私にかまわないでください

雨夜澪良

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第一部 新しい居場所

ダンスの才能

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 午前中で終わった女子会の後、ユースティアはメアリーとシュウと一緒に昼食を食べながら改めて舞踏会について話を聞いた。要約するとこうだ。

 第一に、舞踏会は一週間後。第二に、エスコートはシュウがしてくれる。第三に、舞踏会の場でユースティアをシュウの率いる騎士団、 六花りっか騎士団に任命する、ということだった。

「騎士団に入るのはさすがにダメじゃないか?」

「ダメって、何がだ。実力はあるんだから別にかまわないだろ?」

「騎士団っていうのは普通入団試験があるだろ? それにシュウの率いている騎士団は身分が関係なく、国民に人気だと聞いたことがある。貴族は意見が分かれているようだが……」

 つまり、人気のある就職先だということだ。そこを入団試験もなしに入るということはコネ入社と同じではないかと、そう思わずにはいられなかった。批判殺到するに決まっている。

「言わんとしていることは分かった。だが、その心配は無用だ。俺の騎士団は実力主義だ。今まで推薦とかスカウトとかはしてこなかったがお前はそうせざる終えない程の実力を示した」

 シュウの言い分も分からない訳ではないがまだ納得がいかず、シュウの服の裾を掴み、不満そうにじっと見つめた。シュウはそんなユースティアをいちべつし、告げる。

「納得がいかないのならお前の実力をもっと多くの人に示せばいい。アランは嫌がるだろうが結局決めるのはお前自身だ。それより、俺は勝手に騎士団に任命させようとしていることに文句の一つや二つ言われると身構えていた」

「成り行きとはいえ、居候みたいな感じになっているし、何もしないのはちょっと気が引けていたからそれはいい。いい就職先をありがとう?」

「何だよそれ、ははは」

 アランが連れてきたからもっとイカれている奴かと思っていたシュウはユースティアのその言い草に笑ってしまう。ユースティアもつられて笑う。

 ひとしきり笑い終えた後、メアリーはここぞとばかりに咳払いし、本題と言わんばかりに話を切り替えた。

「シュウ様は確か、今日の午後は暇ですよね?」

「まあ、暇と言えば暇だな。今日中のはない」

「なら、シュウ様がユースティア様にダンスを教えてやってください。私も踊れないことはないですが、実際に舞踏会で踊るのはシュウ様になりそうですし。アラン様はどこかに行ってしまっていつ帰ってくるか分かりません。そんなに長くはないと思いますが舞踏会に間に合うかは分かりませんので」

「俺もそんなに上手いわけじゃないが……」

 シュウはイスから立ち上がり、ユースティアの前に手を差し伸べた。

「舞踏会まで時間がないし、早速練習しにいくか。俺も最近踊っていなかったしな」

 シュウの手をとり立ち上がる。そして二人はメアリーの後に続いた。

 ほどなくして練習室へとたどり着く。

 メアリーは練習室の奥にしまわれていた魔導具を持ってきて、魔力を込めた。そして、ボタンを押すと音楽が流れ始めた。

「それではまず、私とシュウ様が踊るのでユースティア様は見ていてください」

 イスを引かれ、メアリーに座るように促され、座った。舞踏会に行ったこともなければ見たこともないのでユースティアは新しいことに内心わくわくしていた。

 シュウとメアリーが踊り始める。二人ともきれいだ、ユースティアはそんな感想を抱きながら楽しく見ていたのだが……。だんだん己の顔が引きつっていくのが分かる。これは本当に踊れるのかと。そんなユースティアのことはつゆ知らず、二人のダンスは終わった。

「どうでしたか、ユースティア様。踊れそうですか?」

 ダンスを踊り終えたメアリーがユースティアの元に駆け足でくるなり笑顔でそう聞いてくる。

「うっ、うん。大丈夫、大丈夫…………たぶん」

「今、ぼそっと何か言わなかったか?」

 隣で水分補給しているシュウがいぶかしげにユースティアを見る。ユースティアは自身の前で手を高速に振った。

「なんでもないよ、なんでも」

(あんな笑顔のメアリーに言えるわけがない。無理などと。あんな純粋な目で、ユースティア様ならもちろん踊れますよね? って訴えられたら絶対に無理ですなどと口が裂けても言えない!!)

「それではユースティア様、踊って見ましょうか?最初はゆっくりめに曲を流します。シュウ様、しっかりユースティア様をリードしてくださいね?」

「分かってるよ。ほら、やるぞ」

 重い膝になっているのを知らないシュウはユースティアの手を取り、踊る動作に入る。そして、シュウにばっちりリードしてもらいながらゆっくりと身体を動かす。

(とりあえず、よかった。さっきよりも曲がものすごくゆっくりで。これなら、なんとかいけるか?)



 そんなこんなで、数時間が経過した。

 曲の速さもメアリーとシュウが最初に踊っていた速さにまでなってきた。

(メアリーにはバレていない。メアリーにはバレていない!!)

 曲が区切りのいいところまで流れ、メアリーのパチンという手の叩く音で止まる。

「今日はここまでにしておきましょうか。ユースティア様、とても飲み込みが早くてすごいです。これなら大丈夫そうですね」

「そ、そ、そうだな。メアリーのおかげだ。わ、私はもう少し練習したいからメアリーは先に戻っていてくれ。最近、私と一緒にいることが多くて仕事ともたまっているだろうし」

 メアリーは不思議そうに首をかしげたが、ユースティアはさあさあ、といいながらメアリーの背中を押して練習室から半ば強引に追い出した。

 パタンという扉が閉まる音とともに恐る恐る後ろを振り返る。唖然とした顔を浮かべたかと思えば、その目はどこか残念な子を見るような目だった。少しの沈黙を経て、シュウが先に口を開けた。

「さすがに下手くそすぎだろ」

 ユースティアの心臓はびくりと跳ね上がった。

「幻覚魔法でメアリーのこと騙したな。あんな踊りでメアリーが踊れているなんて言うわけがない」

 図星をつかれるとともに心臓にグサリと言葉の槍が刺さる。

 それどころかシュウの放った槍は一本にとどまらなかった。どんどん槍がこちらへと向かってくる。

「運動神経がどうとかそう言う次元じゃない。圧倒的に音楽の才能がなさ過ぎる。なんだ、あのロボットダンスみたいなかくかくとした動きは。いや、ロボットダンスと言うのもおこがましい。あれはダンスと呼べるものですらない。音楽ガン無視してただ、運動神経にものをいわせてとりあえずその四肢を定位置に置いてるだけじゃないか」

 冷静に、そしてユースティアを仕留めるがごとく、グサグサと急所を突いてくる。もう、ユースティアのライフはゼロである。

「明日から舞踏会の前日まで夜練習だからな」

「……はい……」

 そこには有無を言わせない圧があった。別に踊れなくても幻覚魔法でいいのではとは言えなかったユースティアであった。
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