(完結) 声

水無月あん

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国王ゲイル

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豪華な絹の衣をなびかせて、国王ゲイルは鳥かごに足をふみいれた。

「私にまだ、声を聞かせるつもりはないのか? アカツキよ」

暁とは、国王ゲイルが鳥につけた名だ。この国で、この鳥に唯一声をかけられるゲイル。
ただ、国王と自分で名乗ってはいるが、おさめているのは、今や、とても小さな地域だけだ。

10年ほど前、この大陸は、ひとつの大きな国で、ゲイルは王の側近だった。
そして、ゲイルは、偶然、この特別な鳥を捕らえた。

体の色は火のように赤く、瞳には海の色を持ち合わせる美しい鳥を従える者が、国を率いる。
そんな言い伝えがある伝説の鳥だ。

ゲイルは、王になりたいと思った。なれると思った。伝説の鳥を捕らえたのだから、と。

すぐさま、ゲイルは謀反をおこした。
伝説の鳥を信じる者たちを味方につけ、油断していた王を討った。自分に従わない者たちも、力でねじ伏せた。
謀反は、恐ろしいほどに、うまくいった。そして、ゲイルが国王になった。

だが、次第に、恐怖で支配していくゲイルから逃れる者がでてきた。そして、その者たちは、それぞれに、小さな国をおこした。
この10年、戦いを繰り返すうち、ゲイルの領地は、どんどんとせまくなり、今や、ゲイルは心身ともに疲弊しきっている。

最高の職人に、金に糸目をつけずに作らせた鳥かごの中、国王に見向きもせずに、遠くを見つめたままの鳥を見て、ゲイルは深くため息をついた。
そして、何度も何度もわきあがってくる不安が、また押し寄せてくる。

もしや、この鳥は、伝説の鳥ではなかったのかもしれない…。
それとも、この鳥を捕まえたものの、声をあげぬのは、私を主とは認めていないのか…。
そうなると、私が国を率いる器にないということ。

なぜなら、伝説には、この鳥を従える者が国を率いるということのほかに、鳥が従う主を見つけた時、声を発するということも言い伝えられているからだ。

10年待った。だが、未だ、一度も声を発しない鳥。

ゲイルは首を横にふり、己の不安を打ち消した。

そして、思った。

時がくれば、暁は、声を発するだろう。今は信じて待とう。
伝説の鳥、暁が声をだせば、私に再び波がくる。離れていった者たちもひれ伏すだろう。
鳥を見つけた私が、間違いなく、暁の主だ。

カラン、カラリ。

鳥かごの外で、小さな鐘の音がした。

主は鳥かごをでて、扉の外に声をかけた。

「何の用だ」

「おそれながら、鳥様のお食事の時間にございます」

扉越しに声がかえって来た。

「わかった」
ゲイルはそう答えると、灰色の長い髪をゆらし、鳥かごのある部屋をでた。
扉の外には、金の盆を持った鳥の食事係の青年が、頭を低くして、ゲイルが通り過ぎるのを待っている。

「ご苦労」
おざなりに声をかけ、ゲイルは青年の前を通り過ぎた。

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