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1章 贖罪の憤怒蛍
8 怨嗟の嵐
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***
その男は、しがない猟師だった。
森に入り込んでは害獣を狩り、捌いては売り、妻子とささやかな生活を送ってきた。罪に手を染めたこともなく、周りからは善良な人間であると評され、実に爽やかで理想的な父親であった。
彼が、いつも通り森に向かった時のことだった。
いつも通りの猟師仲間と出かけ、妻が作ってくれた弁当を食した後。気分転換にと散歩していたところ、ふいに頭に衝撃が走って意識を失った。
目覚めた先は森ではなく、真白な部屋だった。
冷たい床に転がされ、武器も奪われ、何も出来ない状態にされていた。周りには老若男女関係なく多くの人が震えており、どうやら男が最後に目覚めたようだった。
不審に思いながら起き上がると、部屋に鉄格子が設置されていることに気がつく。
しっかりとした鉄格子の向こうには、椅子に座らされた少女がいる。両手両脚を鎖で縛られて、真っ黒な布で目隠しをされて、可哀想なくらい震えている。
男には少女と似た年齢の息子がおり、そのせいもあって彼女のことをとても不憫に思った。出来れば助けてあげたいが……。
「こんなもんで良いかなー。お膳立てもしておいたし、後はメインキャストがいつ来るか……」
大勢いる方の空間の中、一人だけ場違いな笑顔を浮かべていた男がいた。
白衣を身に纏い、手には物騒なダガー。くるくると器用に回して遊んでいる。
猟師の男は、白衣の男に不快感を覚える。
これは本能に近い。用心しろ。何をしでかすか分からないぞ。彼は獣のような――狂人だ。そんな確信がこんこんと湧きだしてくる。普段から野生の獣と対峙しているからこそ分かる、橙色の瞳の奥の、むき出しの狂気。
今この場に居る人間全てが困惑と恐怖を滲ませているのに対し、男だけが上機嫌なのもそう思わせる原因かもしれない。
「待ってても仕方ないし、やっちゃうかー。俺っちは短気だからね、仕方ないね」
白衣の男は口元の笑みを深めると、おもむろに猟師の男に近づいてしゃがみ込んだ。ふわりと揺れた白衣の裏に、何一つとして理解出来ないメモ書きが乱雑に刻まれていたのが妙に目に映った。
「君は奥さんとお子さんの三人暮らし。周りからの評判も随分良いらしいね、羨ましいことだ」
褒めてくれる口とは裏腹に、ダガーが握られる片手が持ち上げられる。
「……何を言っているんだ。君の目的は何なんだ、ここはいったい」
「きっとお葬式にも沢山の人が来てくれるんだろうね。良かったね」
困惑を隠しきれない猟師の男が最期に見たのは、眼前に迫る白銀の刃だった。
***
一人の男の絶叫と、複数人の悲鳴が壁に反射しながらキンキンと響く。
歓声ではないことだけは明らかであり、シャルロットは震えることしか出来なかった。
目隠しをされて何も見えない状態であるため、近くで何が起こっているのかさっぱり分からない。視覚を奪われているために聴覚が研ぎ澄まされ、耳に入るものが全情報だ。
故に、何も分からない。
これから何が起きようとしているのか、何をされるのか。
次第に激しさを増していく声の数々。その全てが、シャルロットに恐怖の楔となって穿たれる。
「止めて、止めて!」
「あぁ、ああぁああぁぁ……」
「おかあさん、たすけて、おかあさん」
「ごめんなさいごめんなさい、許して……!!」
最後に聞こえた子どもの声が一番強く聞こえた。
「いやだ、死にたくない」
知らない男の絶叫から始まった狂乱の嵐。
始めは耳からしか襲ってこなかったが、やがて嗅覚と触覚にも情報がなだれ込んでくる。
鉄のような臭い。
チリチリと肌を焼くような弱い痛み。
恐慌状態に陥っているシャルロットが、状況を確信するには充分過ぎるほど強烈な情報量だった。
「何を、してるの」
心なしか、絶叫の数が減っている気がする。いや、確実に減っている。
目の前で無慈悲な殺戮が行われているのは確実となったのに、それでも問わずにはいられなかった。
「あぁそうだ、教えてあげる」
シャルロットが必死に自我を保とうと絞り出した問に、聞いているのかいないのか殺戮者――シトロンは楽しそうに口を開く。足音だろうか、床を踏む硬質な音と何かを踏みつける粘着質な音が不協和音を奏でる。
「レガリアって知ってる?」
「……」
「精霊のお気に入り。この世界の新しい神様なんだってさ。そいつが俺に教えてくれたんだよ。あぁホント、間抜けな従兄弟でも血を浴びといて良かった良かった。痛い思いをした甲斐があったってものさ」
「何を、言って」
レガリアは神の因子を持つ者――神子と交信する術を持っているのだが、シャルロットにそれを知る術はない。さらにシトロンの発言からイミタシアとも交信できるまで力が戻りつつあることが窺えるが、知っていたとしてもそこまで思考は及ばなかっただろう。
理解出来ずにいる彼女が知りたがったことに一切答えることなく、シトロンは続ける。
「ごめんね、話が逸れたね。それで、その神様が俺っちにお告げをくれたのさ。『大神子には瘴気を浄化する力がある』――世界を蝕む毒に抗えるなんてすごいじゃん? でもさ、どれくらいの量を一度に浄化出来るんだろう? 限界値はあるのかな? 瘴気は可視化されるとも聞いたけど、浄化された後はどうなるのか? すっごく気になるんだよねぇ、俺っちは探究心旺盛な研究者だから!」
それに、と上ずった声が続く。
「君はルシたんと血縁関係だ。あいつの反応も気になるんだよねぇ! 弟クンが無様に死んでからの反応は見られなかったからね、今度こそ見ようと思ってさ」
「――っ」
兄セラフィを侮辱するに等しい発言に、ついカッとなってしまう。それに、セラフィが亡くなってからのルシオラはシャルロットも見ていられないほどに沈み込み、苦しんでいた。
歩んだ道は違えど、二人ともシャルロットの大切な家族だ。
たった一人の傲慢な好奇心に穢されて良い存在ではない。
「あなたに何が分か――」
「君は既に感じているだろう? ここに生まれた瘴気を。この空気のままだと増え続ける一方だ。次第に濃くなる毒に、この場にいる人間のどれほどが生き残るだろう? 俺っちにはどうしようもないなぁ、誰か浄化してくれないと死んじゃうなぁ?」
「許せない……絶対に許さない!」
その糾弾はシトロンに響かない。響く隙はない。
目が熱い。涙が溢れる。
この男をどうにかして罰したかった。それが叶わず、怒りと歯がゆさがない交ぜになる。
そして、結局はこの男の言いなりになるしかない自分にも嫌悪が溢れ出す。
顔も名前も知らない人々を殺さないために、そして自分が生き残るために――シャルロットが浄化をしないという選択肢はなかった。
大丈夫。私ならやれる。
痛いのは知ってる。でも、やるしかないんだ。
シャルロットは歯を食いしばる。
大丈夫。きっとすぐに助けが来て、あの男を倒してくれる。
「お兄ちゃん。――レイ」
その儚い希望も、おまけと言わんばかりの一言で打ち砕かれる。
「あ、そうだ。せっかくだし、君にもこのパーティーを見てもらおうか」
その男は、しがない猟師だった。
森に入り込んでは害獣を狩り、捌いては売り、妻子とささやかな生活を送ってきた。罪に手を染めたこともなく、周りからは善良な人間であると評され、実に爽やかで理想的な父親であった。
彼が、いつも通り森に向かった時のことだった。
いつも通りの猟師仲間と出かけ、妻が作ってくれた弁当を食した後。気分転換にと散歩していたところ、ふいに頭に衝撃が走って意識を失った。
目覚めた先は森ではなく、真白な部屋だった。
冷たい床に転がされ、武器も奪われ、何も出来ない状態にされていた。周りには老若男女関係なく多くの人が震えており、どうやら男が最後に目覚めたようだった。
不審に思いながら起き上がると、部屋に鉄格子が設置されていることに気がつく。
しっかりとした鉄格子の向こうには、椅子に座らされた少女がいる。両手両脚を鎖で縛られて、真っ黒な布で目隠しをされて、可哀想なくらい震えている。
男には少女と似た年齢の息子がおり、そのせいもあって彼女のことをとても不憫に思った。出来れば助けてあげたいが……。
「こんなもんで良いかなー。お膳立てもしておいたし、後はメインキャストがいつ来るか……」
大勢いる方の空間の中、一人だけ場違いな笑顔を浮かべていた男がいた。
白衣を身に纏い、手には物騒なダガー。くるくると器用に回して遊んでいる。
猟師の男は、白衣の男に不快感を覚える。
これは本能に近い。用心しろ。何をしでかすか分からないぞ。彼は獣のような――狂人だ。そんな確信がこんこんと湧きだしてくる。普段から野生の獣と対峙しているからこそ分かる、橙色の瞳の奥の、むき出しの狂気。
今この場に居る人間全てが困惑と恐怖を滲ませているのに対し、男だけが上機嫌なのもそう思わせる原因かもしれない。
「待ってても仕方ないし、やっちゃうかー。俺っちは短気だからね、仕方ないね」
白衣の男は口元の笑みを深めると、おもむろに猟師の男に近づいてしゃがみ込んだ。ふわりと揺れた白衣の裏に、何一つとして理解出来ないメモ書きが乱雑に刻まれていたのが妙に目に映った。
「君は奥さんとお子さんの三人暮らし。周りからの評判も随分良いらしいね、羨ましいことだ」
褒めてくれる口とは裏腹に、ダガーが握られる片手が持ち上げられる。
「……何を言っているんだ。君の目的は何なんだ、ここはいったい」
「きっとお葬式にも沢山の人が来てくれるんだろうね。良かったね」
困惑を隠しきれない猟師の男が最期に見たのは、眼前に迫る白銀の刃だった。
***
一人の男の絶叫と、複数人の悲鳴が壁に反射しながらキンキンと響く。
歓声ではないことだけは明らかであり、シャルロットは震えることしか出来なかった。
目隠しをされて何も見えない状態であるため、近くで何が起こっているのかさっぱり分からない。視覚を奪われているために聴覚が研ぎ澄まされ、耳に入るものが全情報だ。
故に、何も分からない。
これから何が起きようとしているのか、何をされるのか。
次第に激しさを増していく声の数々。その全てが、シャルロットに恐怖の楔となって穿たれる。
「止めて、止めて!」
「あぁ、ああぁああぁぁ……」
「おかあさん、たすけて、おかあさん」
「ごめんなさいごめんなさい、許して……!!」
最後に聞こえた子どもの声が一番強く聞こえた。
「いやだ、死にたくない」
知らない男の絶叫から始まった狂乱の嵐。
始めは耳からしか襲ってこなかったが、やがて嗅覚と触覚にも情報がなだれ込んでくる。
鉄のような臭い。
チリチリと肌を焼くような弱い痛み。
恐慌状態に陥っているシャルロットが、状況を確信するには充分過ぎるほど強烈な情報量だった。
「何を、してるの」
心なしか、絶叫の数が減っている気がする。いや、確実に減っている。
目の前で無慈悲な殺戮が行われているのは確実となったのに、それでも問わずにはいられなかった。
「あぁそうだ、教えてあげる」
シャルロットが必死に自我を保とうと絞り出した問に、聞いているのかいないのか殺戮者――シトロンは楽しそうに口を開く。足音だろうか、床を踏む硬質な音と何かを踏みつける粘着質な音が不協和音を奏でる。
「レガリアって知ってる?」
「……」
「精霊のお気に入り。この世界の新しい神様なんだってさ。そいつが俺に教えてくれたんだよ。あぁホント、間抜けな従兄弟でも血を浴びといて良かった良かった。痛い思いをした甲斐があったってものさ」
「何を、言って」
レガリアは神の因子を持つ者――神子と交信する術を持っているのだが、シャルロットにそれを知る術はない。さらにシトロンの発言からイミタシアとも交信できるまで力が戻りつつあることが窺えるが、知っていたとしてもそこまで思考は及ばなかっただろう。
理解出来ずにいる彼女が知りたがったことに一切答えることなく、シトロンは続ける。
「ごめんね、話が逸れたね。それで、その神様が俺っちにお告げをくれたのさ。『大神子には瘴気を浄化する力がある』――世界を蝕む毒に抗えるなんてすごいじゃん? でもさ、どれくらいの量を一度に浄化出来るんだろう? 限界値はあるのかな? 瘴気は可視化されるとも聞いたけど、浄化された後はどうなるのか? すっごく気になるんだよねぇ、俺っちは探究心旺盛な研究者だから!」
それに、と上ずった声が続く。
「君はルシたんと血縁関係だ。あいつの反応も気になるんだよねぇ! 弟クンが無様に死んでからの反応は見られなかったからね、今度こそ見ようと思ってさ」
「――っ」
兄セラフィを侮辱するに等しい発言に、ついカッとなってしまう。それに、セラフィが亡くなってからのルシオラはシャルロットも見ていられないほどに沈み込み、苦しんでいた。
歩んだ道は違えど、二人ともシャルロットの大切な家族だ。
たった一人の傲慢な好奇心に穢されて良い存在ではない。
「あなたに何が分か――」
「君は既に感じているだろう? ここに生まれた瘴気を。この空気のままだと増え続ける一方だ。次第に濃くなる毒に、この場にいる人間のどれほどが生き残るだろう? 俺っちにはどうしようもないなぁ、誰か浄化してくれないと死んじゃうなぁ?」
「許せない……絶対に許さない!」
その糾弾はシトロンに響かない。響く隙はない。
目が熱い。涙が溢れる。
この男をどうにかして罰したかった。それが叶わず、怒りと歯がゆさがない交ぜになる。
そして、結局はこの男の言いなりになるしかない自分にも嫌悪が溢れ出す。
顔も名前も知らない人々を殺さないために、そして自分が生き残るために――シャルロットが浄化をしないという選択肢はなかった。
大丈夫。私ならやれる。
痛いのは知ってる。でも、やるしかないんだ。
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大丈夫。きっとすぐに助けが来て、あの男を倒してくれる。
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