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29 絶対何かあるじゃん!
しおりを挟むサリアノアはぼんやり眼で朝日を迎えた。
聞いていいものだろうか。
そんなことを考えていたら、朝になっていたという方が正しいだろう。
「おはようございます。サリアノア様」
「わっ! いたの!?」
「……? いつもこの時間はお部屋に入らせていただいておりますが」
どうやら起きていたつもりで寝ていたようだ。
「おはよう。全然気づかなかったから驚いた。ごめん」
「いえ、私も気付いていると思っておりましたので」
少しだけ、思案し、失礼しますと小さい手のひらが額につく。
パチパチと瞬きをする少年の瞳は青だ。
同じ青。
髪はさらさらと黒くつややかで、頬がまだふっくらとしている。
少し太い眉がきりっとした目元を柔らかくしている。
まだ、こんなに幼いのに。
毎日俺の世話何かしてくれているのに。
あいつ!
「熱はなさそうですが……、何かご気分がすぐれませんか?」
「あ、いや。大丈夫。ちょっと嫌な夢を見ただけ」
そう伝えると、悲しそうに眉が下がるのでもう内容なんか忘れちゃったけどねと笑っておいた。
そう、昨日。俺は見てしまったのだ。
明日は隷属の輪を首につけるから、それが隠せるような衣服にした方がいいのではないかと思いついた。その方が櫟の目にも入らないし、念には念を入れて、と衣服室に向かった。
そこでぼそぼそ声が聞こえるから覗いてみると。
ラーノが下を向いて、そこにセレットリクが手を伸ばし腕を撫でていた。
ラーノがそれにびくっと反応した。
二人の間に動きはなく、やがてラーノが何か言うとセレットリクがラーノの腕を手に取って袖をめくり、また撫でた。
溜息をついたラーノの背後から両肩を掴み、無理やり振り向かせるから目が合ってしまったのだった。
本当に驚いた顔をして、二人してしまったという顔をしたと思う。
軽く目を瞠っていた。
そこで、思った。
あいつ、ラーノに強要してんじゃねーだろーな。
どう見ても使用人と家の主って感じじゃなかった。
もっと、何かしらのつながりがあるような、雰囲気がした。
だから思わず、ラーノを夜の自分の部屋に引きずり込んだ。
「ら、ラーノ」
「はい」
こうやって距離を詰めるとやっぱり少し困ったような顔をした。
だけど、それでも、俺は聞かねばならない。
今は俺が彼の主人だからだ。
俺の大事な従業員だから。
喉の音がなるほどつばを飲み込んでしまった。
「言いたくなかったらいいけど、嫌なことないか?」
「嫌なこと、ですか? 特にサリアノア様に言うことはないですね」
「本当に? どんなことでもいいんだ。悩んでいることないか?」
「え、っと、特に?」
「じゃ、じゃあ、セ、セレットリクは?」
「はあ、べつに」
その後何度か聞いたら、律義にありませんと毎回応えてくれるラーノは小さくあくびをする。あわてて解放し、早く寝てねと送り出した。
どうしよう。ラーノが俺みたいなことをしているかもと思ったら、猛烈にセレットリクに腹が立ってきた。
アルファかもしれないが、まだ子どもだ。
セレットリクにどういった癖があるのかは知らないけれど、ラーノは可愛いし。
もしかしたら俺より賢くて強いかもしれないけれど、子どもなんだぞ!
しかもセレットリクは、と聞いたら「別に」って、それだけ。思春期の子みたいな回答が返ってきた。
絶対何かあるじゃん!
セレットリクの手つきはどう見ても「愛でる」動きだった。
俺にも時々やるしぐさで、そうされると俺は心がざわついて嫌になる。
より櫟を思い出してしまう。
どうしたらいいのか。
そればっかり考えていたからよく眠れなかった。
しかも、上の空で食事をしていると入ってきたセレットリクに注意されてしまった。
俺はそれに無視をして少し行儀が悪いが、出された料理を早食いでさっさと片付けてやった。
「……どうかしたか?」
「別に」
ラーノが片づけをしている間にセレットリクが近づいてきた。
「さっさとつける。首を出せ」
「はい」
セレットリクに首を差し出すと、ひんやりとした感触がぐるりと首を囲む。
心臓がぐうッと苦しくなったけれど、それをどうにか抑える。
うなじのところでかちりと音がした。
「顔を上げなさい」
「はい」
ゆっくり下げていた頭を上げると、セレットリクが苦虫を噛み潰したような表情で立っていた。
「お前には似合わんな」
「は、い……」
ラーノが差し出した針を親指の先にあて、プツリと血が丸く飛び出す。
それが俺の喉仏の所に近づいて、何の飾り気のない隷属の輪の中央に押し当てられた。
キィンと耳鳴りのような音がして、首輪が少し暖かくなった。
ラーノが出したハンカチでセレットリクが手を拭き、こちらを見る。
「どうだ、気分は?」
悪役のようなセリフを至極真面目に言うものだから、さっきまで怒っていたのも相まって笑ってしまう。
「特に何も」
「そうか。息苦しくなったり、めまいがしたりしたらすぐに私を呼べ。いいか、少しでも異変があれば言え。通常の制約に加えて、王家に対して至高のアルファ殿を嗾けてはいけないというものを入れた」
サリアノアは少し待ってみたが、セレットリクがそれ以上続けなかったので恐る恐る聞いてみた。
「あの、他には?」
「他? 逃走防止、自死防止、後はこまごましたものを付けた。とりあえずお前が気を付けねば苦しむことになるのはそれくらいだ。それだけ覚えておけ」
少なくない? と、思ったのが顔に出ていたのだろう。呆れた顔をされてこちらを見られた。
「言っておくがこれはそんなに優れた代物ではない。お前が想像するような制約を付けてみろ。最低、三か月はお前は外に出れんだろうな」
どういうことなのかなと、考える前にセレットリクが懇切丁寧に教えてくれた。
つまり、これに王族の意思を無視しないとか、反発しないとか、忠誠を誓わせるみたいな制約を付けたところで本人の心をそう簡単には曲げられないということらしい。
今現在、サリアノアに王族に対して忠誠を誓う気なんてさらさらない。
反発するなと言われても、自分の性がオメガであるという事実を突きつけられるたびに反発してしまう。
その心の機微を感じ取れば激痛が体中を襲う。
それを体に覚え込ませて心を折っていくのが隷属の輪の役割なのだそうだ。
だから娼館にいるオメガの人たちは幼いころからこれを付けられる。親もなるべく子どもが苦しまないうちに娼館に売ってしまうらしい。せめてもの優しさなんだとか。
どうせ、隠していてもオメガは匂いでばれてしまう。
鼻が利くアルファから逃れられはしない。
人並みに生きて、捕まって奴隷のように生きていくのはしんどいだろう。
俺も最初から何の記憶もなければきっと今頃、もっと違う人間になっていたのだろうか。
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