久遠のプロメッサ 第三部 君へ謳う小夜曲

日ノ島 陽

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3章 寂しがり屋のかみさま

6 終結への一歩

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「ビエントの言う術の法則がレガリアにも適応されると仮定すると……」

 地上に出るよりは安全だという理由で地下遺跡に留まること十数分。
 事態の打開を目指すべく、今後の方針を考えていたところにフェリクスの疑問がこぼれ落ちる。隣には相変わらず虚空を見つめるミセリア。結界が消えるなりフェリクスの服の裾を握りしめたきり動かないのが、なんと表せば良いか分からないほどの違和感を周囲に与えていた。

「今展開されているというレガリアの術式にも要っていう弱点はあるという認識で良いか?」
「否定はしないが、破壊するにも難易度は高いぞ。あんな大規模なものだ、要も相当でかいはず」
「じゃあ物っていう線はないんだな。誰かの行動である線が濃厚か」
「それも一人や二人が座ったり立ち上がったりする、なんて簡単ものじゃない。何せ国二つを丸ごと覆ってる結界みたいなものだ、お前を眠らせていたものとはワケが違う」

 ビエントが操作しているのか、風通しの悪いはずの空間でも空気は澄んでいる。
 その清浄な空気をたっぷり吸い込んで深呼吸をし、シャルロットはひとつ瞬く。
 フェリクスの言う通りだ。
 もしもレガリアが展開した術式にも崩す余地が残されているのなら、彼に勝つにはそこを突くしかない。最初は術式を上から塗りつぶすか、相殺する別の術を展開しなければならないかと考えていたが、現実的に考えればそれらは難しい。
 なにせ相手とこちらでは同じ神様の属性を持つ者同士だったとしても、練度が違うのだ。彼は十数年も前からこれを計画していたのに比べ、こちらはつい一年前に女神に由来する能力を発現したばかりなのだから。
 ならば要を特定し、術式そのものを破壊する方が賢い選択というもの。

「――魔術に詳しくはないのだけど」

 次に口を開いたのはソフィアだった。顎に指を添えて薄くオッドアイを眇める。

「仮に要が存在すると仮定して、ビエントの話によると対象者も要になり得るのよね? 今回のケースで考えるとシアルワ・ラエティティア両国の人間全てが対象者ということになるわ」
「そうだな、だからこそ余計に分からな――」
「フェリクス。貴方の力で全員の心を揺さぶることは出来ないかしら? 術の命令に反することをさせてみるの。さっきだって、眠っている貴方が起き上がったことがきっかけになって術が解けたでしょう?」

 石榴石の瞳が二度、三度瞬かれる。
 少々固まっていたフェリクスだが、すぐにはね除けることはせず薄い唇に笑みを浮かべた。
 あ、とシャルロットは思う。この顔は彼に自信が芽生えてきた時に浮かべるものだとなんとなく知っていた。

「あぁ、そうだ。浄化祭だ」
「浄化祭? ええと、確か……かつてフィアンマで行われていたお祭りのことですよね。何故それを急に」

 女王らしからず空間の隅でちょこんと座っていたシエルがおずおずと挙手をすると、フェリクスは深く頷いた。

「そう、それ。ソフィアさんが言っていた作戦を実行するのに浄化祭をやるのが良いんじゃないかと思って」
「その心は?」
「眠っていた時に見たんだ。過去にフィアンマで行われているそれを。フィアンマの炎は災いを退ける力があるってミラージュさんから聞いたし……それに」

 言葉を紡ぎながらシエルの方を向き、小さくウインクをしてから続ける。

「シアルワの神子は魂を揺さぶり、ラエティティアの神子は魂に伝え、フィアンマの神子は魂を癒やし守る力を持っているという。ならさ、フィアンマだけじゃなくて三家みんなで協力して規模を広げた浄化祭をすればソフィアさんの言う『術式に反すること』をさせられるんじゃないかなって思ったんだ。どう?」

 曰く、流石のフェリクスも二カ国全域に自らの影響を及ぼすことは難しい――というよりは届けられるのか分からないとのことだった。今まで彼が影響を及ぼしたことがあるのは一度でも直接相対した者に限られる。公務に参加するようになってからシアルワの各地に訪問するようになったとは言え、国民全員と交流したことはない。
 それに加え、ラエティティア王国も含むとなると一人で全て背負うには無理があり過ぎた。

「なるほど。ソフィアの炎に、女王様の伝達の力で王様の力を乗せて世界中に広げる――っていうことだよね? やってみる価値はあると思う。いや、やろう」

 シャルロットが身を乗り出す。女神から分かたれた力をそれぞれ継ぐ三家の協力技だ、期待度も高い。
 問題は、発案者のフェリクスが乗り気なのに対しソフィアとシエルそれぞれが不安を隠せない表情をしているところか。
 たとえ失敗する可能性があろうが、今はやってみるしかない。なんとか実行するまでこぎ着けたいところだが――。

「きっと大丈夫、やってみようよ。何も出来ない私が言うのも無責任かもしれないけど……」
「何を言っているんだ、シャルロット」

 少々強引に実行する流れへ持って行こうとしたシャルロットだが、その言葉はフェリクスによって止められる。
 振り向いて首を傾げれば、にこにこと完璧な笑顔が輝いていて。

「君も一緒にやるんだよ、浄化祭」
「へ?」


***


 絵の具を塗りたくったような青い空。
 どこを見渡しても何もない、どこまでも続くだけの草原。
 たったそれだけの世界の中心にて、神様は涙をこぼした。血のように赤い瞳が揺らぎ、目尻に溜まっては白い頬を伝っていく透明な雫。

「僕はずっと独りだった」
「うん」
「君が知らない間も、ずっと。大人たちに部屋に閉じ込められて、ここに連れてこられた後も白い部屋に閉じ込められて、ずっとずっと痛かったのに誰も助けてくれなくて」
「うん」
「だから……寄り添ってくれる人を求めるのは、自然なことでしょう?」
「……そうかもしれないね」
「僕は君に友達になって欲しかった。同じ痛みを分かち合える仲間が欲しかった。それを否定するの?」

 小さく呟くように続けながら、白い神衣に包まれた両腕が伸びる。指先が触れたのは頬。どこまでも冷え切った指先が滑るようにして下へ向かい、首元へ収まる。

「答えて、レイ。僕の半身。僕の痛みを唯一分かってくれる人」

 体は金縛りにあったように動かない。視線を逸らすことも許されない。
 動かせるのは質問に答える口だけだ。
 こんな動かない体では、彼が手に力を込めれば抵抗も出来ず絞殺されることだろう。
 こちらを貫く昏く赤い瞳は奈落のようで、油断すれば引きずり墜とされてしまいそうな闇がある。以前の怒りに呑まれていた状態なら屈していたかもしれない。あるいは答え方を間違えたいたかもしれない。
 しかし、彼女と約束を交わした今は違う。
 だから。
 だからレイは、相手が自分を踏み潰せる神であったとしても――もう揺らがない。
 毅然とした青い眼差しで、半身を貫き返した。

「答えられないよ」
「……」
「だって、俺は君のことを知らない。一方的に運命を押しつけられて一方的に知られているも同然だ。だから今の俺は君を許さない、という感情を抱くことしか出来ない」

 努めて淡々と事実を突き返す。

「君は俺の大切な人たちが大切にしていた人を殺して、みんなを傷つけたから」
「……」
「今は君を否定する材料しかない。それで君を肯定するっていうのは難しい話だって思わない?」
「……それもそうだね」

 ドロドロと燻っている憎悪と執着がなりを潜めるのが分かった。
 レガリアは子どものように微笑み直すと、指先に僅かに力を込めた。ぷつ、と爪が皮膚に刺さる小さな音が聞こえたような気がしたが不思議と痛みは感じない。

「君は僕のこと、知りたいんだ?」
「じゃないと何も判断できないからね」
「そっか」

 指先が首から離れる。冷え切っていたはずのそれから解放されたはずなのに、どこかまだ寒いと感じる自分がいた。
 束の間の静寂の後、レガリアは血の付いた指先でレイの頬を撫でた。

「なら教えてあげるよ。僕がどこからこの世界に来たのか。僕という存在がなんなのか」
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