に触れて欲しいとは思わないから。泡があればその分少しはましになるかと思ったのだ。

「そうだな。お、そうだ!」


 セイリオスが棚からいそいそと何かを取って戻ってきた。


「このせっけん使ってみないか? 泡の量が倍増だって言う新商品なんだが」
「ばいぞー?」


 因みにその石鹸はタウの家から仕入れたものだ。
 ご両親ともにセイリオスはお付き合いがある。ヒカリは未だ会ったことはないがあえばそっくりの家族で、なぜか母親も父親もタウ自身も似ているのである。どっちに似ているのと聞かれたらどっちかわからない。


「泡でお風呂が作れるくらいらしい。そこまでいかないかも知れないが、その時はその時で伝えればいいし」
「うん! じゃあ、それでお願いします」



 セイリオスはヒカリの体の隅々まで見た。丁寧に。


 ヒカリは恥ずかしいので、セイリオスの頭のてっぺんを見たり、浴槽の表面に落ちた水滴が起こす波紋を見たりしていた。



 セイリオスが爪の中に入った泥を丁寧に掻きだしているし、しみる傷には優しく手でお湯をかけて、傷の中の小石とかも取り除いてくれる。
 たぶん骨とか内臓も確認されているのだろう。時々強く押すよと骨とかを押す。セイリオスは汚れをしっかりガーゼとかで拭きとって、次の汚れを取るときは新しいガーゼを出してとてもきれいに汚れを落としてくれた。



 まるでセイリオスが扱う魔道具になった気分だ。
 僕のこともきっとうまく分解できるに違いない。



 ヒカリの口のなかや目や耳も確認していく。目を合わせるのが恥ずかしいので目を逸らす。頭も隅々まで毛をかき分けるようにして確認していく。もはや何かを探しているかのようだ。


 隅々まで見て隅々まであわあわにしていく。泡はもっちりとしているので流れない。何でできているのか気になって聞いたがヒカリの知らない成分で、セイリオスがそれを説明しながらヒカリの体を泡だらけにしていく。そうしていると最初気にしていたほど体を見られるのが気にならなくなった。



 泡の服を着ているみたいになってきて、だいぶ面白いぞ。ちょっと鏡で全身見てみたい。自分でも泡をもちもちさせてみる。





 しかし、最後に一か所だけ、どうしても確認しておかないといけないところがあった。セイリオスが申し訳なさそうに言う。






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