確かに俺は文官だが

パチェル

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第5章

前途多難なことが多すぎるが、それでもやるつもりです9

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「で、こちらがリゲルさん、あなたがヒカリに帰還できないと宣告した日からのスピカによるカルテです。夜になればうなされています。こちらがヒカリが俺たちのもとに来た日からの詳細なデータです」



 リゲルは示された幾つかのデータを見てみると、なるほどと言わざるを得ない。彼はどうやら表にはあまり出さない抑圧するタイプらしく、見えないところで症状が悪化する患者のようだった。


「リゲルさんあなたならこのようにうなされる、悪夢を見る、暴れてしまうなどの症状が出た患者にはどのように対処するでしょうか?」
「そうだな。鎮静剤を使用したいが、それも長期間は使用するのは厳しいだろう。暴れるのなら拘束するのも一つの手段だが、それはあくまで体を傷つけないためのものだから症状が良くなることはないだろう。夢見の術を使用してもいいが、そう頻繁に掛けるものでもないしな。あとはそうだな……」

 リゲルは悪夢を見る時、うなされる時、眠れないときに使用する処方箋を幾つか思いだしため息をついた。

「そうだな、私が出せる処方箋はないな。出すとしても気休め程度しか」
「そうです。ヒカリの体は今も多くの薬を受け付けません。使用に耐えうるかもしれませんが、良くなってきている状況で使用した場合、揺り戻しも大きいかと思います。また、さまざまな薬の長期使用によるリスクも考えられます」
「体が過剰反応して攻撃するということだな」
「はい、だからうちではこのような対処を取っています。現に昨夜のヒカリは抱きかかえられていないとうまく眠れませんでした。これはこの家に居住しているものしか恐らく無理でしょう。ヒカリが許可していただければその他の人で試してみてもいいのですが、こちらのページをご覧ください」


 そこには、ヒカリのパーソナルスペースの記録が載っている。あくまでセイリオスとスピカや警吏の面々から集めた意見で、実際に測ったものではない。


「ヒカリは私たちがいるところでは、簡単に人に近づいていきますが、自分からは余り近づきません。それでも私よりは恐らく狭い方ですが、絶対に近寄らせない距離があります。因みにヒカリ、これくらいの距離に知らない人が来たらどうだ? 想像してみてくれ」

 突然セイリオスが一人でソファに座っているヒカリの隣にしゃがみこんで、人一人もない隙間に近づいてきた。
 ヒカリは想像してみてと言われて、目をつむって考えてみる。


 ぞわりと鳥肌が立った。



「ちょときもちわるい?」
「ということで、恐らく気を許した相手でもヒカリの心への対処はかなり難しいと思います。それこそ家族と思っているような人間にしか触れられたくはないのだろうと。つまりここで私たちがヒカリから離れることは得策ではありません。実際に少し距離ができた時の隙間を、この間は狙われたと私は思っています。では次に住居を移すかどうかという話ですが」
「そうだな。それにも何か案があるのか」


 にっこり笑ったセイリオスは庭を指さす。
 今日は居間の方で話し合いをしていたのだが、ヒカリも庭がどうかしたのだろうかと視線を向ける。



 そこにはダーナーとカシオの二人と、働く人形が三体もいる。



 動物型は地面にうつ伏せに寝転がっているが、人型と丸いのは立ったままこちらに手を振っている。
 ヒカリが手を振り返す。


 立っているダーナーは素手、カシオは長剣を持っていて警吏の服を着ている。あれは戦闘用に訓練で着ていたなとヒカリは思った。そして目があったダーナーがじっと見てくる。
 ああ、これはいつも練習を見させてもらう前にやるやつだなと思ったときだった。




 ダーナーが突然、動物型に大きく脚をあげて上から下へと踵をかなりの勢いで振り落とした。
 ヒカリは突然のことに、ひゃっと大きい声を出す。

 だが、動物型はひらりと飛び上がってダーナーの脛の上を蹴ってものすごい跳躍力で飛んだのだろう。見えなくなって少ししたら着地した。ダーナーの頭の上に。

 それに向かってカシオが剣をふるうと、丸いのの腕が伸びてきて長剣をキャッチしてバキリと根元から折って、器用に丸く丸めてしまう。


 ダーナーが次に拳をふるったのは人型。
 人型は一手目と二手目は避けたものの三手目の下からの拳を片手で受け流し、その流れで一度ジャンプして、窓の前ギリギリまで飛んできてウィンクしている。


 そして指さしたほうを見れば丸いのが腕の先の形を変形させていた。

 筒状になった手から思い切り勢いのある水を出してダーナーの動きを封じている。

 しかしそれをカシオが凍らせると、たちまち腕が使えなくなった。それを見越してダーナーが一瞬のうちに距離を詰めて炎をまとった拳で殴り掛かる。
 が、それは上から急降下してきたクイ鳥型の風によって消され、ただの拳となったダーナーの腕が丸いのの顔に当たると、丸いのの頭は高速でぐるぐる回り。なおかつ目から光線を出してダーナーの目を潰した。



 ぐえー、目があ! と言っているダーナーにクイ鳥型によって高所から勢いをつけた動物型が両手をわきの下に入れてなるべく体を細長くして、弾丸のように落ちてきている。どうやら頭突きを落とそうとしているのだろう。


 しかし落ちてきた動物型にくるくるとどこからか伸びてきた紐のようなものが巻き付き、動物型は引っ張られ勢いを殺され横に転がされてしまった。

 人型がいつの間にか取り出した鞭のようなものを使ったようだった。


「おいっ、お前! これは訓練だって言っただろうが! 人の頭かち割るつもりかよ。ひでーなー!」
「もし、これで動物型の頭は割れないのですか。ほう、なるほど。人の頭くらいなら大丈夫なんですね。では、この剣を折ったのも同じような理由でしょうか、手を見せていただいても?」




 後ろでやいのやいのと言いまくっている中、人型だけがきれいにお辞儀をして、顔をあげてまたもやウィンク。口だけでお気に召しましたでしょうか? と聞いてくる。


 動物型はまたもや地面にうつ伏せで大の字で寝転んでいる。何か気に入らないことがあるとああやってしっぽまでぐでんとだらけさせるのだが、ヒカリは気付かずに立ち上がって拍手する。

『え、すっご、かっけー! え、見えなかったんだけどっ。はっや! めっちゃ速い、それにあんなに高くジャンプできるなんて! え、すご、みえない。え! かっこいいー!』

 もう片手をあげて軽くジャンプを繰り返して日本語で褒め称えてしまう。


 褒められ始めた途端、動物型が立ち上がり窓に張り付いてヒカリを見ている。しっぽがぶんぶんである。
 その横でセイリオスが書類の束の違うページを開く。リゲルはヒカリの興奮の方にしばし戸惑っていたが、すぐにセイリオスの示した部分を見た。


「この住居、以前は家の中を監視できる映像装置があったのですが、今回返却されたので再び設置できる運びとなりました。また、この家自体も第5の働く人形たちと同じ部類に入るらしく、異変があるとアラームが鳴ります」


 セイリオスが出した石板を覗き込むと全身に布をまとい覆面した人物が、ヒカリの部屋の窓を開けて侵入する。すると、突然部屋に変な音が鳴り響いた。と同時に石板からも振動音がする。
 因みに以前タウが聞いた音とは種類が違うものだ。ジリリリリリというものである。


 侵入者が降り立ち刃物を取り出すと、部屋の音が変わる。ジリリリリリという音に重なってグワングワンという2種類の音が重なり合って鳴り始めた。


「ちなみにこれは働く人形たちにも連動しているので異変がある場所へ一目散へ向かいます」


 音が鳴り始めた瞬間から動物型が一目散にクイ鳥型によって空を飛びヒカリの部屋に向かった。クイ鳥型が動物型をぶん投げると、器用に丸まってクルクル飛んでそのまま開いていた窓から動物型がスピードに乗って入って来た。その勢いのまま背中からキックをくらわし、地べたに這いつくばった侵入者を拘束する。クイ鳥型も入ってきて足を拘束する。



 覆面をはがして見て見るとそれはスピカで。

「降参降参! まいりました! 早く拘束して。じゃないとこれ鳴りやまないんでしょ?」
「けっ」


 石板から目が離せないのだろうリギルは物珍しいのを見ているのか、息子が大丈夫で心配しているのかわからないがセイリオスは続けた。



「ちなみにこの技術は不変の賢者から預かっているだけのものなので、どこかへ売る、引き渡すことはできませんのでご了承ください。働く人形と家はお互いに意思の疎通、視界の共有などもできます。庭の周りも同様ですので、不審者は入り込めませんし、入ってもすぐにわかります。盗聴器なども私がいるのでそれなりに対応できます。王城と同じくこちらも歴史ある建造物なので他にも何かあるかもしれませんが」



 因みに働く人形たちを戦闘モード搭載にするのは、セイリオスが最近コツコツやって来た趣味のうちの一つでようやく実現できたものだ。
 スピカがいなくなって、途端に防犯が気になりだしたのだから仕方がない。


 現実逃避も兼ねていたのかもしれないが。



 戦闘モードは自動的に学ぶとのことで、今はダーナーとカシオ、スピカとセイリオスのものを学んでいる。
 今までにも学んだものがあるらしいので戦闘の基本はできている。声を出さずとも働く人形たちで連携も取れる。


「十分な護衛とちょっとした防塞になります。数で来られたら敵わないかもしれませんが、そもそもそんな集団が来たら気付かないはずがないのでそれはそちらで対処してもらえばいいかと思います」
……。そうだね。以前私が見た限り機密性の高い建物だとは思ったが、攻めの方もできるのか」


 リギルは二階から降りてきた息子を見て、しっかり動物型によって拘束されているのを眺める。いつの間にか丸いのが入ってきてスピカの体を横抱きで抱え上げている。

 戦闘のことは人体について学ぶ上でそれなりには理解しているが、働く人形たちは人体ではない。

 見ただけではわからない体の構造があるのだろう。何で動いているのか見て見ると「日光」と書いてある。緊急エネルギー措置として「魔石」とあるのだから太陽さえあれば動くということだろう。


「それと彼らには呪術による洗脳ができません。動物型、ちょっと見せてもらっていいか?」


 そう声をかけるとスピカをポイッと放ってヒカリのすぐそばに来て、ヒカリに向かって腹部を開けてお腹を見せる。
 ヒカリが笑って僕にじゃないよとついでにビローンと出てきた腹部のものを丁寧に締まってから、体を回転させてリギルの方へと見せた。








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