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番外編
ある子息の初恋 19
「メアリー、ここから離れよう」
メアリーの耳元で声をかけ、握った手に力をこめた。
メアリーがびくっとして、やっと僕のほうを振り返った。
うっすら上気した顔で、まるで夢のなかにいるようにぼんやりとしているメアリー。
こんなに近くにいるのに、その目を見れば、メアリーには僕が見えていないことが痛いほど伝わってくる。
でも、傷ついている場合じゃない。
アーノルド様とメアリーの噂を思い出し、ひそひそと話し出す人たちが現れているのに、ここにいたらいけない。
メアリーが噂の人物だと気づかれる前に、ここを離れないと……。
僕はぼんやりしたままのメアリーの手をひき、アーノルド様たちがいるところとは逆方向にむかって、歩き出そうとした。
その瞬間、メアリーは驚くほど強い力で僕の手をふりはらった。
「メアリー……?」
「あ、ごめんなさい……ジョイス。いきなりでびっくりしたから」
と、気まずそうに僕を見たメアリー。
ぼんやりしていたメアリーと違い、夢からさめたような顔をしている。
手をふりはらわれたのはショックだったけれど、今なら、僕の声が届くはず。
僕はまわりに聞こえないよう声を落として、耳元でささやいた。
「メアリー。すぐにここから離れよう。君の噂を思い出した人たちがいる」
メアリーは首を横にふった。
「いえ、離れないわ」
「え、なぜ……?」
「それは……オズワルド様やリンダ様が近くにいらっしゃるのに、今ここで動いたら失礼だし、かえって目立ってしまうわ。それに、あの噂は真実ではないから、何を言われようが私は大丈夫。私は悪くないんだから逃げる必要なんてないもの」
「でも、メアリー……」
君があれだけ心をよせていたアーノルド様が、すぐ近くにいるじゃないか!
いや、心をよせているのは、今もなのか……!?
現に、さっきまで、アーノルド様を見て、魂がぬけたように動けなくなっていた。
やはり、アーノルド様のほうがいいのか……?
確かに、アーノルド様相手に僕ではなんの勝ち目もないけれど、……それでも、メアリーは僕と結婚すると言ってくれただろう!?
それなのに、こんな結婚間際になって、メアリーがアーノルド様を見てしまうなんて……。
アーノルド様が目に入らないところに、早くメアリーを連れさりたい……。
この場で見てしまったアーノルド様の姿も、メアリーの心からすぐさま消してしまいたい!
不安、嫉妬、恐れ、口にはだせないような黒々とした思いがぐちゃぐちゃになって、あふれだしてくる。
すると、メアリーは僕の思いを察したかのように、ささやいてきた。
「ジョイス、私は大丈夫よ。アーノルド様……いえ、あの方を久々に目にして、確かに驚いたけれど、ただ、それだけなの……。それに、今の私はジョイスの婚約者よ。私たちは、もうすぐ結婚するんですもの。だから、そんなに心配しないで。ジョイス、私を信じて」
メアリーはそうささやくと、僕にむかってきれいに微笑んでみせた。
1年間、メアリーのそばにいたから、その微笑みが外向きのつくられた笑みだとわかる。
けれど、その笑みに隠された本心まではわからない。
が、メアリーの言葉どおりだと信じたい……。
その時、オズワルド様たちを食い入るように見ていたブルーノ子爵夫人が、ほーっと、大きく息をはいた。
「第二王子のオズワルド様も王子妃のリンダ様もお美しいけれど、ご友人の方は驚くような美貌だわ! なんて素敵な方なのかしら。目が奪われてしまうわね。……ねえ、メアリーさん。そう思わない?」
と、いきなり、メアリーのほうにふってきた。
もしかして、アーノルド様と噂のあったメアリーにあてこすりを言っているのかと一瞬警戒する。
が、ブルーノ子爵夫人の邪気のない顔を見れば、ただ単に思ったことを口にしただけで、メアリーがアーノルド様と噂のあった人物だとは気づいていないようだ。
「ええ、本当に。目を奪われますわね」
メアリーはそう言ったあと、声を落としてぼそぼそぼそとつぶやいた。
「え? なにか言ったかしら? ちょっと聞こえなくて」
ブルーノ子爵夫人が首をかしげる。
「いえ、ブルーノ子爵夫人のお言葉に同意しただけです」
「そうよね! 社交界でお見かけしたことはなかったから驚いたわ。あんな素敵な殿方がいらしたなんて……。ご令嬢たちは明日から大騒ぎね」
楽しそうに話すブルーノ子爵夫人に、メアリーが外向きの笑顔でうなずいている。
そんな笑顔のふたりを前にして、僕の顔は一気にこわばった。
さっき、ブルーノ子爵夫人の問いかけに、「ええ、本当に。目を奪われますわね」と答えた後、メアリーがなんてつぶやいていたのか。
すぐそばに立っている僕には、かすかに聞こえてきたから。
(……何年たとうがかわらない。いつだって、私はあのひとに目をうばわれるのね)
メアリーは確かにそう言ったと思う。
外向きの笑顔の奥に隠されたメアリーの気持ちが垣間見え、僕の心は悲鳴をあげた。
※ 不定期な更新で読みづらいところも多々あると思いますが、読んでくださっている方々、ありがとうございます! お気に入り登録、いいね、エールもありがとうございます!
とても嬉しく、励みにさせていただいております!!
メアリーの耳元で声をかけ、握った手に力をこめた。
メアリーがびくっとして、やっと僕のほうを振り返った。
うっすら上気した顔で、まるで夢のなかにいるようにぼんやりとしているメアリー。
こんなに近くにいるのに、その目を見れば、メアリーには僕が見えていないことが痛いほど伝わってくる。
でも、傷ついている場合じゃない。
アーノルド様とメアリーの噂を思い出し、ひそひそと話し出す人たちが現れているのに、ここにいたらいけない。
メアリーが噂の人物だと気づかれる前に、ここを離れないと……。
僕はぼんやりしたままのメアリーの手をひき、アーノルド様たちがいるところとは逆方向にむかって、歩き出そうとした。
その瞬間、メアリーは驚くほど強い力で僕の手をふりはらった。
「メアリー……?」
「あ、ごめんなさい……ジョイス。いきなりでびっくりしたから」
と、気まずそうに僕を見たメアリー。
ぼんやりしていたメアリーと違い、夢からさめたような顔をしている。
手をふりはらわれたのはショックだったけれど、今なら、僕の声が届くはず。
僕はまわりに聞こえないよう声を落として、耳元でささやいた。
「メアリー。すぐにここから離れよう。君の噂を思い出した人たちがいる」
メアリーは首を横にふった。
「いえ、離れないわ」
「え、なぜ……?」
「それは……オズワルド様やリンダ様が近くにいらっしゃるのに、今ここで動いたら失礼だし、かえって目立ってしまうわ。それに、あの噂は真実ではないから、何を言われようが私は大丈夫。私は悪くないんだから逃げる必要なんてないもの」
「でも、メアリー……」
君があれだけ心をよせていたアーノルド様が、すぐ近くにいるじゃないか!
いや、心をよせているのは、今もなのか……!?
現に、さっきまで、アーノルド様を見て、魂がぬけたように動けなくなっていた。
やはり、アーノルド様のほうがいいのか……?
確かに、アーノルド様相手に僕ではなんの勝ち目もないけれど、……それでも、メアリーは僕と結婚すると言ってくれただろう!?
それなのに、こんな結婚間際になって、メアリーがアーノルド様を見てしまうなんて……。
アーノルド様が目に入らないところに、早くメアリーを連れさりたい……。
この場で見てしまったアーノルド様の姿も、メアリーの心からすぐさま消してしまいたい!
不安、嫉妬、恐れ、口にはだせないような黒々とした思いがぐちゃぐちゃになって、あふれだしてくる。
すると、メアリーは僕の思いを察したかのように、ささやいてきた。
「ジョイス、私は大丈夫よ。アーノルド様……いえ、あの方を久々に目にして、確かに驚いたけれど、ただ、それだけなの……。それに、今の私はジョイスの婚約者よ。私たちは、もうすぐ結婚するんですもの。だから、そんなに心配しないで。ジョイス、私を信じて」
メアリーはそうささやくと、僕にむかってきれいに微笑んでみせた。
1年間、メアリーのそばにいたから、その微笑みが外向きのつくられた笑みだとわかる。
けれど、その笑みに隠された本心まではわからない。
が、メアリーの言葉どおりだと信じたい……。
その時、オズワルド様たちを食い入るように見ていたブルーノ子爵夫人が、ほーっと、大きく息をはいた。
「第二王子のオズワルド様も王子妃のリンダ様もお美しいけれど、ご友人の方は驚くような美貌だわ! なんて素敵な方なのかしら。目が奪われてしまうわね。……ねえ、メアリーさん。そう思わない?」
と、いきなり、メアリーのほうにふってきた。
もしかして、アーノルド様と噂のあったメアリーにあてこすりを言っているのかと一瞬警戒する。
が、ブルーノ子爵夫人の邪気のない顔を見れば、ただ単に思ったことを口にしただけで、メアリーがアーノルド様と噂のあった人物だとは気づいていないようだ。
「ええ、本当に。目を奪われますわね」
メアリーはそう言ったあと、声を落としてぼそぼそぼそとつぶやいた。
「え? なにか言ったかしら? ちょっと聞こえなくて」
ブルーノ子爵夫人が首をかしげる。
「いえ、ブルーノ子爵夫人のお言葉に同意しただけです」
「そうよね! 社交界でお見かけしたことはなかったから驚いたわ。あんな素敵な殿方がいらしたなんて……。ご令嬢たちは明日から大騒ぎね」
楽しそうに話すブルーノ子爵夫人に、メアリーが外向きの笑顔でうなずいている。
そんな笑顔のふたりを前にして、僕の顔は一気にこわばった。
さっき、ブルーノ子爵夫人の問いかけに、「ええ、本当に。目を奪われますわね」と答えた後、メアリーがなんてつぶやいていたのか。
すぐそばに立っている僕には、かすかに聞こえてきたから。
(……何年たとうがかわらない。いつだって、私はあのひとに目をうばわれるのね)
メアリーは確かにそう言ったと思う。
外向きの笑顔の奥に隠されたメアリーの気持ちが垣間見え、僕の心は悲鳴をあげた。
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