私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭

文字の大きさ
41 / 78
11.許さない

しおりを挟む
 次の日の朝、なんだかやけに早く目が覚めてしまった。カーテンの向こうの景色はまだ薄暗い。

 ベアトリス様の息子さんが亡くなっているという話を思い出すと、胸が重くなった。

 ベアトリス様はとてもいい人だ。

 なのにお屋敷に閉じ込められてそのまま亡くなって、とても可愛がっていたであろうお子さんも子供のうちに亡くなってしまうなんて。

 まだ起きるのには早いけれど、考えていると頭が冴えてもう一度眠る気にはなれなかった。着替えて一階に降りることにする。


 厨房で朝食用のサンドイッチを作り、昨日余った分のお茶をカップに注いだ。カップは二つ用意する。トレーに載せて食堂まで運んだ。

 食堂で一人、もそもそと黒パンのサンドイッチを口に運ぶ。

 私以外に誰もいない食堂は、静かで薄暗く、心細かった。ベアトリス様がいなかったら、私は今も怯えながら過ごしていたと思う。

 その時、食堂に冷たい風が吹き、ベアトリス様が姿を現した。

「おはようございます、ベアトリス様」

 いつも通りの顔をするように努めて、ベアトリス様に声をかける。

「あの、そこのテーブルにベアトリス様のお茶を置いておきました。よかったら飲んでください」

 ベアトリス様は、昨日の様子からお茶を飲める……というのかわからないけれど、吸収できるように見えたので、カップを向かいのテーブルに置いておいた。

 ベアトリス様はカップをじっと見ている。ベアトリス様がかがんで口を近づけると、やはりお茶の色は先ほどまでよりも薄くなっていた。

「やっぱりお茶なら飲めるんですね! 明日から毎日、ここにお茶を置いておきますね」

 私がちょっと元気になってそう言うと、ベアトリス様はこくんとうなずいた。


 朝食が終わると、トレーを片付けて洗濯や掃除を済ます。

 それが終わると、厨房に行って昨日用意したロイクさん用のプレゼントを紙袋に詰めた。今日はロイクさんが定期調査に来る日だ。

 茶色の茶葉の入った瓶と、鮮やかな青色をした液体のお茶の瓶の二つ。ベアトリス様は私がプレゼントを用意する様をじっと見つめている。

 紙袋に瓶を詰め終わったところで、ちょうど玄関のベルが鳴った。


「あっ、来ましたね。ロイクさん」

 ベアトリス様のほうを向いて言うと、彼女は静かにうなずいてついてきた。ベアトリス様もプレゼントを受け取ったロイクさんの反応が見たいのかもしれない。

「こんにちはー、ロイクです!」

 玄関の扉の前からロイクさんの明るい声が聞こえてくる。私は紙袋を片手に、ちょっとうきうきしながら扉を開けた。

「こんにちは、ロイクさん。お疲れ様です」

「ジスレーヌ様もお疲れ様です! 今日で二週間になりますね。幽閉生活、こたえていませんか?」

「大丈夫です! 結構楽しいですよ。ベアトリス様もいますし」

 そう言ったらロイクさんは困ったような、複雑な顔で笑った。

 ロイクさんはリュシアン様のように幽霊の話を否定しないけれど、やっぱりおかしなことを言うとは思われているのかもしれない。

 今もここにいるのになぁ、と思いながらちらっと後ろを見たら、ベアトリス様はじぃっと真剣な顔でこちらを見ていた。


「そういえば、草むしりをしたって言っていましたけれど、本当にきれいになってますね! あの鬱蒼としていた庭がすっきりしていて驚きました」

「はい、そうなんです! 頑張っちゃいました」

 ロイクさんは興味深そうに庭を眺めている。

「これも全て魔女のためにやっているんですか? そこまでする必要はないと思いますけれど」

「ただの自己満足ですが、ベアトリス様には少しでも綺麗なお屋敷で過ごしていただきたくて! 幽閉期間が終わるまでにはお屋敷とお庭を全部きれいにできたらなって思っています」

「へぇ、本当にあなたはお優しい方ですね」

 ロイクさんはどこか歪つな笑顔で言う。また違和感が胸をかすめる。

 ロイクさんは以前もベアトリス様のためにお屋敷を綺麗にしようと思うと言ったとき、嘲りを含む声で私を褒めた。
しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが

夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。 ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。 「婚約破棄上等!」 エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました! 殿下は一体どこに?! ・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。なぜか二歳児の姿で。 王宮の権力争いに巻き込まれ、謎の薬を飲まされてしまい、幼児になってしまったレオナルドを、既に他人になったはずのエリーゼが保護する羽目になってしまった。 殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか? 本当に迷惑なんですけど。 拗らせ王子と毒舌令嬢のお話です。 ※世界観は非常×2にゆるいです。     文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。  カクヨム様にも投稿しております。 レオナルド目線の回は*を付けました。

記憶喪失になった婚約者から婚約破棄を提案された

夢呼
恋愛
記憶喪失になったキャロラインは、婚約者の為を思い、婚約破棄を申し出る。 それは婚約者のアーノルドに嫌われてる上に、彼には他に好きな人がいると知ったから。 ただでさえ記憶を失ってしまったというのに、お荷物にはなりたくない。彼女のそんな健気な思いを知ったアーノルドの反応は。 設定ゆるゆる全3話のショートです。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さくら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

処理中です...