確かに俺は文官だが

パチェル

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第4章

恋とはどんなものなのか、よく知らない4

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 体内の魔力が暴走し尽くして、血塗れのセイリオスは両親に連れられて医者のところへ行き、一命をとりとめた。
 親切な医者は爺様の知り合いだった。




 長い療養の末、家に戻ったころには俺は扱いの困った子どもになっていた。

 一体嫡男を誰にすればいいのと母に言われたが、そんなこと知るかとは言わずにだんまりを決めこんだ。




 そんななか、俺の魔力暴走を公に相談するわけにもいかず、しかし、周囲には嫡男ではなくなったという発表がされた。
 扱いも悪く言えば粗末なものになったが、セイリオスにとってはどうでもよかった。



 以前より兄といる時間が増えると思ったからだ。

 しかし、今度は兄の方が忙しくなった。セイリオスの後釜には兄が座らされることになった。
 裁判官の仕事は停滞するが時期を待つしかないとのことだった。セイリオス以外の親族の中でも仕事をこなすまでになったものはいないからだ。




 そのうち、度々、小さな魔力暴走が起きた。

 魔力の回路がうまく育たなかったからだ。



 医者の話では、元からセイリオスの魔力を持つ器の素質はかなりある方で、その分、魔力暴走の反動も大きいと言われた。



 セイリオスは魔力暴走によく悩まされるようになっていった。
 兄といると治まりやすかったが、両親が兄とは会わせないようにし始めて、兄とは住む家すら違うものにされた。
 それでも時々抜け出して会いに来た兄の顔は元気がなくて心配した。



「お前がいない毎日はつまんないなあ」
「俺も、兄さんがいないと暇だよ」
「だなぁ。爺様ももうちょっと長生きしてくれればよかったものを。孫不幸な爺様だ」
「孫不幸って、聞かれたらげんこつくらわされるよ」
「違いない」

 少しの間の逢瀬は、セイリオスを慰めた。 


 そしてだんだん強くなってくる魔力暴走。
 一際強い魔力暴走が起きた時に精通を迎えた。


 体中が熱くて熱くて気付けば自分のパンツがぐっちゃぐっちゃで、ベッドが壊れていた。
 そりゃあ、一人、離れに住まわせるわなと思ったくらい自分の部屋は酷い有り様だった。



 時に抑えが効かなくなるセイリオスを両親は持て余すようになった。
 魔力を出すためにセイリオスは性欲にも悩まされるようになった。

 これ幸いと色のせいで勝手に相手がやってくるので、相手には困らなかった。その後の人脈というのは主にセイリオスのおかげでもあるのだろうというのが笑えないが。


 どこぞのご婦人ばかりを相手にしていたのだが、たまにどこぞの殿方も御忍びでやって来た。


 幼い子どもが乱暴に出し入れしても気にもしない方々なので、恐らく特殊な性癖をお持ちだったのだと思う。


 両親も規定年齢に満たない子どもに洗礼を受けさせたことを露見させたくはなかったので、そこは慎重だったのだと思う。


 なんせ耐えられないほどの魔力暴走は全身それはもう、頭の中から足の先まで痒くなる。
 熱くて熱くて服なんて着てはいられない。



 そのうち、セイリオスも魔力がたまってきて暴走しそうになるとわかるようになった。






 ある日ついにうちの当主権を明け渡す話し合いが親族の中で話し始められた。

 セイリオスという嫡男候補がいなくなり、領地の経営もうまくいかなくなり、王家からの仕事もこなせない。


 父は借金を抱えるようになっていった。
 その借金が問題だったのだ。
 とてつもない額を違法に借りていたのだ。


 借金をどうするのか。
 借金まみれで仕事もろくにしない。それが一族の大黒柱と思われるのははなはだ信用できないというところだろうか。

 そこで、父は借金をどうにかすることにした。
 何、簡単な話だ。


 色合いが珍しい、それ以外は役立たずな子どもを一人売りはらってしまえばいいわけだ。
 それで兄が育つまではなんとかなると思ったのだろう。



 そもそも、借金の担保にセイリオスの身柄が含まれていたのだから、元からそのつもりがあったのだと思う。




 家が別のセイリオスはそんなこと知らず、今日も一夜の相手、と言っても仮面をしているから一夜の相手と思っているが、多分もう何度も来ているご婦人だろうなというのがわかるくらい冷めた頭で自室の部屋で寝転がっていた。





 窓にこつんと小石がぶつかる。
 窓を開けて下を見ると兄がいるではないか。 


 嬉しくて手を振る。
 声を出すと目立つから見えるように手を大きく降る。



 すると兄さんが下へ降りて来いとジェスチャーで示すので、セイリオスはスルスルと建物のバルコニーから木を伝って地面へと降り立った。


「セイリオス、兄さんとこの家を出よう」
「え、いいの?」
「ああ、もちろんだよ。二人で家を借りよう。ほら、以前、何かあれば隣の国の家を貸してくれるって言ってた爺様のお知り合いがいただろう?」

「あー、いたね。医者みたいで医者じゃないって屁理屈捏ねてた。確かに隣国は難民の受け入れもしていると聞くし。いいかも」


 兄はいつもと変わりない顔で笑う。


「二人一緒に逃げるとまずいと思う。だからセイリオスには悪いんだけど、まずセイリオスが一人で隣国に向かってくれないか? それで両親が狼狽えてセイリオスを探している間に俺も家を出る。セイリオスをおとりにしてしまうみたいで申し訳ないんだけどさ」

 本当に申し訳なさそうな表情に、セイリオスはおかしくなる。


「そんなのどっちもどっちだろ。俺だって兄さんの為に何かできるなら嬉しいんだ」
「そう? じゃあ、朝が開けるまでに町のリーフって言う宿屋を定宿にしているダナブさんっていう商人と落ち合って隣国へ向かって出発してくれ。それで先に家に行って本当に借りれるか確かめておいてくれないか?」
「ああ、わかった」

「それでもし、家を借りれないとなったら大変だろう? その時はこのお金でどこか家を借りて欲しい。ダナブさんはあっちの国に本店があるらしいから尋ねれば教えてくれると思うし」
「オッケー、すっげえいい家探しておく」
「任せた!」


 兄がそう言ってセイリオスに多額の資金を渡してきた。そしてぎゅっと抱きしめる。


「セイリオス、本当にありがとう」
「何言ってるんだよ。それより兄さんも油断するなよ。気を付けてな?」
「うん、うん……、セイリオスに多めに持たせているから、道中の資金にもちゃんと使うんだよ」


 貰った袋の中には大量の金銀銅貨が入っていた。

「こんなにたくさん」
「当たり前だろう。家を探さなくちゃいけないかもしれないんだから」









 二人で住む家。どんな家がいいかな。
 そんなことを考えていたセイリオスは二か月後、隣国へ入る直前に花嫁行列を見た。



 とても豪勢な箱馬車。それが馬によって引かれている。

 ジャラジャラとたくさんの宝石が垂れ下がっていて、非常にゆっくり進む。
 その行列が過ぎるまではセイリオスが載せてもらっている商人の馬車も止まらざるを得なくて、何とはなしに眺めていた。




 同じく止まらざるを得ない人々がそれを眺めながら口々に噂を離す。

「どんな金持ちなんだありゃ」
「あ-、あの家紋は金貸し家業のお忙しいニルブの家だろう」
「どうやら強欲爺さんの後妻らしい。まだ成人前だと聞いたぞ、俺は」
「それって法的にどうなんだ」
「ギャラガはそこらへん緩いから。むしろ処女性が高まっていいだとか。にしてもあの爺さんは嫁の扱いがひどいと聞く。前の第二夫人と第三夫人はそろいもそろって腹上死と聞いたよ」
「俺が聞いたのは、何でもやばい薬を使っているせいだとか」



 自分の国の悪口を言われてもそうだなとしか思わないので、フーンくらいに聞いていた。



「本当は次男が行く予定だったのを長男が行くことになったとか」
「おうおう、嫡男がかよ?」
「次男が出奔したとかなんとかうわさでは聞いたけど、あの家ももう終わりでしょう。跡取りが両方いなくなったんだから」
「前のご当主は立派な方だったのにな。今は罪を裁くどころか、未成年の子どもを売るような家になっちまって。お先真っ暗だな」
「今のご当主が異能を受け継いでいなかったらしいじゃないか。王家にも見放されたんじゃないか」





 セイリオスは待ちぼうけを食らっていた馬車の群れから飛び降りて、人込みを押しのけて押しのけて。あの豪奢な箱を追いかける。







 いつの間にか口から声が出ていた。




「まって、まって、まってよ!」












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