ただ、何となく。

灯火(とうか)

文字の大きさ
1 / 1

本編

しおりを挟む


 彼は黒人だった。それこそ差別をされてきたような。真っ黒な人。

 だからこそ、彼はその周囲の人々の対応のひとつひとつに敏感だった。

 今朝彼は街を散歩していた。彼は散歩が嫌いだった。それ自体に嫌な思い出があるからだ。けれど、彼は唐突に街を歩きたくなった。

 彼自身もその訳がわからなかったが、とにかく家にいたくないと思ったのだ。



街に出ると、日差しが暖かく、彼を包んだ太陽の光はまだ鬱陶しいほどの強さを持たず、また弱々しい光でもなく、彼を包み込んだ彼はこの感覚は好きだった。

 それは彼らようやく3つ目の曲がり角曲がった時だった。隣を取った男性が小さく、まるで小言のように、「汚らしい。」そう、つぶやいた。

 決して彼は言動には表せなかったが、その内側の心はひどく傷ついた。法律で守られているために、暴言や暴力を行われる事はしばらくなかったが、それでもまだ陰湿ないたずらやいじめは続いていた。


 彼は大学生だった。今日はその入学式だった。昨日、外をふらついたばかりに、彼は、人としてひどく傷つけられたよって、今日の入学式もあまり乗り気ではなかった。黙って椅子に座っていると近くの席から声をかけられた。

「なぁ、友達になってくれよ。」

 その一言に、彼は耳を疑った。黒人である彼に声をかけ、ましてや友達になろうなんて相談してくるやつなんていないとばかり思っていたからだ。

「あぁ、ありがとう。も、もちろん。」

 戸惑い、驚きながらも何とか彼は承諾の返答をした。
 そして自己紹介が終わると、彼は自分の持っていた1番の疑問をその友達にぶつけた。

「なぁ、なぜ俺に声をかけようと思ったんだ?」

 数秒の間があったあと、彼の友達は一言、そうけろりと言い切った。

「まぁ、なんとなく。」

 ただ、なんとなく、彼を傷つけ続けたその気持ちは、今、彼を救った。
 彼は小さく笑った。瞳に少し涙を浮かべながら「ありがとう」と、そう言った。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

誰の金で生活してんの?

広川朔二
ライト文芸
誰よりも家族のために尽くしてきた男がいた。朝早くから働き、家事を担い、家庭を支えてきた。しかし、帰ってきたのは妻の裏切りと娘の冷たい視線。不倫、嘲笑——すべてを悟った男は、静かに「計画」を始める。仕組まれた別れと制裁、そして自由な人生の再出発。これは、捨てられた“だけの男”が、すべてをひっくり返す「静かなる復讐劇」。

処理中です...