(本編完結・番外編更新中)あの時、私は死にました。だからもう私のことは忘れてください。

水無月あん

文字の大きさ
129 / 135
番外編

ラナから花へ 26

しおりを挟む
「そりゃあ、あんな妙ないい方をされたら、危なくって、あの母親に本当のことなんて言えないわよね? どう考えても、花ちゃんと守が友人であることを望んでいないようなニュアンスだったから……。まあ、でも、私は、それよりも前から、……つまり、花ちゃんの過去を話してもらった時、妹が守を気に入ってたっていうあのエピソードを知った時点で、今はまだ、花ちゃんと守が友達だってことは、あの母親に気づかれてはいけないって思ってたわ。頭に強烈な警告音が鳴り響いたんだから! 私のこの警告音はよくあたるのよね」

「知ってる。春さんの勘は、完全に野生だからな……」
と、森野君。

「野生の勘と、あんこを侮るなかれよ、守!」

「別に、侮ってはいないけど……。しかも、なんで、ここで、また、唐突にあんこがでてくるんだ?」

あきれたような表情で、森野君が春さんに聞いた。

「守。あんこはね、私の話には、いつ、なんどきでも突然現れるわよ。当り前じゃない? だって、私は、あんこがだい、だい、だい、だい、だーい好きで、いつだって、あんこ愛があふれでてくるんだから!」
と、春さんは力強く宣言した。

「へえ……」

まるで興味がなさそうな森野君。
春さんは、そんな森野君から、私に視線をうつして聞いてきた。

「花ちゃんって、あんこパイは好き?」

「え? あんこ……パイ、ですか……?」

あんこパイ……とは、やっぱり、あんこが入ったパイってことだよね……?
生まれてこのかた、「あんこパイ」と口にだしたことも、特別、興味をもったこともなかったかと思う。

「あんこパイは、中にあんこが入ったパイのことよ」

とまどう私に、春さんがすかさず説明してくれた。

「そのまんまか……。あのな、春さん。花は、あんこパイの意味がわからないんじゃなくて、突然、そんなおかしな質問をする春さんの意図がわからなくて、驚いてるだけだから……」

ため息交じりに森野君が言ったけれど、春さんは、笑顔のまま、私を見ている。
私はとまどいつつも、質問に答えた。

「ええと、あんこパイを食べたことはないんですが……でも、多分、好きだと思います。パイもあんこも、大好きだから」

「あのな、花……。こんなどうでもいい質問に、そんなに丁寧に答えなくていいんだからな?」

「こら、守! あんこにまつわる質問で、どうでもいいなんてことは、なにもないんだからね!?」

春さんは森野君にぴしっと言った後、私に向かって、満面の笑みをうかべた。

「花ちゃんが、あんこパイを好きになってくれそうで嬉しい! 近所に私のお気に入りの素敵な洋菓子屋さんがあるんだけど、そこは、洋菓子店でありながら、あんこを使った洋菓子がいっぱいあるの! なかでも、あんこパイが本当に絶品なのよ。花ちゃんに今度、食べてもらおうっと」

「ちょっと、春さん……。なんで、あんこパイの話に急に飛んだのか、全く意味がわからないんだが? とにかく、今は、あんこパイの話は関係ないんじゃないか」

「フフフッ、甘いわね、守。関係ないどころか、おおありよ! 守、あんこにつながる話をよーく聞いてなさいね。ということで、花ちゃん、続きを話すわね。そこのお店のあんこパイはね、見た目は完全なる洋菓子。りんごとか、チョコレートとか、クリームが入ってそうな見かけなのよね。だから、まさか、その中に、つやつやとした和のあんこを隠し持っているだなんて、驚きよ。実際食べるその時まで、中身を相手に悟らせない、見事なあんこパイ。……そんな、あんこパイのように、花ちゃんと守が友達だっていう真実をまるっとかくして、花ちゃんと私が出会った話をつくりあげて、母親に伝えといたわ」

「春さん……。なんだ、そのやたらとややこしい例えは……。こんな時まで、無理やり、あんこに絡めてこなくてもいいんだけど……。とにかく、要約すると、春さんは、あのクソ親に、花と俺が友人だということを隠して、花と春さんがどうして知り合ったのか、作り話をでっちあげたってことでいいんだよな?」

森野君が、春さんに向かって念をおすように聞いた。

「ちょっと、守。その言い方……! でっちあげただなんて言ったら、身も蓋もないでしょう? 私は、あんこを害してこようとする相手に、中身の大事なあんこの存在を悟られないよう、とっさに、別の作り話でくるんでみたのよ。……あ、でも、作家なのに、そんな程度の作り話? とか、そういう厳しい感想だけはやめてよ、守。言い訳すると、本当に緊急で、とっさに口からでただけの作り話だから。クオリティは求めないでよ?」

「春さん……。俺をなんだと思ってるんだ!? 俺だって人並みには気をつかうし、人を傷つけるようなことは、敵認定しない限り言わないようにしてるんだけど?」
と、不服そうな顔をした森野君。

「ええっ? もしかして、守、自覚がないの?」

「自覚って何が?」

「花ちゃん以外の他人には、辛口、毒舌、不親切、あるいは、興味なかったり、たまに極寒の目をしている。みんな、とりつくろった見た目にだまされてるけど、守って、だいたいこんな感じじゃない?」

「はあ……? ちょっと、春さん。なんだ、その失礼な羅列は? 全部兼ね備えてたら、俺って、最悪じゃないか?」

「うーん、でも、そんな感じなんだよね、守は。まあ、自覚症状がないから気づかないか……。そういうところも典型的な森野病だよね。ほんと、みっちゃにだけ激甘の兄さんみたいだわ」

「いや、だから、俺は父さんには似ても似つかないし、似たくもないし、似るはずもない」

不満そうな声をあげる森野君。

ふたりの仲の良さに、思わず、クスッと笑ってしまった。
本当に、ふたりといると楽しいし、心があたたまって、軽くなる。

これから、春さんが、さっきの電話のことを説明するにあたって、お母様の不穏な言葉が続くのかな。
だから、その前に、春さんができるだけ場を和ませてくれているんだと思う。

春さんの気づかいを察した森野君もまた、私を思って、積極的にのっていっているというか……。

本当に、ふたりとも優しいよね……。
優しくて、優しくて、言葉では言い表せないほど、優しい……。

その大きな優しさに包まれて、思わず、涙がでそうになった。

優しいふたりに、これ以上、あまり心配かけないように、思ったことを、きちんと伝えておこう。

「春さん、森野君、本当にありがとうございます。私を気づかって、明るい気もちにさせてくれて……。でも、もう、私は大丈夫です。どんなお母様の言葉を聞こうが、これからは、自分の心の中にとりこむのはやめます。お母様のことを聞くときは、自分の心をできるだけ離して聞きます。……だから、春さん。遠慮なく、話を続けてください」

私の言葉に、少し驚いたように目を見開いた春さん。
すぐに、嬉しそうに微笑んだ。

「わかった、じゃあ、そうするわ。……それにしても、花ちゃんには今日会ったばかりだけど、この数時間の間に、どんどん頼もしくなっていくね! 花ちゃんのお察しのとおり、私が電話で話したことを説明するには、どうしても、あの母親のセリフがでてくる。できるだけ、やわらかくアレンジしてみても、元が元だから、マシュマロにはならないんだよね」

「春さん……。いくらなんでも、それは無理すぎるだろう? 毒針はマシュマロにはならない」
と、森野君。

「毒針って……まあ、確かに、そっちのほうが近いわね。だけど、こんなに優しい花ちゃんには、できたら、マシュマロで伝えたいじゃない!? でも、あの母親が言うことを、見せかけだけマシュマロに寄せても本質は何もかわらないしね。心配してたけど、今の花ちゃんの言葉を聞いて安心したわ! こうなったら、私は、あの母親が発した言葉をそのまま言うけれど、花ちゃん自身が必要な言葉は、その中には、なにひとつない。だから、興味のない放送が勝手に流れていると思って、花ちゃんは淡々と聞き流してね。その分、守が細かく聞いて、言外にあの母親が考えていることを推理して、今後の作戦に役立ててもらう。そういうの得意でしょう、守?」

森野君がうなずいた。

「花の聞きたくないことは俺が聞く。花の見たくないことは俺が見る。花の心を守りたいんだ」

そう言って、真剣なまなざしで私を見つめてきた森野君。
その瞳は明るい光で満ちている。

その光に、私は何度も何度も助けられてきた。
お母様やルリのことで、地の底に落ちたような気持ちになっても、何度も何度も救いあげられた。

森野君がいてくれたから、私は今こうしていられる。

そうか……。

ラナだったときも、私は不幸だったわけじゃないんだ。
だって、森野君に出会えたんだから。

円徳寺の家に養女になったから、あの学園にはいることができた。
あの学園にはいったから、私は森野君に出会えたんだ。

神様なんていないとずっと思っていたけれど、私は大きな力に見守られていたのかもしれない。
沢山、悲しんだり、苦しんだりしたけれど、私にとったら、森野君に出会えたことが、他の何にもかえることのできない幸運だったから。

そう気づいた時、ラナだった今までの自分のことも、ごく自然に受け入れられた気がした。




※ 読みづらいところや誤字もあると思いますが、読んでくださった方々、本当にありがとうございます!
いいね、エールもいただき、本当に嬉しいです。励みにさせていただいています!

しおりを挟む
感想 467

あなたにおすすめの小説

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

結婚式をボイコットした王女

椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。 しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。 ※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※ 1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。 1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。

藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。 学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。 入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。 その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。 ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

幼馴染の王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 一度完結したのですが、続編を書くことにしました。読んでいただけると嬉しいです。 いつもありがとうございます。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

【完結】わたしの婚約者には愛する人がいる

春野オカリナ
恋愛
 母は私を「なんて彼ににているのかしら、髪と瞳の色が同じならまるで生き写しだわ」そう言って赤い長い爪で私の顔をなぞる仕種をしている。  父は私に「お前さえいなければ、私は自由でいられるのだ」そう言って詰る。  私は両親に愛されていない。生まれてきてはいけない存在なのだから。  だから、屋敷でも息をひそめる様に生きるしかなかった。  父は私が生まれると直ぐに家を出て、愛人と暮らしている。いや、彼の言い分だと愛人が本当の妻なのだと言っている。  母は父に恋人がいるのを知っていて、結婚したのだから…  父の愛人は平民だった。そして二人の間には私の一つ下の異母妹がいる。父は彼女を溺愛していた。  異母妹は平民の母親そっくりな顔立ちをしている。明るく天使の様な彼女に惹かれる男性は多い。私の婚約者もその一人だった。  母が死んで3か月後に彼らは、公爵家にやって来た。はっきり言って煩わしい事この上ない。  家族に愛されずに育った主人公が愛し愛される事に臆病で、地味な風貌に変装して、学園生活を送りながら成長していく物語です。  ※旧「先生、私を悪い女にしてください」の改訂版です。

言い訳は結構ですよ? 全て見ていましたから。

紗綺
恋愛
私の婚約者は別の女性を好いている。 学園内のこととはいえ、複数の男性を侍らす女性の取り巻きになるなんて名が泣いているわよ? 婚約は破棄します。これは両家でもう決まったことですから。 邪魔な婚約者をサクッと婚約破棄して、かねてから用意していた相手と婚約を結びます。 新しい婚約者は私にとって理想の相手。 私の邪魔をしないという点が素晴らしい。 でもべた惚れしてたとか聞いてないわ。 都合の良い相手でいいなんて……、おかしな人ね。 ◆本編 5話  ◆番外編 2話  番外編1話はちょっと暗めのお話です。 入学初日の婚約破棄~の原型はこんな感じでした。 もったいないのでこちらも投稿してしまいます。 また少し違う男装(?)令嬢を楽しんでもらえたら嬉しいです。

【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした

凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】 いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。 婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。 貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。 例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。 私は貴方が生きてさえいれば それで良いと思っていたのです──。 【早速のホトラン入りありがとうございます!】 ※作者の脳内異世界のお話です。 ※小説家になろうにも同時掲載しています。 ※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

処理中です...