確かに俺は文官だが

パチェル

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第5章

前途多難なことが多すぎるが、それでもやるつもりです24

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「タウさん、どこに行くの?」
「んーそろそろつくよ」


 一人の少年と、ひょろっとした男が手をつないで道を歩く。

 先ほどまではそれなりに話していたのに、どうしたことか口数も少ない。
 それもそうだろう。


 時は夕暮れ。
 ここは王都の中にある森の一つ。北の森だ。
 昼間に来ればまだ明るいが、日が落ちてくると途端に暗闇となる。

 なにがしかの獣の声と、湿ったような空気。

 慣れていないものからしたら方角すらわからない。
 歩く道はやがて獣道となり、人が通らないから生い茂る草花が行き先を邪魔する。


「あのね、タウさん。こっちはあんまり、来ちゃいけないって言われているの」
「そう? だれに?」
「誰ってセイリオスとスピカにだよ?」
「おれがつれてきたんだから、おこられないよ。それよりもうすこしはやくあるけないかな? じかんが」


 男は少し強めに少年の腕を引っ張り、少年がたたらを踏むが気にせず前に進んでいく。

 少年の声が少し濁る。
 男が気にかけないことが悲しいのだろう。

 少し様子が変わってしまった男にそれでも手を離さず着いていく。この少年ならばそうするだろうという想像の範囲内の動きだ。


 男の心配でもしているのだろう。

 何か悩みがあるのだろうか。
 どこか体の調子がおかしいのだろうか。


 だが、そのどれでもない。


 久しぶりに見た少年は、以前よりも元気そうだった。

 かわえろいいからね。
 可愛がってもらっているのだろう。
 なんて思う。

 昨夜もお楽しみだったのか、目の下にうっすら隈がある。
 可哀そうに二人の相手するのは骨が折れるだろうよ。


「あとどれくらい?」
「もうすぐそこ」
「もしかしてこの先の屋根のあるお家?」
「そうそう、あそこに……、えっと、みせたいものがあるんだ」

 それを聞くと少年がそこで足を止めた。男はつんのめり片手を地面につき、膝を汚してしまった。

「タウさん」
「ひかりくん、ついてきてくれなきゃこまるよ」
「そうだったね、ごめんね」

 ほとんどべそをかいていたのに、涙をのみ込んでグイッと前に目を据えた少年はこけてしまった男に手を貸して歩き始めた。

 所々休憩を挟み、非常に遅い歩みは慣れない道の草をどけつつ歩いているからだろう。

 あと少し、と言うがその歩みなら、半刻はかかる。



 森の中にある小屋はひっそりと建っていた。

 どうして男がこの寂れた小屋に少年を連れてきたのか、少年はわからず首をかしげて扉に耳を当てる。

「この中?」
「……そうだよ、いこうか」










 ぎゅっとつかんだ手は強いのに、なぜかその一歩を踏み出そうとせず、男はぼーっとしている。
 行こうかと言ったのはお前だろう。ヒノヒカリが不思議そうに男の顔を見上げている。



 やっぱり、骨があるなあ。ちょっとでも抵抗しようとするんだからなあ。

 頭を残したままの洗脳は、難しい。
 人形にしてしまえばどんなこともするけれど、頭を残すと時々ストッパーがかかる。

 多分死ね的な事とか。できるけど、うまくいかない。
 そこは自己流だから、もう少しうまくなりたいものだ。
 あの男の中でそれなりの葛藤があるのだろう。


 手の甲に浮かび上がる筋が見えた。ゾクゾクと背筋を快感に近いものが駆け上った。
 震える腕が扉を開けて少年を連れて中に入った。
 そして自分も後に続いた。


「タウさん! どうしたの?!」

 いきなり力を失くして、崩れ落ちた男に縋りつく哀れな少年。
 そして続いて入って来た俺を見て、目を見開いた。

「おーっと? 俺のこと覚えている? やっぱりうまく発動しなかったか。今日はお前にかけた呪術のチェックに来たんだよ。うまいこと家出られなかったんだろう。呪術のことはばれたのかどうか。確認させてね」
「え、えと。こないで」

 きょろきょろあたりを見回す。

「ああ、隊長のこと探してるの? そろそろ来るんじゃないかな。なんか、ちょっと調べたいことがあるからって君のことは俺に任せてもらったんだ。この小屋の周りに他にも部隊の仲間がいるから、下手に逃げないようにしてね。前みたいに犯されたいっていうのならしてみてもいいけど?」


 じっとこちらを見つめる少年に手を伸ばす。
 びくっと首をすくめた。


「ああ、痛くはしない。一度やってんだからわかるだろう?」


 ふと、違和感に気付く。
 どうしてこいつは。



「あのね、僕、お芝居は上手な方だってかちょうさんにほめられたことあるんだ」









 レオニス・アダラが手を上げながら小屋の中に入ると、呪術を扱う部下と、ヒノヒカリ、それとその部下が気にいっちゃったと言って時間がないのにヤろうとしていた男が転がっていた。





 その時の事を思い出す。


「時間がないって言ってんだろう。お前が一秒で出る早漏だったらいいが」
「残念です。俺嫌がられるくらい遅いんで。相手が死んだように意識を失う頃にようやく、って時もありますね」
「別に申告はいらない」

 そう言うと名残惜しそうにカーディガンをはいで、よく解らないが胸の所をいじり倒しながら洗脳していた。


 脳に雷流を流されているからか、時々体がおかしな動きで跳ねる。


「ちなみにお前の好みとかなのか? この男は?」

 以前聞いていた好みのタイプとは少し違う気がして尋ねてみると、楽しそうに口をゆがませてはにかむ部下が教えてくれた。

「あー、ちょっと若いんすけど。中身がかなり好みですね。あと骨が太いじゃないですかー。これゴリゴリするのがいいなあって」


 そのゴリゴリが何を意味するのかは聞かないでおいた。
 まあ、その迫り方だと振り向いてはもらえなさそうだなと思うが言わないでおく。


 人の恋路はなるべく邪魔はしたくはない。
 ただ面倒くさいのは否定しないが。


 という三人が小屋の中にいて、異様な空気がする。


 ちらりと部下の男を眺める。
 何の違和感もない。
 たが、可笑しな所もある。


「お前、やられた?」
「はい? 何がです?」
「だって、次会ったらその男相手させるって息巻いてただろ。てっきりもう」
「すぐ出るんですからするわけないじゃないですか」
「俺はお前がそいつと接合しているのをどうやって引き離すか考えていたから、その点では良かったよ」


 にしても気に入ってた骨くらいはゴリゴリさせているもんかと思ってたから。



「悪い、人形出すわ」
「はい」

 レオニスはそのまま距離を詰めずに手を振るうと、小屋の周囲に人が集まる。

 本日はヒノを攫う予定だったので、人が多めである。
 全員洗脳済みの人形なので、後で何があったか聞かれても答える術を持たない。

 警戒しながらヒノから目を逸らさないレオニスは笑う。


「おー、相変わらず可愛げがねえな。普通は怯えるもんだろう。ここは」

 震えるヒノの体を見て笑う。
 部下が不思議そうに首をかしげた。


「え、こいつ震えてますよ」
「こいつのは武者震いだろう。目を見ればわかる。罠だな」


 案の定、軽い精神に効く魔法を放ったところ思いっきり弾かれて部下に当たりそうになった。
 それを弾いてすぐにあたりを付けてそこに雷流を飛ばすと、それが跳ね返り部下に当たった。


 ぐえっと意識を失う部下を肩に担ぐ。

 呪術の使い手、デルタミラが動いていたら面倒だと思っていたがやはり動いていたようだ。
 だとすれば部下は洗脳済みの可能性もある。
 意識を失っていてくれた方がまだましだ。


「そこ、誰がいる?」

 その空間にはどうも誰もいないように思う。
 気配もないのに、それがヒノを守るように壁になっている。

 レオニスの問いに先に反応をしたのはヒノだった。



「ふへっ」



 その顔を見て思った。





 そうか。
 ちゃんと言えたのか。






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