死にたがり薬剤師の調剤日誌

ツヅラ

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風邪薬にはご用心

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 仕事っていうのは、大抵の場合、人手不足だ。
 医療関係もそれは変わらない。むしろ、看護師はひどいかもしれない。
 インフルエンザにかかった方が悪い。
 なんなら、検査キットは発症直後なら陽性でないから、危険を感じたら早いところ検査だけして、陰性を出して働けという職場があるくらいなのだから。
 あぁ、怖い怖い……

「……」

 37.2℃
 なんとも微妙な熱だ。
 37.5℃あると、時期によっては休めとか命令が下るが、37.2℃だ。就業規則的に問題ない。

「ははっ」

 誠に遺憾である。

「え!? 困る!!」

 部長が休憩室で叫んでいる。
 正直、部長は苦手だ。おおよそ、部長クラスの役職の人間に下働きの人間は、少なからず苦手意識を持っているだろう。
 業績、働け、残業するな。どうしてそんなこともできないんだ。あの人はもっとどうのこうの……と。

 別の人との会話を聞く限り、どうやらひとりが熱を出しているらしい。なので、休むと。
 しかも、下痢をしているらしく、産業医からはノロ疑いだから、来るなと言われてしまったらしい。

「人が足りないんだよ!?」

 微熱の人間が言うのは何かと思うが、どうして腹痛も下痢もないのだろう。

***

「あ」

 調剤していたひとりが小さく声を漏らす。
 何かと目を向ければ、床から拾い上げたPTPシート。

「割っちゃった……」

 落とした錠剤のシートを踏んで割ってしまったらしい。

「飲む?」

 薬剤師あるある。
 もう破棄する以外ない薬を、とりあえず近くの人に飲むかと聞く。

 うーん。いらない。

 しかし、よく見ればその薬はカロナールだった。
 風邪薬で一度はもらったことあるだろう。一般名アセトアミノフェン。
 薬局で小児用風邪薬や解熱、頭痛薬と書いてあれば、十中八九、これのこと。
 今、すごくほしい薬だ。

「ほしい」

 割れて廃棄してしまう薬の再利用。味見の延長線の行為。
 無論、自己責任。

 正直、アセトアミノフェン、しかも低用量が効くとは思えないが、敵は微熱。運よくロキソニンやセレコックスが割れるなんてことも考えにくい。
 割れたら併用OKなんだし、併用だ。
 これをまさしく正しく間違った知識の横暴。

「生理痛? 効く?」
「プラセボ。次はぜひ、ロキソニンでお願いします」

 ふむ。効かねぇ。
 いや、熱を測っているわけではないし、実は36.5℃程度になっているかもしれない。きっとそうだ。
 現在、頭痛が痛いけれども。

「白野って何派?」
「一応、ロキソニン派。他はほとんど飲んだことなくて」

 頭痛薬っていうのは、大抵好みがある。アレルギー薬と同じ。
 ロキソニンが好きだの、イブが好きだの、セレコックスが好きだの。トラムセットが好きだの。最後のはどうかと思うけど。

 さて、アセトアミノフェンだが、みんなに効かないと文句をいわれる割には、地味に殺傷能力は高い薬だったりする。

 劇症肝炎。
 それよる死。

 基本、大量に飲んでも死なないようなものをピックアップされている薬の中でも、『Rumack-Matthewノモグラム』という薬物の血中濃度から肝障害がある、なし推測できるよう、グラフがわざわざ作られるほど、身近で、殺傷能力が高い。

 量としては、1回で200mg/kg以上。小さな規格でも、200mg入っているので、自分の体重の数だけ、錠剤を飲んでもらえばいい。
 だいたい60粒。葛根湯の瓶1瓶いかない程度。いけそう。

 しかしながら、解毒薬は存在する。
 ” N-アセチルシステイン ”
 臭い。マズい。えぐい。
 見事な三拍子が揃った液状の薬で、なによりコップ一杯分を飲まなければいけない。

 人はいった。人が嗅いでいい匂いではないし、ましてや飲むものじゃないと。
 そして、有機化学研究室の人間や物理部の人間はこういった。この匂いなら、耐えられる。慣れてる。お前の鼻は、もう手遅れだ。

 先生が、口から飲めるが、挿管するか? と訪ねたくなるほどの代物だ。吐かれたら元も子もない。

 今度、期限切れのものがあったら、一度は味見したい。
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