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第4章
恋とはどんなものなのか、よく知らない23
しおりを挟むこめかみを押さえたまま、うずくまるように苦しむヒカリに声をかけ続けた。
ヒカリが「ごはん」と最後に呟いて、恐らく再び眠ったのだろうと思われた。
スピカが診察して、フッと息を吐いた。
「大丈夫。落ち着いた」
それを聞いてセイリオスも体から力を抜く。
ヒカリが頑張って伝えようとした内容はわかる。だけど、決定的な言葉が言えなかったのだろう。泣き笑いのような顔で頭を押さえて、きっと伝えようとした。
聞きたいとセイリオスは思った。さっきの続きをヒカリの言葉で。
臆病な自分が引っ込んだ。
こんな俺のところへ、這い蹲ってでも手を差し伸べようとして、臆病で突き放すようなことをしたのに笑いかけてくるヒカリが心配になる。
でもそれだけじゃない。どうなってでもそばにいたいと笑いかけるヒカリをどうしようもなく。
抱きしめたいと思った。
どうしようもなくその幸せを祈ってしまった。
できれば傍でずっとその幸せを支えたいと思った。彼が幸せなら何もいらないのだと、伝えたかった。
もしかしたら傍にいられるのはそんなにないのかもしれない。もしかしたらずっといられるのかもしれない。
辛く険しい道なのかもしれない。
今まで以上に?
そんなことにはさせない。
だって俺だって抱きしめあいたい。だからその荷物を全部掻っ攫う位の気概でいる。
だてにヒカリより生きていないし、だてに鍛えてきたわけじゃない。
兄が帰ってきたときに何でもできるようにと色々してきたけど、他に役立っても別にいいだろう。
兄さんなら「ようやく言ったな、セイリオス」くらい言って笑ってくれると思う。
スピカがケーティを呼びに行って戻って来た。
「セイリオス君、ちゃんと話せてよかったね。うんうん、かなりいい兆候だよ。呪術って病気と似ているところあるから、スピカ君もわかると思うけどね。じゃあ、始めようか?」
まずは術式を練り上げるところからになる。
「こっちの出来損ないの術式は僕の方で反転式を作っておいたから。スピカ君はそれを練る練習してもらっていていい? で、セイリオス君にはこっちの印みたいになっているほうを考えて欲しいんだ」
「俺が?」
ケーティがさも当たり前のように言うので、少し驚いてセイリオスが聞き返せば逆にケーティが驚いた顔をした。
セイリオスとしてはいつか書けるようになればいいという意味合いで「スピカ君は体内に刻印のような異物がないか読み取る。どっかに潜り込んでると思うんだよね。でさー、セイリオス君にはスピカ君が読み取った呪術の文字を読み解いてもらえばいいと思うんだよね。できればそれに対する、破壊の呪術の回路、も書けるようになったら嬉しいんだけど」の嬉しいを取っていたのだけれど。どうやら違ったみたいだ。
「そうだよ? 家に帰って資料を探したんだけどね?」
ケーティは家に帰って、すぐにその術式の紋様を探し始めた。心当たりがあったのでそこらあたりの魔術書を片っ端からめくっていった。
そうするとやはり例の印に似た紋様を見つけた。
「古代魔術に関する術式っていうものなんだけど」
つまり、今現在ほとんど使われていない術式である。使われているものの多くはアンティークの道具や建物などで人体に使われていない。例外はあるが。
「使われていないって言っても、使えないが正しい表現だけど」
ケーティはこれ、持ち出し禁止なんだけどねとその書物を机に広げて見せた。それには今まで使われたであろう実例が載っており、それを分析した各所見、推察が載っていた。
それらはすべて手書きで。
「これ、多分うちの家にしかない奴だから丁寧にめくってね。うーんとさ、ほらあれ、最近タウくんがよく行く定食屋さんでさ。毎日継ぎ足しで作るたれがおいしいってやつ。あれと同じ感じで現在進行形で作っているやつだから、持って出たのばれたら怒られるから」
それは怒られるどころではないのではないのかと、紋様を作る練習をしていたスピカの額から汗がたらりと流れるがセイリオスはそれをじっと見て、その発言は気にも留めていない。
その書物によく出てくるワードがいくつかあり、それらは「失われた言葉」とある。
「つまりね、今ある術式はその失われた言葉をうちが独自に分析して使っているの。すごく強力なんだってその言葉は。一説には精霊の言葉、もしくは神の国の言語と言われているの。その模様一つに意味がすごく込められているんだよ。だから強力にできる。で、不思議なのがさ。この言葉、二人とも知っているよね? じゃないと初見であれだけきれいに再現できるわけない。どうして、うちが国から委託されている業務の秘《・》匿情報を君たちが知っているのかな?」
ケーティは顎に人差し指を付け、首をかしげて聞いてくる。いつもと変わらない様子だが、眼が笑っていない。
確かに俺たちはその文字を知っている。だが、それを言ってもいいものか。スピカが戸惑う中、さらさらと流れる髪が止まりきったところでセイリオスが口を開いた。
「簡単な話です。俺はそれを術式としてではなく、言語として知っているだけです。これが術式に使えるのも知りませんでした。ちょっと席を外します」
セイリオスは廊下に行き、人型を呼びある物を持って来させた。
いつもは働く人形に興味津々なケーティがそれに見向きもせず、ずっとセイリオスを注視している。
やがて人型が持ってきたのはヒカリが地下から持ってきた一冊の本。
日本語の辞書だ。
それを細めた目で見て、見せてもらってもいいかなとケーティが手を出す。セイリオスはそれを渡し、椅子に腰かけた。
「これをどこで?」
「この家の地下室です。一度だけ開いたときに中に入り、中の本棚からその人型が取ってきました。条件があるのか、それ以降は開いたことはないのですが」
「なるほど、不変の賢者の家なら、失われた古代文字くらいあっても不思議ではないか」
そうしていくつかページをめくりパタンと閉じた。
「あっても不思議ではない、けれど。それを瞬時に使えるほど扱えているのはどうしてかな?」
「それは学術的興味です」
「うん、セイリオス君の場合はそれでもいいけど、スピカ君の方はどう言い訳する?」
「がくじゅつて」
「医療に全く関係ないのに? 彼が手を出すはずないでしょう? もうちょっとマシな言い訳考えないと。やっぱり睡眠って重要だね」
そして両手を合わせてにっこりと微笑んだ。
「ことと次第によっちゃあ、それなりの対応を取らないといけないのだけれど、ねえねえ、スピカ君はリギル・ヴィルギニス君には何も言われていないの? お父さんにヒノくんのことなんて言っているの? ご家族には紹介していないの? リギルくんなら紹介してとか言ってきそうだけど」
突然父親の名前を出されて、文字が大きくゆがんでしまいその勢いのまま答えた。
「は? え、特に」
「本当に?」
何故かソファの上に座っているスピカの横に座りにじり寄って来た。指先でつんつんと突いてくる。
父親の名前が何故そこで出てくるのかわからず、つんつんされる理由もわからず、やめてくださいとつんつんしてくる指を阻止する。
「リギル・ヴィルギニス君に限ってないとは思うけれど。知っていて黙っているんなら不味いと思うんだけれど」
仕方なくスピカは最近まで父親とは交流を全く持っておらず、この家にも招いたことがないこと。最近ようやく交流を始めたこと。父親にはこの家の諸事情はほとんど話していないことを告げた。
「うん、それは知ってるんだけどね。じゃあ、リギルくんから最近連絡はなかった?」
「……、あ、そう言えば」
そう言えばヒカリ家出前に話したいことがあるという連絡があって、会う約束をすっぽかした記憶がよみがえる。緊急ならまた連絡が来るだろうと思ってそのままだった。
ふと鞄の中にしまい込んでいた魔紙を見てみると。
「おー……、連絡来てたみたいです」
内容は至急確認したいことあり、不必要な外出は三人とも避ける事、準備出来次第そちらに向かう。とある。
それを勝手に見てケーティが頷く。
「よかった。リギル・ヴィルギニス君は知らなかったんだね。謀反の疑いありかと思うとこだったよ」
なんて物騒な言葉とともに。
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