夢売り屋~姉妹の愛憎~

ぴぴみ

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撫子色の夢1

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 ざぁーと雨が降っている。

 一人の女が俯きがちに小路こみちを歩いていた。髪はしとどに濡れ、水滴が衣服へぽたぽたと落ちる。
 辺りは闇に包まれたように暗く女の表情を隠したが、反対に空は不自然に晴れていた。

(こういうの狐の嫁入りって言うんだっけ……?)

 女はふと思い出し、果たしてこれは誰に聞いたのだったかとしばし考える。しかし直ぐ様どうでもいいことだわと考えるのを止めた。

 女は疲れていた。日常のあらゆることに。妹に嫉妬してしまう自分に。だから気が付かなかった。なる場所に足を踏み入れたことに…。
いつもの帰り道が様相を変え、木々は蠢きうごめき雨露あまつゆに濡れた紫陽花が色鮮やかに咲き誇る。
 
 真っ直ぐに進むとその先に溶け込むように一軒の店があった。古びた木の匂いが漂い、看板には不思議な色合いで万華鏡本舗と書かれている。
何かに導かれるようにして女は入っていく。ぎしぎしとした音をたてて扉が開き中の様子が明らかになる…。

 
 煙管きせるくゆらし佇む男がいた。着物をだらしなく着崩し窓の外を見つめていた。その瞳は何も見ていないようでうつろだ。一つに結んだ長い髪が無造作に垂れ下がっている。
赤い髪紐がいやに目につくなと女は思った。


「……誰の許可を得て入ってきた?俺の気が変わらぬうちに失せろ…。」


男が低い声で言う。ゆったりとした口調ながらも有無を言わさぬ力を感じる。

「私は客だけど。」

女は苛立った声で言い返した。すると男がくっと笑い肩を竦めた。

「…客、ね。…お前に売るものなどない。別段望むものもないのだろう…?」

この時常の精神状態であったなら言わなかっただろうが、女は気づけば口に出していた。

「妹のいない世界がほしいわ…。」

「ふっ…つまらんな…。」

「何も知らないくせに!」

女が声を限りに叫ぶ。
男はまるで動じず女の顔をぼんやり見ている。

「……知らないが分かることもある。どうせ下らぬ喧嘩だろう…?」

「ふふ。だったらどんなに良かったか…。」

今度は女が笑う番だった。

「妹に寝取られたの。結婚も間近だったのに…。」

「…ほお?」

男が初めて興味を示した。それに気を良くして女は続ける。

「いつもいつもお姉ちゃんだから我慢しなさい…妹に優しくしなさい…そのくらい許してあげたらどう?親が言うことは決まってた。でも…まさか…彼まで…。」

「……相手の男は憎くないのか?」

「彼より妹よ…許せない…。」

男は不気味に笑った。




「…お前は夢を望むか?…永遠とわの地獄が待っているとしても…。」

「今以上の地獄などないわ…。」

そう答えた女の顔を見て男は笑った。

「…ではこれを…。」

男から撫子色の小瓶を受け取り、女の意識は…闇に包まれた。


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