確かに俺は文官だが

パチェル

文字の大きさ
383 / 424
第4章

恋とはどんなものなのか、よく知らない23

しおりを挟む





 こめかみを押さえたまま、うずくまるように苦しむヒカリに声をかけ続けた。
 ヒカリが「ごはん」と最後に呟いて、恐らく再び眠ったのだろうと思われた。



 スピカが診察して、フッと息を吐いた。

「大丈夫。落ち着いた」

 それを聞いてセイリオスも体から力を抜く。

 ヒカリが頑張って伝えようとした内容はわかる。だけど、決定的な言葉が言えなかったのだろう。泣き笑いのような顔で頭を押さえて、きっと伝えようとした。


 聞きたいとセイリオスは思った。さっきの続きをヒカリの言葉で。


 臆病な自分が引っ込んだ。



 こんな俺のところへ、這い蹲ってでも手を差し伸べようとして、臆病で突き放すようなことをしたのに笑いかけてくるヒカリが心配になる。
 でもそれだけじゃない。どうなってでもそばにいたいと笑いかけるヒカリをどうしようもなく。


 抱きしめたいと思った。
 どうしようもなくその幸せを祈ってしまった。

 できれば傍でずっとその幸せを支えたいと思った。彼が幸せなら何もいらないのだと、伝えたかった。
 もしかしたら傍にいられるのはそんなにないのかもしれない。もしかしたらずっといられるのかもしれない。


 辛く険しい道なのかもしれない。
 今まで以上に?


 そんなことにはさせない。
 だって俺だって抱きしめあいたい。だからその荷物を全部掻っ攫う位の気概でいる。


 だてにヒカリより生きていないし、だてに鍛えてきたわけじゃない。
 兄が帰ってきたときに何でもできるようにと色々してきたけど、他に役立っても別にいいだろう。


 兄さんなら「ようやく言ったな、セイリオス」くらい言って笑ってくれると思う。





 スピカがケーティを呼びに行って戻って来た。

「セイリオス君、ちゃんと話せてよかったね。うんうん、かなりいい兆候だよ。呪術って病気と似ているところあるから、スピカ君もわかると思うけどね。じゃあ、始めようか?」




 まずは術式を練り上げるところからになる。

「こっちの出来損ないの術式は僕の方で反転式を作っておいたから。スピカ君はそれを練る練習してもらっていていい? で、セイリオス君にはこっちの印みたいになっているほうを考えて欲しいんだ」
「俺が?」

 ケーティがさも当たり前のように言うので、少し驚いてセイリオスが聞き返せば逆にケーティが驚いた顔をした。
 セイリオスとしてはいつか書けるようになればいいという意味合いで「スピカ君は体内に刻印のような異物がないか読み取る。どっかに潜り込んでると思うんだよね。でさー、セイリオス君にはスピカ君が読み取った呪術の文字を読み解いてもらえばいいと思うんだよね。できればそれに対する、破壊の呪術の回路、も書けるようになったら嬉しいんだけど」の嬉しいを取っていたのだけれど。どうやら違ったみたいだ。



「そうだよ? 家に帰って資料を探したんだけどね?」

 ケーティは家に帰って、すぐにその術式の紋様を探し始めた。心当たりがあったのでそこらあたりの魔術書を片っ端からめくっていった。

 そうするとやはり例の印に似た紋様を見つけた。


「古代魔術に関する術式っていうものなんだけど」

 つまり、今現在ほとんど使われていない術式である。使われているものの多くはアンティークの道具や建物などで人体に使われていない。例外はあるが。

「使われていないって言っても、使えないが正しい表現だけど」

 ケーティはこれ、持ち出し禁止なんだけどねとその書物を机に広げて見せた。それには今まで使われたであろう実例が載っており、それを分析した各所見、推察が載っていた。
 それらはすべて手書きで。

「これ、多分うちの家にしかない奴だから丁寧にめくってね。うーんとさ、ほらあれ、最近タウくんがよく行く定食屋さんでさ。毎日継ぎ足しで作るたれがおいしいってやつ。あれと同じ感じで現在進行形で作っているやつだから、持って出たのばれたら怒られるから」


 それは怒られるどころではないのではないのかと、紋様を作る練習をしていたスピカの額から汗がたらりと流れるがセイリオスはそれをじっと見て、その発言は気にも留めていない。


 その書物によく出てくるワードがいくつかあり、それらは「失われた言葉」とある。

「つまりね、今ある術式はその失われた言葉をうちが独自に分析して使っているの。すごく強力なんだってその言葉は。一説には精霊の言葉、もしくは神の国の言語と言われているの。その模様一つに意味がすごく込められているんだよ。だから強力にできる。で、不思議なのがさ。この言葉、二人とも知っているよね? じゃないと初見であれだけきれいに再現できるわけない。どうして、うちが秘《・》?」



 ケーティは顎に人差し指を付け、首をかしげて聞いてくる。いつもと変わらない様子だが、眼が笑っていない。
 確かに俺たちはその文字を知っている。だが、それを言ってもいいものか。スピカが戸惑う中、さらさらと流れる髪が止まりきったところでセイリオスが口を開いた。


「簡単な話です。俺はそれを術式としてではなく、言語として知っているだけです。これが術式に使えるのも知りませんでした。ちょっと席を外します」

 セイリオスは廊下に行き、人型を呼びある物を持って来させた。


 いつもは働く人形に興味津々なケーティがそれに見向きもせず、ずっとセイリオスを注視している。
 やがて人型が持ってきたのはヒカリが地下から持ってきた一冊の本。


 日本語の辞書だ。


 それを細めた目で見て、見せてもらってもいいかなとケーティが手を出す。セイリオスはそれを渡し、椅子に腰かけた。

「これをどこで?」
「この家の地下室です。一度だけ開いたときに中に入り、中の本棚からその人型が取ってきました。条件があるのか、それ以降は開いたことはないのですが」
「なるほど、不変の賢者の家なら、失われた古代文字くらいあっても不思議ではないか」


 そうしていくつかページをめくりパタンと閉じた。

「あっても不思議ではない、けれど。それを瞬時に使えるほど扱えているのはどうしてかな?」
「それは学術的興味です」

「うん、セイリオス君の場合はそれでもいいけど、スピカ君の方はどう言い訳する?」
「がくじゅつて」
「医療に全く関係ないのに? 彼が手を出すはずないでしょう? もうちょっとマシな言い訳考えないと。やっぱり睡眠って重要だね」



 そして両手を合わせてにっこりと微笑んだ。


「ことと次第によっちゃあ、それなりの対応を取らないといけないのだけれど、ねえねえ、スピカ君はリギル・ヴィルギニス君には何も言われていないの? お父さんにヒノくんのことなんて言っているの? ご家族には紹介していないの? リギルくんなら紹介してとか言ってきそうだけど」

 突然父親の名前を出されて、文字が大きくゆがんでしまいその勢いのまま答えた。


「は? え、特に」
「本当に?」


 何故かソファの上に座っているスピカの横に座りにじり寄って来た。指先でつんつんと突いてくる。
 父親の名前が何故そこで出てくるのかわからず、つんつんされる理由もわからず、やめてくださいとつんつんしてくる指を阻止する。


「リギル・ヴィルギニス君に限ってないとは思うけれど。知っていて黙っているんなら不味いと思うんだけれど」

 仕方なくスピカは最近まで父親とは交流を全く持っておらず、この家にも招いたことがないこと。最近ようやく交流を始めたこと。父親にはこの家の諸事情はほとんど話していないことを告げた。

「うん、それは知ってるんだけどね。じゃあ、リギルくんから最近連絡はなかった?」



「……、あ、そう言えば」


 そう言えばヒカリ家出前に話したいことがあるという連絡があって、会う約束をすっぽかした記憶がよみがえる。緊急ならまた連絡が来るだろうと思ってそのままだった。



 ふと鞄の中にしまい込んでいた魔紙を見てみると。


「おー……、連絡来てたみたいです」


 内容は至急確認したいことあり、不必要な外出は三人とも避ける事、準備出来次第そちらに向かう。とある。
 それを勝手に見てケーティが頷く。


「よかった。リギル・ヴィルギニス君は知らなかったんだね。謀反の疑いありかと思うとこだったよ」




 なんて物騒な言葉とともに。








しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...