(完結) 声

水無月あん

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ヨリ

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掃除を終えたヨリは、鳥かごから出て、扉を閉め、遠慮がちに振り返った。
自分がでてきたばかりの大きな鳥かごは、17歳にしては、背の低いヨリを見下ろすようにそびえたっている。

ヨリは目を細めた。
金で複雑に編まれた鳥かごがまぶしすぎるから。でも、ヨリは見るのをやめない。
この豪華な鳥かごの小さな主を見る機会は、この時だけだから。

金の網目からのぞく、小さな主は、金細工の枝に優雅にとまっていた。
海のような色をした瞳で、どこか遠くを見つめ、美しい火のような羽は、今日も燃えるように赤く輝いている。

(本当に、美しいわ!)

ヨリは、息をのんで見つめた。

(どんな声なのかな?)

そう思ったが、そのつぶやきを、口にだすことは決してない。

鳥様に声をかけてはならない。

それは、鳥様の世話係を取り仕切るこの国の宰相から、最も厳しく言われていることだ。
そして、その宰相はヨリの父親でもある。

鳥様のことを小さい頃から聞いて育ったヨリは、鳥様に憧れていた。
父親に頼み込み、貴族令嬢としては珍しく、1年前から鳥様の掃除係として働いている。
が、それも、あと一か月しかない。婚約者との結婚までという約束だったからだ。

鳥様に関しては、他にも注意はある。

鳥様のお姿をじろじろ見てはいけない。
もちろん、自ら触れるなど、言語道断。

鳥様の鳥かごの掃除係は、決められた時間に掃除をするだけ。
鳥様のお気を乱さないように。
もしやぶれば、国王様より厳罰がくだる。

そう、父親からは口酸っぱくなるほど注意された。

ヨリは、はじめこそ、緊張しながら、床ばかり見て掃除をしていたが、今では、掃除を終え、鳥かごを出た時に、ふりかえって、その美しいお姿を盗み見るのが楽しみになっていた。

それほど、鳥様に魅了されているから。

しかし、一つ残念なことは、鳥様の声を聞いたことがない。
あんなに美しいお姿なら、声もさぞ美しいだろうと、ヨリは想像していた。

ふと、鳥様と同じ海の色をした瞳を持つ青年の顔が浮かんだ。
彼の名は、サク。鳥様に興味を持っているのか、私が鳥様の掃除係だと知り、声をかけてきた。
おだやかで、優しい青年で、人見知りのヨリも彼と話すのは楽しい。

そのサクが、念願叶って、ついに、鳥様の食事係になった。
喜ぶサクを見て、ヨリも心から嬉しかった。

いつも、おだやかな海のような瞳が、燃えているように見えたことを思い出す。
ヨリの顔が、ふわっと熱くなった。

(一度でいいから、サクと一緒に、鳥様の声を聞きたい)

これも決して口にしてはいけない。
ヨリは、こっそりと心の中だけで願った。
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