回転する石のように

きりん後

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回転する石のように

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         【18歳】


 授業を抜け出して河原で暇を潰していた。周囲の奴らが進学やら就職やら騒いでいたのでイライラしていたのだ。

 目の前で永遠と流れる水の上を、投げた石は数回跳ねて沈んだ。それに飽き初めていた頃、俺の前に悪魔が現れた。勿論ただ尖った黒い羽、先の刺々しい尻尾、目を縁取る鋭い黒だけが判断材料だけだったわけではない。そいつは、何も無かった空中に、脈絡もなく急に現れたのだ。

「君は東郷劉生君。18歳。公立湘南高校の3年生。地元じゃ名の知れた不良で、初体験は14歳、相手は保健室の香坂先生。どうやら、俺のことが悪魔だということは薄々感づいているようだね」

 そいつがしゃがれた声で俺のプロフィールや気持ちを読み取ったことで俺の気持ちは確信に変わった。「俺に何の用だ?」と平静を装って言うと、悪魔はまるで甥っ子の相談に乗る中年男性かのように俺の隣に座りながら言った。

「君は将来に不安を感じている。今まで尖りに尖りまくっていた自分がこのまま社会に出て丸くなってゆく未来が見え恐れている」

 俺は悪魔の勿体ぶった言い方に苛立っていた。

「説教でもしに来たのか?それとも悪魔なら願いを叶える代わりに魂を渡すとかの契約の前口上か?それなら早く要件を話せ」

 と詰め寄ったが悪魔は平然とした態度だった。

「まあまあ、話には順序というものがある。それに君は今暇なのだろう?私に付き合ってくれてもいいだろう?それにそうしていいとも思っている」

 と言って俺の返事を待たずに悪魔は話を続けた。俺が内心で了承したのを読み取ったのだろう。悪魔は河原の石を持った。

「今の君は岩肌から露出している尖った岩片だ。まもなく独立し山を転がり落ち川を下り、他の岩片等と衝突しやがて尖りが削られ丸くなってゆく。そして最終的にはこのような丸い石になる」
「冗談じゃねぇ」

怒鳴ったが、悪魔は意に返さなかった。

「いや悲しいかな、冗談ではない。これは人間の言うところの『運命』だ。どんなに個性的な凸凹を持つ人間も、世間に揉まれ、いずれは無個性な丸に整形されるのだ」

「俺はならねぇよ」

「君はこう思っている」

 悪魔は勝手に続ける。

「『何故丸くならなくちゃいけないんだ?』と。そして周囲の大人に言われているだろう『丸は美しい』と。そしてその美しさの本当を知らないのに世間に同調する若者もいる。確かにその感覚は間違っていない。この丸い石滑らかさは見ても触っても気持ちが良い。しかし見てごらん?」

 悪魔は「ここ、ここ、ここ、ここ」と言いながら河原の石と石の隙間ゝに凶器のような爪をズボズボと突き刺した。

「こんなにも隙間だらけだ。これが何を意味しているか分かるかね?つまり無個性な集団は、お互いを補い合うことができないということなのだよ。自分とピッタリとハマる仲間を手に入れることができないということなのだよ。確かに丸くなれば他の石を傷付けることはなくなる。しかしそれは石と石が関係し合う上での妥協に過ぎない。尖り続けていれば、いずれは互いを補い合う仲間に出逢えたかも知れないのに」

 悪魔はわざとらしい溜息をついた。容貌によってその息に毒々しい色が見えるようだったが、俺は内容の全てを理解した訳ではなかったが、いつの間にか悪魔の話に聞き入っていた。

「だが人間は丸くなる。それは何故だと思うかね?」

「だから運命がそうさせるんだろ?」

「その運命という意味付けこそが人間の犯した大きな、そして根本的な間違いだ。人が丸くなるのは本当の理由は『運命』等という抽象的な観念の作用ではない。何故なら生物の進化の過程において、非個性な個体が増えてゆくということは破滅への道を辿っているものだからだ。君はバナナがキャベンディッシュという一種にのみ構成されているのを知っているかね?私は未来を見通せるから分かるのだが、近い将来バナナはたった一つの病原菌によって絶滅する。全ての個体の種類が同じということは全ての個体の弱点も同じということだからだ。バナナにはそのたった一つの病原菌に耐性のある種類が一つもなかったのだ。種類を多くする程絶滅のリスクは減り、少ない程リスクは高まる。だから例外を除いて生物は非個性な個体を増やす進化はしない」

「その例外って」

「第三者によって手が加わることだ。キャベンディッシュは人間が改良したものだ。そして人間も第三者にとって無個性化されている」

 その第三者が誰なのかが分かったのは、悪魔が。まさしく「悪魔」というような笑いを浮かべたからだ。俺は立ち上がった。拳の中に爪が食い込んでいた。

「お前等、人間を絶滅させる気で・・・」

「違う。そんなつもりじゃない」

 悪魔はまた笑ってそう言ったが、今度の笑いは好人物のようなそれだった。俺は悪魔の変わり様にあっけに取られて自分の怒りを一瞬見失い、行動は、「じゃあ何の為に俺らをこんな目に遭わせるんだ?」という質問を投げかけるだけに留まった。悪魔もゆっくりと立ち上がった。

「魂はその宿主の精神の形に合わせて整形される。我々が君達の精神を丸くするのは魂を丸くするためだ、そして何故魂を丸くするのかというと・・・」

 悪魔は持っていた石を川に向かって投げた。

「三途の川で君等の魂を良く跳ねさせる為だ」

 石は何度か跳ねて沈んだ。その穏やか光景も相まって、俺には悪魔が言ったことが分からなかった。「は?」とほとんど反射的に口から洩れる。

「石切りだよ。尖ったものよりも丸いものの方が良く三途の川を跳ねるから、君達が丸くなるような世の中に変えているのだ。これが答えであり、君達が『運命』と呼ぶものだ」

 唖然としていると、悪魔はまた、「悪魔」的な笑いを浮かべ、

「その表情だよ。私はね、尖った精神を持っている若者が牙を抜かれる抗えない現実とそのくだらない目的を聞かされた時の表情が堪らなく好きなんだ。これから君は壁に当たる度に私の言葉を思い出し抗うだろう。しかし絶対に抗うことはできないのだ」

 俺が突き出した拳は、悪魔が消える前に放った、

「未来で待っていてやるぞ」

 という言葉と笑いの残響を通り抜けるだけだった。

 俺は、悔しさを吐き出すように叫んだ。そして一生丸くならないことを誓った。

 俺は、お前等悪魔の掌に傷を付ける程尖りに尖ってやる。そっちこそ待っていやがれ。



         【30歳】


 現代に帰って来た。楽屋ではメンバーがライブ前の最終調整をしており、外からは開演を待つ客たちの俺たちを呼ぶ声が聞こえて来る。どうやら時空間瞬間移動装置に狂いはなかったようだ。

 バンドのコンセプトに従い、悪魔の格好をしたメンバーの一人が言った。

「劉生、18歳の自分はどうだった?」

「まあ、大丈夫そうだ」

 18歳当時の俺が出会った悪魔が、未来からやって来た自分自身だと気が付いたのは最近のことだった。

 悪魔の言葉がきっかけで就職も進学も辞めてバンドを始め、尖りに尖り続けた結果、メイクも衣装も過激になってゆき、いつの間にか悪魔的な格好になっていた俺は、ある日俺は鏡の中にあの時の悪魔を見つけ、その正体を悟って愕然としたのだ。

 あの悪魔がそうしたように、当時の自分に悪魔として会いに行き、あの時悪魔がした通りの話をしないと今の富と名声は手に入らないことに気が付いた俺は、仕方なく時空間瞬間移動装置のスイッチを入れたのだ。

 あの18歳の自分もいずれこうするだろう。俺は丸い石にはならなかったし、最高の仲間にも出会えたが、抗えない運命の中にいる。皮肉なことに、運命に抗って生きて行く為には運命に従って生きて行くしかないのだ。

 俺は溜息をつきながら、今日も仕事場である明るいステージに上がってゆく。
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