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18.悪魔 リュシアン視点③
①
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叔父であるルナール公爵から手紙が届いた。
以前、毒入り紅茶の件を話す約束をしたが、いろいろあって延期になってしまったため、改めて日を設けて欲しいとのことだった。
叔父上はジスレーヌが冤罪なのだと思っているようだ。
公爵の娘であるオレリアが令嬢たちの嘘が発覚した場面にいたので、父親に事情を話してくれたのだろう。
叔父上からの手紙には、婚約者がひどい嘘に巻き込まれ災難でしたねというようなことが書かれていた。
実際は嘘の証言はあったとはいえ、犯人はジスレーヌで間違いないのだが、冤罪だと思わせておいたほうが都合がいいので訂正しないでおくことにする。
うまく話を取り繕わなくては。
それにしても、叔父上が王位簒奪を目論んでいるなんて話を聞いてしまった後で会うのは憂鬱だった。
あの人はにこやかな笑みの裏で、俺を後継者の座から引きずり降ろそうと待ち構えているのだろうか。
数年前、パーティーで叔父上が貴族たちに不満を漏らすのを聞いてしまったときの、嫌な気持ちが蘇る。
憂鬱な気持ちを振り払い、馬車に乗り込んだ。
***
ルナール公爵邸につくと応接間に通された。
叔父上は機嫌の良さそうな笑みを浮かべて待っていた。ソファにはなぜかオレリアも腰掛けている。
「いや、リュシアン殿下。大変だったそうですね。ジスレーヌ様のこと、結局冤罪だったのでしょう?」
叔父上は眉根を寄せて、気の毒そうに言う。俺は平静を装ってうなずいた。
「はい。ジスレーヌに嫉妬した令嬢たちが嘘を吐いたようで……。私も彼女たちの話を鵜呑みにしてしまったことを深く反省しています」
「ジスレーヌ様には気の毒なことをしましたね。私も屋敷の管理者として胸が痛みます。殿下、どうかこれまで以上にジスレーヌ様を大切に扱ってあげてください」
叔父上は真面目な顔でそう言った。まるで本心からそう言っているように見えてしまうほど真剣な目だった。
「ジスレーヌ様を迎えに行ったのでしたっけ? もうベランジェの家に帰ったのでしょうか」
「そのことなんですが……。ジスレーヌとも相談して、幽閉期間が終わるまではひとまず王宮で匿い、期間が終わったら屋敷に帰すことにしました。冤罪騒動があったことは公にしないつもりです」
「それまたどうして?」
「ジスレーヌが、嘘を吐いた令嬢たちを気遣うのです。こんな嘘を吐いたことが知れたら、彼女たちは社交界にはいられなくなると……。混乱を避けるためにも、このことは公にしないことにしました」
もちろん大嘘だ。冤罪だったなんて大々的に公表したら、詳しく事件を捜査し直されるに決まっている。
そうすればジスレーヌがメイドを買収して毒を盛ったことがバレないとも限らない。事が大きくなって困るのはこちらなのだ。
「おお、ジスレーヌ様は何という慈悲深い方なのでしょう。その決断を尊重する殿下も立派です。わかりました。私もあなたたちの意見を尊重しましょう」
叔父上は感動したように何度もうなずき、冤罪事件を公にしないことを認めてくれた。
ひとまず一つ問題が解決し、ほっと息を吐く。
「しかし、おもしろいですね」
ほっとしたところで、叔父上がふと声を漏らした。
「なにがです?」
「いや、婚約者を陥れた令嬢を気遣ってあげるようになるなんて、リュシアン殿下も成長なさいましたね。失礼ながら、昔のあなたならすぐさまそのご令嬢たちを糾弾したのではないかと思いまして」
「そんなことはありません。言い出したのはジスレーヌですから」
「いいえ、あなたの決断も立派ですよ。しかし、ジスレーヌ様ではないのなら、毒は誰が入れたのでしょうね」
叔父上の目がぎらりと光る。思わず息を呑んだ。
大丈夫だ。叔父上は何も知らないはず。ジスレーヌの凶行は全て内密に片付けてきたので、叔父上はもちろん、オレリアだって知るはずがない。平静を装いさえすればわからないはずだ。
「……どうやら、メイドの一人が愚かな考えを起こしたようで」
「なるほど。メイドがですか。メイドが一人でそんな大それたことを考えて実行するなんて、油断なりませんね。裏で命じた人物がいるのではないかと疑ってしまいそうだ」
叔父上はそう言って笑う。その言い方に含みがあるように感じて困惑した。
まさか、ジスレーヌの本性に気づいているのだろうか。落ち着かない思いでテーブルの上のカップを見る。
同時に、被害者は俺なのにバレないようにごまかしてひやひやさせられる目にまで遭っている理不尽さにイライラしてきた。
王宮に戻ったらジスレーヌに枕でも投げつけようか。嫌っている牛の血の栄養剤でも無理矢理飲ませてもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、叔父上はふいに表情を緩めた。
以前、毒入り紅茶の件を話す約束をしたが、いろいろあって延期になってしまったため、改めて日を設けて欲しいとのことだった。
叔父上はジスレーヌが冤罪なのだと思っているようだ。
公爵の娘であるオレリアが令嬢たちの嘘が発覚した場面にいたので、父親に事情を話してくれたのだろう。
叔父上からの手紙には、婚約者がひどい嘘に巻き込まれ災難でしたねというようなことが書かれていた。
実際は嘘の証言はあったとはいえ、犯人はジスレーヌで間違いないのだが、冤罪だと思わせておいたほうが都合がいいので訂正しないでおくことにする。
うまく話を取り繕わなくては。
それにしても、叔父上が王位簒奪を目論んでいるなんて話を聞いてしまった後で会うのは憂鬱だった。
あの人はにこやかな笑みの裏で、俺を後継者の座から引きずり降ろそうと待ち構えているのだろうか。
数年前、パーティーで叔父上が貴族たちに不満を漏らすのを聞いてしまったときの、嫌な気持ちが蘇る。
憂鬱な気持ちを振り払い、馬車に乗り込んだ。
***
ルナール公爵邸につくと応接間に通された。
叔父上は機嫌の良さそうな笑みを浮かべて待っていた。ソファにはなぜかオレリアも腰掛けている。
「いや、リュシアン殿下。大変だったそうですね。ジスレーヌ様のこと、結局冤罪だったのでしょう?」
叔父上は眉根を寄せて、気の毒そうに言う。俺は平静を装ってうなずいた。
「はい。ジスレーヌに嫉妬した令嬢たちが嘘を吐いたようで……。私も彼女たちの話を鵜呑みにしてしまったことを深く反省しています」
「ジスレーヌ様には気の毒なことをしましたね。私も屋敷の管理者として胸が痛みます。殿下、どうかこれまで以上にジスレーヌ様を大切に扱ってあげてください」
叔父上は真面目な顔でそう言った。まるで本心からそう言っているように見えてしまうほど真剣な目だった。
「ジスレーヌ様を迎えに行ったのでしたっけ? もうベランジェの家に帰ったのでしょうか」
「そのことなんですが……。ジスレーヌとも相談して、幽閉期間が終わるまではひとまず王宮で匿い、期間が終わったら屋敷に帰すことにしました。冤罪騒動があったことは公にしないつもりです」
「それまたどうして?」
「ジスレーヌが、嘘を吐いた令嬢たちを気遣うのです。こんな嘘を吐いたことが知れたら、彼女たちは社交界にはいられなくなると……。混乱を避けるためにも、このことは公にしないことにしました」
もちろん大嘘だ。冤罪だったなんて大々的に公表したら、詳しく事件を捜査し直されるに決まっている。
そうすればジスレーヌがメイドを買収して毒を盛ったことがバレないとも限らない。事が大きくなって困るのはこちらなのだ。
「おお、ジスレーヌ様は何という慈悲深い方なのでしょう。その決断を尊重する殿下も立派です。わかりました。私もあなたたちの意見を尊重しましょう」
叔父上は感動したように何度もうなずき、冤罪事件を公にしないことを認めてくれた。
ひとまず一つ問題が解決し、ほっと息を吐く。
「しかし、おもしろいですね」
ほっとしたところで、叔父上がふと声を漏らした。
「なにがです?」
「いや、婚約者を陥れた令嬢を気遣ってあげるようになるなんて、リュシアン殿下も成長なさいましたね。失礼ながら、昔のあなたならすぐさまそのご令嬢たちを糾弾したのではないかと思いまして」
「そんなことはありません。言い出したのはジスレーヌですから」
「いいえ、あなたの決断も立派ですよ。しかし、ジスレーヌ様ではないのなら、毒は誰が入れたのでしょうね」
叔父上の目がぎらりと光る。思わず息を呑んだ。
大丈夫だ。叔父上は何も知らないはず。ジスレーヌの凶行は全て内密に片付けてきたので、叔父上はもちろん、オレリアだって知るはずがない。平静を装いさえすればわからないはずだ。
「……どうやら、メイドの一人が愚かな考えを起こしたようで」
「なるほど。メイドがですか。メイドが一人でそんな大それたことを考えて実行するなんて、油断なりませんね。裏で命じた人物がいるのではないかと疑ってしまいそうだ」
叔父上はそう言って笑う。その言い方に含みがあるように感じて困惑した。
まさか、ジスレーヌの本性に気づいているのだろうか。落ち着かない思いでテーブルの上のカップを見る。
同時に、被害者は俺なのにバレないようにごまかしてひやひやさせられる目にまで遭っている理不尽さにイライラしてきた。
王宮に戻ったらジスレーヌに枕でも投げつけようか。嫌っている牛の血の栄養剤でも無理矢理飲ませてもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、叔父上はふいに表情を緩めた。
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