確かに俺は文官だが

パチェル

文字の大きさ
357 / 424
第4章

それ以上でも、それ以下でもない40

しおりを挟む

 


 動物型に呼び出されて向かってみたら、扉の向こうからくぐもった苦しそうな息遣いが聞こえる。
 扉をノックして、スピカが声をかけた。



「おーい、ヒカリ? どうした。気分悪くなっちゃったか?」


 それに返事をしようとして、また吐き気が来たのか中で水の音がする。スピカがドアノブを回すと鍵がかかっていない。


「ヒカリ、開けていいか? ……開けるよ?」



 ゆっくり扉を開けると、嘔吐したときの独特のにおいが漂っている。
 トイレのなかは人間が三人は入れるほど広くはなく、便器に寄りかかるようにして体を曲げて座り込んでいるヒカリにスピカが手を伸ばす。


「あー、結構出たな。まだ出そうか? 吐けるだけ吐いちゃおう」

 背をさすって、ちらりとセイリオスを見る。
 上から便器の中を見ればほとんど消化されていない昼と朝の食事が沈んでいた。スピカは体温や脈を計ってこちらを見た。


「セイリオス、いつもの水分補給用の飲料とお風呂熱々にして用意して。トイレとお風呂場の間に捨てていい布とかも敷いておいてくれ。タオルと着替えといつもの軟膏用意してもらっていいか。あと、香り付きの油も」
「わかった」
「ヒカリ、もしかしてお腹すごく痛いか? そうだな。ちょっとマシになったら教えてくれ」


 スピカの汚れたシャツを見て、セイリオスは着替えを用意しに行った。








 お風呂は動物型が暖めていてくれたので比較的すぐに入れると言えば、少し吐き気が収まったヒカリをすぐにスピカがお風呂へと連れていき、掛け湯をし、ヒカリを湯船につからせる。

「出そうになったら言ってな。すぐに盥用意するから」


 浴槽の外から片手で支えながらマッサージしているスピカに、ヒカリも体を預けている。

 寒い体があったまっていくのだろう。目を閉じて身をゆだねるヒカリにセイリオスは飲み物を渡す。
 が、手が震えているからうまく持てず、セイリオスの手から飲むことになった。



「ちょっとマシになったか? ヒカリ、恐らく内臓の動きが悪くて腸閉塞になりかかっていると思う。さっきの吐しゃ物、朝ごはんがそのまま出てきていただろう。消化がうまくいっていない。痛みも断続的にあるな。よし、ヒカリだしちゃおうか。全部」
「だすって?」


 ヒカリが少し眠そうにな顔でスピカに聞き返した。


「嫌って言ってもするよ。そうしないとお腹開かないといけなくなるから。治癒じゃ便秘はどうしようもないからな。詰まってる最初の奴が出たら後は普通に出ると思うから」
「え?」


 お風呂場は湯気がもうもうと立ち込めており、少しサウナのようになっている。スピカは目をいつもより開き、固まったヒカリに説明を続けた。

「ここのところコロコロした便とか細い便しか出てなかったんじゃないか? どっかで詰まっているからそういうのしか出ないんだよ。緊急だと掻きだすのが一番だ。無理やり突っ込んで出すと傷付く恐れもあるし、慣れている俺がやる方が手っ取り早い。熱は出てないから大丈夫だと思うけど、腸が破裂したらお腹開かないといけなくなるから、さっさと済ませてしまおう」


 スピカは両手を差し出して止まる。
 ヒカリはオロオロして、ふとセイリオスを目が合った。


 その気持ちはよくわかるよと思いつつ、頷いてみるとヒカリも諦めたかのような顔をして、しかし、次の瞬間にはきりっとした目をして、でも眉が下がって。


「おねがいしま、す」

 スピカの手の中に自ら入っていった。
 スピカは少し安心した表情でヒカリを抱えたまま立ち上がって、セイリオスから油の入った小瓶を受け取った。





「苦しいな」
「ん、もうちょっとだけ先入れるな」
「カッチカチだなー。無理やりしたら切れるから、ちょっとずつな」
「お、いけそうだ」


 なるべく恥ずかしくないようにと、バスローブをかけてヒカリを抱えたスピカが声をかけ続ける。ヒカリは、ん、とか、う、とか声を出すだけで苦しそうだった。


「また、痛くなってきたか? よし、じゃあ、トイレ行ってみようか」










 全体力を使い切ったヒカリは軟体動物になったかのように、デローンと力なくベッドに沈んでいる。


 そしてスピカは腕を組んでお説教中である。
 ヒカリは瞼を閉じないように頑張っているが、本当に指先一つ動かせないようで失った水分をセイリオスが与えている。


「あのね、君たち便秘舐めてるだろ? あれで腸に穴でも空いてたらマジで死んでるからね。腸の中の菌が一斉に体中に回って終わってるよ。コロコロの便が出ててもそれって出てないと同義だから。お腹の動きが悪いって意味だから。わかってるのかな? ほら、ヒカリのお腹みてぺっちゃんこ。空っぽ。お腹が動かないんだから消化もできないし栄養も入って来ないの。何も食べてないのと一緒」

「ごめんなさい」
「すまん」

「謝ってほしいんじゃない。わかってるかどうか聞いてるの」
「わかりました……」


 ヒカリと二人で項垂れていると、スピカが腕を解いた。

「わかったならよろしい。今日は俺がご飯を作っておくからヒカリは体力回復すること。セイリオスはヒカリの看病しておいて」



 ヒカリが「僕は」と言ったところでセイリオスと目が合った。
 何を言おうとしているのかなんとなくわかる。「一人で大丈夫だよ」あたりだろうか。


 すかさずスピカがベッドの端に座ってヒカリの頭を撫でる。何度も撫でた。
 セイリオスもヒカリのお腹をポンポンとリズムよく撫でると、温かくなったのか、いつの間にか瞼が開けられなくなっていき、瞼が完全に下りた。





「じゃあ、ちょっと飯作ってくるから。お前は、マジで、ここで、ヒカリの看病な!」

 スピカの剣幕にセイリオスは思わず頷く。


「さっきの続きはまた今度」

 ヒカリの部屋から出ていくスピカが去り際にそう言った。
 寝息が聞こえてくる。すーすーと規則正しい寝息にセイリオスも息をつく。



 しばらくたってから独り言ちる。




「やっぱり俺一人じゃ無理だな」




 ヒカリに無理をさせるような人間がそばにいていいわけがない。
 どうしても自信がない。
 人を犠牲にして生きている自分に。



 それが何も聞かないという行為に結びついているのもわかっている。
 とてつもなく臆病なのだ。
 自分が積極的に動いた結果、ヒカリが傷ついてしまうということに怯えているのだ。


 馬鹿だと思う。結局嫌われたくはないと思っている自分に。



 どうしようもなく、吐き気がした。

  














 

しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

一人の騎士に群がる飢えた(性的)エルフ達

ミクリ21
BL
エルフ達が一人の騎士に群がってえちえちする話。

処理中です...