確かに俺は文官だが

パチェル

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第4章

ただ、それだけの事。

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 ゆっくりと目を開けた。


 濡れて、水が深緑の髪の毛先からぽたぽた落ちて、らしくない彼の後頭部が見える。
 その傍に頭の後ろをがりがりして、多分ちゃんとタオルで拭けよと注意する白衣をまとった赤髪の後ろ姿が見える。


 二人とも電気もつけずに外の明かりの中、僕に背を向けていた。もう朝が来たから朝日が照らす二人の瞬きする目が見たいと思って声をかけた。



『好き』



 思っていた言葉と違う言葉がポロリと出たけど。



 驚いたような瞳と目が合って、瞬きしない。

 言える時に言っておかないと。


 そう思ったからすぐに言った。





「ねえ、すき。だいすき。あいしてる」














 解呪ができて、することがなくなった二人は何とはなしにヒカリを眺めていた。
 あと数日は起きないかもしれないとケーティから聞いていたのでヒカリに水分と栄養を与えて、体を濡れた布で拭って。

 セイリオスはヒカリの手を握って傍にいたのだが、そろそろ朝が来るかという頃になってヒカリの頭を撫でていたスピカが、風呂に入って呪術をしっかり落としてこいと浄化剤を渡してきた。

「その体をヒカリが見たら、あんまりいい気分はしないと思う。さっさと落としてこい」



 なんとなく気が急いて体中の呪術を落とし切って、急いで部屋に戻るとスピカに目ざとく注意される。
 小声で水が落ちてんじゃねえか。床が傷むだろう。ていうかその水ヒカリに一滴でも落としたらみたいな小言をぐちぐち言ってきて。


 ちゅんちゅんとクイ鳥型の鳴き声がやたら大きく聞こえた。


 でも、そのなかで聞こえた言葉に後ろを二人で振り返る。



 朝日がヒカリの頬を照らしたら、ヒカリがゆっくりと瞬きをする。
 そして、目が合った途端、かすれた声で言うのだ。



「愛している」と、何度も。



 二人に会うためにここに来たと思う。辛い事を乗り越えてきてよかったって思う。
 名前を呼んで、名前を呼びたい。
 僕の全部で愛したい。



 僕以外を見ないで、僕は二人しか見ないからってわがままいってもいい?

 ずるいっておもうけど、あやまらない。だってすきだから。だって、二人がいないとぼく。

 言葉が止まらないのか、いつもより滑舌も怪しくて。何かに焦るように言い募る。


 そうして顔を隠してしまった。


「もう、どうしようも、ないの。あいが、あふれて、も、なくならないの。ふたりをすきなのを、ゆるして。おねがい、僕の全部であいするから、僕の隣にいて?」


 セイリオスは顔を隠すヒカリの腕に手をそっと添える。


「ヒカリ、喉乾いたか? 水用意してるぞ」

 そっと、背中とベッドの間に手を入れてちゃんと起き上がらせるとスピカが水を差しだす。二人でヒカリの隣に腰かけた。
 赤い顔のまま、促されてコクリコクリと水を飲んで、よく見ればその手が震えていて。




 セイリオスは笑った。


「今度こそ、俺から言おうと思ったのに。格好つかないな」


 ヒカリが不思議そうな顔で首をかしげる。



 セイリオスがコップを受け取って、ヒカリを見たまま、コップを机の上に戻した。
 目が合ったままなのがうれしくて思わず、ふひっと笑ってしまう。


 セイリオスも笑ってくれる。ヒカリの手に手を重ねた。


「俺はヒカリの隣にいれるのなら、どんな形でも構わない。たとえ隣にいれなくなっても、その心の中に一緒に住まわせてくれたら嬉しい。ヒカリのどんな気持ちでも感じていたい。俺は君をそのまま、全て愛している。臆病な俺の一世一代の愛の告白だったんだ。俺から言いたかったんだけど、ヒカリに先を越されてしまったな」



 ヒカリの手を取って自分の胸の上に置く。

「聞こえるか? 俺の音。俺の愛もあふれてこぼれてる。たくさん伝えたいけど、うまく言葉にできなくて、伝えきれない。言葉に尽くせない。きっと、ヒカリが思っているよりたくさん好きがあふれてるよ、俺。わかるか? 伝えきれなくて苦しいくらいなんだ。なあ、だから」


 だから?


 ヒカリの瞳が、近づくセイリオスを写している。すっごく真剣な顔でかっこいいなんて思って油断していた。




「キスしてもいいか?」




 ほんのり赤い顔が真っ赤になった。それも愛おしくておでことおでこをくっつけてもう一度、セイリオスは聞く。


 キス、したいんだ。
 ヒカリとはいつキスしてもいい仲になりたいんだ。

 朝起きたら、隣で寝ている君にキスをしたい。
 喧嘩をしていてもキスをしたい。
 悲しくて辛いときにキスして傍にいたい。
 嬉しいことがあるときに、一番にキスをしたい。


 君の毎日にキスを贈りたい。



 それでいいんなら許可してくれ。
 ヒカリがいない人生なんか考えられなくなったのに、君を傷つけた。君を失うことを恐れて間違ってしまう哀れで、言葉足らずだった臆病な俺に。


「なあ、ダメか?」


 吐息と吐息が触れ合う距離で、真っ赤なヒカリが瞳を潤ませていいよと言った。
 いいよ一択しかないのに、尋ねるセイリオスに震える声で伝えた。

 誠実でちょっとずるい所も好きだから。それは言わないけれど。
 たぶんこれが世にいう小悪魔という奴なんだとヒカリは思ったし、言っていたらスピカにそれは違うんじゃないかと言われていたから、ヒカリの認識はちょっとおかしいままだったが。



 だから、セイリオスは口付けた。



 ヒカリは僕はいつ、キスしたいって伝えたっけと思ったけれど、セイリオスから触れられた温度は自分から触れられた温度とはまた違う気がして、ドキドキが最高潮になった。



 ただの唇と唇が触れただけの、ただそれだけの事。
 もっとすごいことをたくさんしたけれど、こんなに胸が暴れているのに嬉しいなんて知らなかった。

 時間にしたら本当にあっという間。ヒカリの人生のほんの一瞬。
 でも、多分ずっと忘れないだろうなと思う。ヒカリがこの世からいなくなってもこの想いだけはどっかでふよふよ浮かんで、お花でも咲かせるんじゃないかと思うくらい、忘れない。



 セイリオスが離れて、見つめ合ったままヒカリはもう一度伝える。

『好き』
『俺も好きだ』
『おれは、ダイスキ』

 ヒカリの隣から聞こえた声にセイリオスがちょっと笑ったが、ヒカリは気付かずに声の主を見上げる。
 ちょっと怒ってる?

『おれの、ほうがさきに、こくはく、したの、に。セイリオスはずるい。おれだって、好き、だいすき。あいしてる』

 やっぱり頭をガシガシして、ああそうじゃなくってとちょっと拗ねたような顔で。
 珍しいその表情にヒカリは見惚れた。

『ヒカリ、おれだってヒカリのぜんぶをあいしている。できるならその、しんぞうにきす、したい。こころ? がみえるの、ならおれが一番さきに、きすを贈るよ。きっと。きみの、えらんだすべても、かこも、いまも、みらいも。そのひとつひとつ、の傷だって。おれのあいで、いやしてなおしたい。それくらいすき、たぶん、いや、ぜったい』

 たどたどしい日本語がスピカの口からこぼれるのが愛おしくて仕方がなくて、ヒカリは溢れる思いのままスピカの首に腕を回した。
 素敵なそのもえる瞳を見上げて、笑顔のまんま口付けてしまった。

 一回すぐに唇を離してスピカを見るとすごく驚いていて。

 だから、キスっぽくなかったかと、二回目はちゃんとチュウの形でキスをした。


「あ、ごめん。はなしのとちゅう、へへ、すきってむずかしいね」
「あうっ、俺の恋人が可愛すぎて前途多難」


 とベッドに体を半分に折って沈むスピカに、さらに笑うセイリオス。

「ほんとだ。ぼくの、……ふへへっ、……こいびと? かわいすぎて、ぜんとたなん! ね?」
「それって俺も含む話か?」
「キスされて勃起してりゃ、そうだろう」

 ベッドに沈みながらちゃっかり言い返すスピカに、セイリオスがそれ持ち出すと何にも言えないなと納得している。




 恋人になったけど、変わらない関係で。
 でも確実に変わったこともあって、それが嬉しくってヒカリはもう一度、聞いてみた。


「ねえ? あのね、もっかい、してもいい?」

 勢いよく起き上がったスピカとヒカリを覗き込んできたセイリオスが同時に言う。

「もちろん」






 その後、どっちと先にするかで、また、言い合いになり、その話し合いは決着がつかず、ヒカリのお腹の虫がないたので、二回目はお預けになったのだった。






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