私にかまわないでください

雨夜澪良

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第一部 新しい居場所

舞踏会

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 午前中はメアリーから貴族のマナーを学び、午後はシュウとの鍛錬、夜はメアリーにバレないようにダンスの練習という感じで一週間があっという間に経った。今日は舞踏会の日だ。メアリーにしっかりおめかししてもらい、シュウと一緒に舞踏会の会場に足を踏み入れた。

 舞踏会は順調に進んでいった。入ったときはユースティアをじろじろと見る人や話す人が多かったがそれも、六花騎士団の任命式をシュウが主体となって行うと、表向き貴族の人達は声に出して不満をもらす人はいなくなっていた。リュシエンヌや王妃がユースティアのことを気に入っていると噂にもなっていたらしく、打算的な人は最初からユースティアに対して悪く言う人はいなかった。ただ視線の数は減らなかったように感じる。敵意というより自分の陣営に入れるべきかどうかを見極めようとしているような目だったようにユースティアには思えた。

 ダンスも、なんとか全神経集中させてシュウと一回だけ踊り、早々に切り上げた。そして貴族に話しかけられる前に二人でベランダに出る。

「なんとか踊れてよかったな。ただ、何度もヒヤヒヤしたぞ」

 シュウはシャンパンを口に含むなり、クスクスと思い出し笑いをする。ダンスの件については弁明の仕様がなかった。結局、音楽に合わせて踊ることは無理だったのだが、練習中の速さであればなんとかシュウのエスコートもあって、踊れるまでには至った。テンポが変わるとやはりダメにはなるのだが。

「すまないな。音楽はからっきしのようだ。私もシュウとダンスして自分がここまでできないと知った」

 ユースティアもシャンパンを口に含む。

「シュウに練習中、ああ言われたのは本当にびっくりした」

 ユースティアはふふと笑いながら練習中のことを思い出す。



「もう、お前にダンスは無理だ。だから、ダンスだと思うな。計算でやれ」

「計算?」

「そうだ。普通だったらそっちの方が難しいんだがお前にはこっちの方が向いていると思う。力を抜いてその秒数後に体を動かすんだ。後は俺がなんとか優雅に見えるようにお前を操作する。だからお前はただそのタイミングで手と足を俺に差し出すだけでいい」

「シュウの負担になるんじゃないか?」

「そうだが、もうそれしか思いつかない。もう、俺にはお前にダンスを教えるのは無理だ」

 という感じだった。要するにさじを投げられたのだ。こんなんだからテンポが変わると無理なのである。なおかつシュウ以外だと論外なのだ。操縦者がいなくなるのだから。



「それにしても今日はいつもより冷えるな。――これでも着ていろ」

 シュウは自分の上着を脱ぐと、ユースティアの肩にかけた。

「ありがとう、シュウ。そういえばシュウは今日、私に構ってばかりでいいのか?」

「ああ。今日の主役は俺じゃないしな。それに、母上やリュシエンヌから頼んだと念を押された」

 二人の念を押す姿が目に浮かぶ。本当に二人には何かと世話になっているとしみじみと思う。

「噂をすれば、か」

 シュウの言葉で後ろを振り返るとそこにはリュシエンヌがいた。

「ここにいたのね。ティア、中で私と話しましょう? おいしいケーキも見つけたのよ?」

 一通り貴族と話し終えたのだろう。ただリュシエンヌはそんな疲れも感じさせないほどテンションが高かった。いや、これは疲れすぎて逆にテンションが高いだけかも知れない。ユースティアにはどっちか分からなかった。とりあえず、元からテンションが高かったという風に思っておこう。大公の娘だからきっと場慣れしているはず。

 ユースティアはどうしようかと迷い、シュウの方を振り向いた。するとシュウは「行ってこい」と手をひらひらさせていた。

 上着をシュウに返し、リュシエンヌと室内へと向かう。

「本当に会いたかったんだから。まあ、それはしょうがないんだけど。――ああ、これよ、これ。このチョコレートケーキが絶品だったの。これを作った人、私の家のコックにしたいぐらい」

 リュシエンヌは自分の分とユースティアの分を分ける。そして幸せそうにケーキを口に含んだ。

「ほらほら」と促され、ユースティアも口に含む。中のチョコレートが口の中でとろける。できたてなのか、中のチョコレートが熱々で口の中が痛い。思わず、顔をしかめ、手に持っていた残りのシャンパンを一気に流し込んだ。

「口に合わなかったかしら?」

 不安げに見るリュシエンヌ。ユースティアは慌てて弁明する。

「違うんだ。その、言うのは少し恥ずかしいんだが、……やけどをしてしまって。私は猫舌だったようだ。ケーキはとてもおいしい」

「やけど。…………ふふふ、そんなティアもかわいい。猫舌だったのは少し意外だったけど、これがギャップというものね!」

 リュシエンヌは思わずティアの腕に抱きついた。なんだかリュシエンヌが抱きついている腕が妙に熱く感じた。「ちょっとごめん」と言って、リュシエンヌのおでこに手を当てる。やっぱり熱でもあるんだろうか。それともお酒でも飲んでしまったのだろうか。

「リュシエンヌ、今日はもう帰った方がいい。一緒に帰ろう」

「え、でもまだパーティーは――」

「パーティーならきっとまたある。今日はゆっくり休んだ方がいい」

 ユースティアはリュシエンヌの手を掴み会場を出ようとしたところで複数の影に覆われた。

「すまない、少しそこをどいてもらえないだろうか?」

「言葉遣いがなっていないのではなくて?」

「そうよ。この方を誰だと思っているの? この方はミラー公爵家のレイチェル様よ」

 レイチェルの両隣にいる少女達はそうのたまう。そしてレイチェルを含めた三人の一歩後ろで「そうだ、そうだ」と小声で自信なさげに言う少女がいた。レイチェル本人はというと満更でもなさそうに鼻高々とした態度だった。

「もう一度言う。そこをどいてもらえないだろうか?」

「わたくしはあなたに話がありますの。だからここはどきませんわ」

 あいにく、メアリーからは人と話すことを考慮したマナー教育は受けていない。見た目だけでもということで目に見えるマナーしか習っていなかったのがここで仇となった。

 それにしてもこのレイチェルという女はリュシエンヌのことを知らないのだろうか。それともリュシエンヌとは敵対派閥か?

 でも今はそんなことはどうでもいいか。リュシエンヌの方が大事だ。ベランダで会ったときにリュシエンヌの体調に気づくべきだった。

 ユースティアは目の前の人達を無視するように方向転換をする。そして戸惑っているリュシエンヌを連れ、ベランダの方へと引き返した。三人はユースティアのその行動に愕然としていた。

「良かったシュウ、まだいた。リュシエンヌの体調が悪いみたいなんだ。だからリュシエンヌのことお願いできるか? 給仕の人たちとかに頼むのも考えたんだがやっぱり知っている人の方がリュシエンヌも安心だろう」

 後ろから話しかけられたシュウはユースティアの背後に目が釘付けになった。そして、思わず頭を抑え、上を向いた。

「ああ、オーケー。なるほどなるほど。なんとなく分かった」

「そうか。ありがとう」

「――ちょっと待て。今のはそう言う意味じゃない」

 シュウはリュシエンヌをおいて戻ろうとするユースティアの肩をすかさずつかみ引き留めた。

「?」

「自分の後ろを見て見ろ。お前の行動に驚きすぎて固まっているだろ?」

「前に行けないなら戻るしかないだろ?」

 ユースティアは至極当然のことだろと言わんばかりにシュウに告げる。シュウの言っていることがさも不思議そうにしている。

 シュウはユースティアの評価を訂正した。こいつはイカれてる。イカれていないなんてとんでもない。イカレぐあいが表面上に出にくいだけだ。しかもこれはきっと序章にすぎないだろう。掘れば掘るほど今以上にイカレているところが見られるかも知れない、と半ば現実逃避をした。

 そんなやり取りをしていると、後ろで愕然として固まっていた四人組は気を取り戻したかのようにユースティアの方へと向かってくるのだった。
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