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第4章
それ以上でも、それ以下でもない40
しおりを挟む動物型に呼び出されて向かってみたら、扉の向こうからくぐもった苦しそうな息遣いが聞こえる。
扉をノックして、スピカが声をかけた。
「おーい、ヒカリ? どうした。気分悪くなっちゃったか?」
それに返事をしようとして、また吐き気が来たのか中で水の音がする。スピカがドアノブを回すと鍵がかかっていない。
「ヒカリ、開けていいか? ……開けるよ?」
ゆっくり扉を開けると、嘔吐したときの独特のにおいが漂っている。
トイレのなかは人間が三人は入れるほど広くはなく、便器に寄りかかるようにして体を曲げて座り込んでいるヒカリにスピカが手を伸ばす。
「あー、結構出たな。まだ出そうか? 吐けるだけ吐いちゃおう」
背をさすって、ちらりとセイリオスを見る。
上から便器の中を見ればほとんど消化されていない昼と朝の食事が沈んでいた。スピカは体温や脈を計ってこちらを見た。
「セイリオス、いつもの水分補給用の飲料とお風呂熱々にして用意して。トイレとお風呂場の間に捨てていい布とかも敷いておいてくれ。タオルと着替えといつもの軟膏用意してもらっていいか。あと、香り付きの油も」
「わかった」
「ヒカリ、もしかしてお腹すごく痛いか? そうだな。ちょっとマシになったら教えてくれ」
スピカの汚れたシャツを見て、セイリオスは着替えを用意しに行った。
お風呂は動物型が暖めていてくれたので比較的すぐに入れると言えば、少し吐き気が収まったヒカリをすぐにスピカがお風呂へと連れていき、掛け湯をし、ヒカリを湯船につからせる。
「出そうになったら言ってな。すぐに盥用意するから」
浴槽の外から片手で支えながらマッサージしているスピカに、ヒカリも体を預けている。
寒い体があったまっていくのだろう。目を閉じて身をゆだねるヒカリにセイリオスは飲み物を渡す。
が、手が震えているからうまく持てず、セイリオスの手から飲むことになった。
「ちょっとマシになったか? ヒカリ、恐らく内臓の動きが悪くて腸閉塞になりかかっていると思う。さっきの吐しゃ物、朝ごはんがそのまま出てきていただろう。消化がうまくいっていない。痛みも断続的にあるな。よし、ヒカリだしちゃおうか。全部」
「だすって?」
ヒカリが少し眠そうにな顔でスピカに聞き返した。
「嫌って言ってもするよ。そうしないとお腹開かないといけなくなるから。治癒じゃ便秘はどうしようもないからな。詰まってる最初の奴が出たら後は普通に出ると思うから」
「え?」
お風呂場は湯気がもうもうと立ち込めており、少しサウナのようになっている。スピカは目をいつもより開き、固まったヒカリに説明を続けた。
「ここのところコロコロした便とか細い便しか出てなかったんじゃないか? どっかで詰まっているからそういうのしか出ないんだよ。緊急だと掻きだすのが一番だ。無理やり突っ込んで出すと傷付く恐れもあるし、慣れている俺がやる方が手っ取り早い。熱は出てないから大丈夫だと思うけど、腸が破裂したらお腹開かないといけなくなるから、さっさと済ませてしまおう」
スピカは両手を差し出して止まる。
ヒカリはオロオロして、ふとセイリオスを目が合った。
その気持ちはよくわかるよと思いつつ、頷いてみるとヒカリも諦めたかのような顔をして、しかし、次の瞬間にはきりっとした目をして、でも眉が下がって。
「おねがいしま、す」
スピカの手の中に自ら入っていった。
スピカは少し安心した表情でヒカリを抱えたまま立ち上がって、セイリオスから油の入った小瓶を受け取った。
「苦しいな」
「ん、もうちょっとだけ先入れるな」
「カッチカチだなー。無理やりしたら切れるから、ちょっとずつな」
「お、いけそうだ」
なるべく恥ずかしくないようにと、バスローブをかけてヒカリを抱えたスピカが声をかけ続ける。ヒカリは、ん、とか、う、とか声を出すだけで苦しそうだった。
「また、痛くなってきたか? よし、じゃあ、トイレ行ってみようか」
全体力を使い切ったヒカリは軟体動物になったかのように、デローンと力なくベッドに沈んでいる。
そしてスピカは腕を組んでお説教中である。
ヒカリは瞼を閉じないように頑張っているが、本当に指先一つ動かせないようで失った水分をセイリオスが与えている。
「あのね、君たち便秘舐めてるだろ? あれで腸に穴でも空いてたらマジで死んでるからね。腸の中の菌が一斉に体中に回って終わってるよ。コロコロの便が出ててもそれって出てないと同義だから。お腹の動きが悪いって意味だから。わかってるのかな? ほら、ヒカリのお腹みてぺっちゃんこ。空っぽ。お腹が動かないんだから消化もできないし栄養も入って来ないの。何も食べてないのと一緒」
「ごめんなさい」
「すまん」
「謝ってほしいんじゃない。わかってるかどうか聞いてるの」
「わかりました……」
ヒカリと二人で項垂れていると、スピカが腕を解いた。
「わかったならよろしい。今日は俺がご飯を作っておくからヒカリは体力回復すること。セイリオスはヒカリの看病しておいて」
ヒカリが「僕は」と言ったところでセイリオスと目が合った。
何を言おうとしているのかなんとなくわかる。「一人で大丈夫だよ」あたりだろうか。
すかさずスピカがベッドの端に座ってヒカリの頭を撫でる。何度も撫でた。
セイリオスもヒカリのお腹をポンポンとリズムよく撫でると、温かくなったのか、いつの間にか瞼が開けられなくなっていき、瞼が完全に下りた。
「じゃあ、ちょっと飯作ってくるから。お前は、マジで、ここで、ヒカリの看病な!」
スピカの剣幕にセイリオスは思わず頷く。
「さっきの続きはまた今度」
ヒカリの部屋から出ていくスピカが去り際にそう言った。
寝息が聞こえてくる。すーすーと規則正しい寝息にセイリオスも息をつく。
しばらくたってから独り言ちる。
「やっぱり俺一人じゃ無理だな」
ヒカリに無理をさせるような人間がそばにいていいわけがない。
どうしても自信がない。
人を犠牲にして生きている自分に。
それが何も聞かないという行為に結びついているのもわかっている。
とてつもなく臆病なのだ。
自分が積極的に動いた結果、ヒカリが傷ついてしまうということに怯えているのだ。
馬鹿だと思う。結局嫌われたくはないと思っている自分に。
どうしようもなく、吐き気がした。
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