氷の契約魔導士、戦線復帰す

ツヅラ

文字の大きさ
23 / 30
第三作戦 炎と氷

08

しおりを挟む
 現代において、海でブイを見たら、すぐに逃げろと教わる。

 それは、海面でこちらの様子を伺うデドリィのことがあるからだ。
 実際に、そういった事例は多く、今でも、毎年二桁の事例が報告されている。

「ん? おい、あれ……」

 護衛艦に乗っていた一人が、海上に漂う黒いそれを見つけた。
 すぐに近くの仲間へ声をかければ、それを聞いた者もすぐに双眼鏡で、ブイのようなそれを確認する。

「――デドリィ!! 7時の方向、距離500!」

 直後、海上に警告音が鳴り響いた。

 砲撃音が鳴り響き、海面が不自然に大きく波打つ様子を眼下に捕らえながら、ガリーナたちは遠くに見え始めた小さな海上の塊へ目を凝らす。

「ありゃ、もうダメだな」

 護衛艦と呼ぶには、海上に浮いている船体が太く、やや小さい。
 既に、デドリィが船底に取り付き、船を侵食している。

 その状態では、船底近くの乗員は、既にデドリィの発する熱で、蒸し焼かれている上、状況によっては、船底からデドリィの侵入している可能性も高い。その上、浸水していれば、沈没は免れない。
 絶望的な状況と言えるだろう。

 船を捨て、海に逃げるにも、船周辺は既にデドリィが巣食っていて、小型のボートなどすぐに沈められる。
 生身で飛び込み、煮えたぎる海水に堪えながら、自らの命を天に任せるのが、最も生存の可能性が高いというのは、なんとも惨めである。

「――本当、バカにしてる」

 ガリーナは吐き捨てるように、そう言い放つと、既にデドリィたちの足場と化し始めている護衛艦を見下ろす。

「お前たちは、周囲のデドリィを倒していなさい」
「了解」

 部下たちが、護衛艦の周囲にいるデドリィたちを討伐に向かうのを確認すると、ガリーナは護衛艦を見下ろす。
 甲板は傾き、既に動かない黒い塊ばかりが張り付いている。

 そんな黒い塊の中を蠢く、少し光を反射するように白色が見える黒い塊。
 甲板を這っては、船首に向かって手を伸ばしている。

「…………」

 ガリーナはその様子を、じっと見下ろしていた。
 そして、ひとつ瞬くと、その白銀の髪が、燃え盛る炎のように赤く輝き出す。

「全ては、デドリィを倒すためよ。呪うなら、自分の弱さを呪いなさい」

 全ては命令だ。
 この任務を失敗するようなことがあれば、世界が、人々が危険に晒される。

 だから、確実に、迅速に、任務を完遂するデドリィを倒す

 巨大な魔方陣が空に現れると、炎が渦巻き、護衛艦を海面に固定していた新たな大地ごと焼き尽くした。


「――ッあいつら、船ごと焼きやがったッ……!!」

 海の上に突然現れた、巨大な炎の塊に、我妻が叫ぶ。

 護衛艦からの救援信号に、どの部隊が応じているかは、まだ把握できていない。
 だが、護衛艦の爆発でもなく、あれほどの巨大な炎が突然現れるのは、魔法以外にありえない。

 そして、その魔法の使用者も、炎の契約魔導士以外にありえなかった。

「……いっそのこと、引き返したいな」

 無線は繋げず、久保が苦笑いでぼやいた。

 帰還途中に受けた救援信号に、すぐさま出撃したが、あの炎を見る限り、既に戦闘は終わっている。
 本部にも連絡をしてしまった手間、少なくとも現場で、デドリィの反応がないことを確認しない限り、引き返すわけにもいかない。

 とはいえ、その現場にいるのが、ガリーナを含めたロシアの契約魔導士の部隊ともなれば、頭も痛くなる。
 そっと、隊長である加賀谷へ目をやるが、その横顔からは、どのようなことを考えているかは理解できなかった。


「今更、到着? 相変わらず、のろまね」

 久保の予想通り、加賀谷たちがやってくると同時に、ガリーナから冷ややかな言葉と、視線が送られた。

「デドリィは、もう殲滅済み。そんなにのろまじゃ、被害が広がるだけじゃない」
「そうですか」

 部隊全体で嘲るような雰囲気に、久保は内心苛立つ。
 だが、加賀谷は気にした様子もなく、ガリーナたちの部隊を見渡す。

「救助者は?」
「いないけど」

 明らかに、眉をひそめるガリーナに、加賀谷は海へ沈んでいく、炎の塊へ目を向けた。

「なに? デドリィの拠点になった船は、船ごと破壊する。当たり前の事でしょ」

 それは、世界的にも当たり前の戦略だ。

 生きている人間を探しに船内に入り、結果的に、デドリィの被害を増やすくらいなら、船ごと破壊する。
 だからこそ、もし船内でデドリィの襲撃を受けた時は、とにかく甲板を目指せと教わる。
 甲板であれば、救助される可能性があるからだ。

「…………」

 救援信号の受信から、数十分。
 ガリーナたちより遅くなったが、迅速な到着であったはずだ。
 だが、救助された人は、誰もいなかった。

「本当に、アンタ、契約魔導士なわけ? そんな甘ったるい考えで、弾避けどころか、凶弾になろうってわけ?」

 加賀谷を睨み、吐き捨てるガリーナに、オニが小さく窘めるように呼びかければ、ガリーナは舌打ち混じりに顔を逸らす。

「あぁ……そっか! 日本は、資源がないものね! デドリィのおさがりでもほしかったわけね!」

 やたらと明るい声と笑顔で問いかけるガリーナに、オニも動揺したように、ガリーナにハッキリ呼びかければ、坪田や久保もまた、ゴーグルの下で小さく目を細めた。

 これだけバカにされては、さすがに黙っているわけにはいかない。
 だが、感情的に声を荒げるわけにも、隊長である加賀谷を差し置いて、口を挟むわけにもいかない。

 しかし、特に何の感情も抱いていないような加賀谷の表情は、何か言い返すようなこともしなさそうだ。
 後々、加賀谷を含め、自分が何を言われようとも、こればかりは口にするしかないと、坪田が口を開こうとした時だ。

「――海に飛び込んだ人も、いませんでしたか?」

 加賀谷が静かに問いかけた言葉に、坪田も開きかけた口を閉じ、加賀谷に訝し気に視線を向ける。

 既に、自分たち以外に、周囲に生命反応がないことは、探索術式で把握している。
 それでも、静かに、ガリーナへ問いかける加賀谷に、ガリーナも目を細め、苛立った様子で返す。

「あの状態から助かる人がいるとでも? それより、早急に倒して、被害を最小限に抑えるのが、私たちの任務でしょ」

 すでに死ぬと覚悟した命が、本当に死んだだけ。
 それで、デドリィの大規模な侵攻を防げたなら、死んだ隊員たちも浮かばれる。

「……そうですか。なら、これがの被害だったんでしょうね」

 淡々と述べる言葉に、ガリーナは、息をつめて、顔を赤くした。

「――隊長! 作戦は終了しています! 帰還しましょう!」

 だが、次の言葉を口にするよりも早く、叫ぶように遮ったオニの言葉に、勢いよく振り返ると、舌打ちと共に頷いた。

 海に沈んだ炎の塊が、最後の波を立てた頃、加賀谷も帰還しようと振り返れば、久保が口を抑えていた。
 久保だけではない。坪田も微かに顔を逸らしている。

「え゛、な、なんですか……?」

 この反応は、自分が何かをやらした時だと、慣れてきた感覚に、久保に問いかければ、笑い混じりに答えられた。

「いや、隊長が煽り返すとは思わなくて」
「煽……え? えっ!? 煽って……!?」
「自分は良いと思いますよ。アレくらい、毎回言い返しても」
「い、意味がわから……いや、えっと、と、とりあえず、戻ってからにした方がいいですね!? みなさん、疲れてるでしょうし!」
「了解です。では、総員帰還する!」

 少し笑いが混じった坪田の声が響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

処理中です...