無詠唱魔術が最強の時代、俺はあえて詠唱することを選ぶ。だってそのほうがカッコいいから。

大豆茶

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4.実技試験

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「フフ……悠久の時を越え、我が身を縛る鎖、今こそ解き放たれん」
「それなー。朝からほとんど座りっぱなしで身体バッキバキだぜ」
「ほんと……ミスティア先生の授業とはいえ、さすがに疲れたわ」

 午前中いっぱいを使った授業、そして午後イチの筆記試験と、長い時間机に向かっていたをマロゥたちは、伸びをしながら凝り固まった筋肉をほぐしていた。
 しかし、彼らに休息の時間は残されていない。まもなく実技の試験が始まるからだ。

「さて、俺たちは第七演習場だったっけ?」
「そうね……げっ、サッドのチームと同じ演習場じゃない」

 試験会場の割り振り表を見たミーナは、あまり関わりたくない人物の名前を見つけ、思わず眉をひそめた。
 サッドは、マロゥを目の敵にするだけでは飽き足らず、執拗なまでにミーナに言い寄ってくるのだ。――ただし、口説く対象はミーナひとりだけではなく、彼の眼鏡にかなった複数の女子生徒にも及んでいる。

 その事実に強い嫌悪感を抱いているミーナは、できれば顔を合わせることすら避けたいと思っていた。

「ククク……案ずるな。試練が始まれば、俺の深淵アビスの呼び声に群衆は釘付けになることだろう」
「まあ、さすがに試験中に何かしてくるってことはないだろ。ヘタしたら減点されかねないからな」
「そう……よね。二人ともありがと」

 ミーナが安堵したのも束の間、マロゥたちは試験会場である、第七演習場へと到着した。
 そこには案の定サッドの姿があり、取り巻きたちとともに、ニヤニヤしながらマロゥたちを見ている。

 しかし、マロゥたちはそんな下卑た視線に気付きながらも、無視して雑談を続けていた。

「あっ、ラッキー! この会場の試験官、ミスティア先生じゃない。一日中見ていてくださるなんて、今日はついてるわね!」
「いやぁ……ミスティア先生メチャ厳しいからなぁ。俺は別の先生がよかったよ。マロゥもそう思うだろ?」
「フン……俺の深淵アビスはいついかなるときも研ぎ澄まされている。何が眼前に立ちはだかろうとも、鈍りはしないさ」
「その自信、ちょっと分けてほしいぜ……」

 楽しそうに笑う三人を見て、サッドは舌打ちをし、不機嫌そうに顔を歪めた。
 そして、サッドがマロゥたちに近付こうと、一歩を踏み出したその瞬間。演習場に凛とした声が響く。

「全員静粛に! これより実技試験を開始する!」

 ミスティアの号令で、生徒全員が口をつぐんだ。各々の顔には、大なり小なり緊張の色が浮かんでいる。
 ただ、サッドだけは恨みのこもった眼差しをマロゥとカイルへと向けていた。



 試験は滞りなく進行し、終盤へと差し掛かる。そして、いよいよ次はマロゥたちの順番だ。
 
 実技試験の内容は、定位置にて試験専用に調整された杖を使い、三つのターゲットを破壊する、といったものだ。
 
 杖には、無属性下位魔術である『衝撃弾インパクトショット』と『防壁シールド』の二つのみ。
 これらを駆使して、いかに早く、正確にターゲットを破壊できるかで評価が変わってくる。

「くそっ! いけっ、当たれっ!」

 待機するマロゥの眼前には、焦りながら魔術を連発する小太りの男子生徒の背中があった。
 彼が焦るのも無理はない。開始から五分が経過したというのに、まだひとつしかターゲットを破壊できていないのだ。
 
 経過時間はここまで試験を受けた生徒の中でダントツの最下位。成績が低すぎれば留年――最悪、退学になる可能性がある。
 その恐怖からか、時間とともに焦りは加速し、正確さを欠いていく。
 
 ターゲットは動くうえに、いやらしい位置に障害物が設置されており、かなり正確に狙わないと命中しない。
 かといって、ゆっくりと狙いを定めている余裕はない。なぜならば、一定間隔でターゲットからも攻撃魔術が飛んでくるのだ。

 頻度はそう高くないが、かなりの速度で飛んでくる魔術を素早く『防壁』で防ぎつつ、隙を見て『衝撃弾』を撃つ。要求されるのは瞬間的な攻防の切り替えができる判断力と、いかに魔術を的確に当てられるかの正確さだ。
 
 無詠唱魔術を用いた実戦を想定されたこの試験は、星杖学園に入学できる素質を持った者ですら苦戦してしまう難易度だった。

「なっ、魔力切れ――」

 ターゲットからの攻撃に合わせて『防壁』を発動しようとした男子生徒だったが、魔力切れにより魔術が発動しなかった。
 
 ――時間をかけすぎたのだ。

 いくら下位魔術とはいえ、連発すれば魔力消費量は看過できない。焦りのあまり自身の魔力残量を把握しきれていなかったという、致命的なミスだ。

「ぐああっ!」

 男子生徒は、ターゲットから放たれた『衝撃弾』の直撃を肩に受け、後方へと吹き飛ばされてしまう。
 無論、定位置から離れてしまったため、試験は終了だ。

「救護班、生徒を医務室へ」

 ミスティアは無惨な結果に終わった生徒を憐れむでもなく、落胆するでもなく、眉ひとつ動かさずに淡々と指示を出した。

「――次、マロゥ・アーヴィング」

 緊張感の高まるなか、いよいよマロゥの名が呼ばれた。 

「……待て、マロゥ・アーヴィング」

 ミスティアとのすれ違いざま、呼び止める声がかかった。マロゥは足を止め、耳だけを傾ける。
 
「この試験は無詠唱魔術での戦闘を想定したものだ。『衝撃弾』と『防壁』であれば魔術の行使手段に縛りはないが……いつもの調子だと痛い目をみるぞ。お前の成績が仲間にも影響することを忘れるな」
「フッ……杞憂することはない。この試練、一撃のもとに終わらせてみせよう」

 ミスティアからの言葉は、最後勧告に近いものだった。
 試験の場においても無詠唱魔術を使わないであろうマロゥに対しての、ミスティアなりの慈悲だ。

 今回の試験は、マロゥとの相性が最悪だ。
 ターゲットからの攻撃を防御しなくてはならないのだが、マロゥの場合防御用の魔術にも詠唱が必要なのだ。

 となると、防御に手一杯になり、攻撃をする隙がまったくなってしまう。
 捨て身覚悟でターゲットひとつと相討ちが関の山だろう。

 しかも、詠唱魔術の成功には高い集中力が必要であることが追い討ちをかける。
 詠唱に焦りや緊張が混じれば、魔術が不安定になってしまう。ターゲットの耐久力は、百パーセントの威力を持った『衝撃弾』でないと破壊できない設定になっているため、不安定な攻撃は通用しないのだ。

「――真なる深淵の前には、この程度の試練など児戯のようなもの……さあ、始めようか」

 開始位置についたマロゥは、杖を手に取り、緊張など微塵も感じられない不敵な笑みを浮かべ、佇んでいた。
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