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3.授業風景
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◇
翌朝、マロゥは陽光が差し込む教室の窓際の席に座り、ひとり静かに外の景色を見つめていた。マロゥの視線の先には、星降りの杖の象徴である、星の紋章が描かれた旗が風にそよいでいる。
「フッ、静寂……そして孤独が蔓延する今この時こそ、天啓を授かるに相応しい」
無論、授業を受けるためにこの教室へ来たマロゥだったが、今は授業開始の四十分前。このいささか早すぎる時間に教室へ来たのには理由があった。
「フフ……我が想像の翼よ、戒めの鎖を解き放ち、今こそ羽ばたくがいい!」
もはや日課となってしまった、妄想を書き記す時間だ。
マロゥはおもむろに書き取り用の羊皮紙を取り出すと、ど真ん中に意味ありげな紋様を書き込み始めた。誰もいない環境だからか、やたらとダイナミックに筆を走らせている。
「おーっす、マロゥ。……って、お前また変なの書いてんのな」
しばらくして、珍しく早めの時間に入室したカイルがマロゥの隣の席へと座りながら、おもむろにマロゥの手元を覗き込んでくる。彼は相変わらずの飄々とした調子だ。
「ククク……聞かせてやろう。これは深淵に座す七帝のひとりを模した紋章……にする予定のものだ。我が渾身の新作、刮目せよ!」
マロゥは妖しげな笑みを浮かべながら立ち上がり、意味もなく髪をかき上げた。そして、カイルの目の前へと羊皮紙を突きつける。
その羊皮紙には、やたらと刺々しいデザインの紋章が、赤のインクで描かれていた。
「おお、なんか凄そうだな」
幼馴染みであるカイルは、こういったマロゥの趣味を諦めも込みで受け入れているが、かといって彼の言うことを全て理解しているわけではない。
かといって適当にあしらうと拗ねるので、受け流すのも慣れたものだった。
そんないつも通りの会話をする二人の後ろから、きりっと引き締まった声が届く。
「おはよ。マロゥ、カイル」
勉強熱心な彼女らしく、教本を何冊か抱えたまま姿を現した少女、ミーナが二人のもとへとやってきた。それに続くようにして、他の生徒たちも続々と入室してくる。
ミーナは昨日の作業着と違い、今日は制服を着用している。男性用の制服と唯一異なる点である、膝丈のプリーツスカートが、着席の際にふわりと揺れた。
「はよっす、ミーナ」
「来たか、『桃華の癒し手」ミーナよ。これを見るがいい」
マロゥは、先ほど同じく得意気に紋章を見せた。
「へえ、なんかトゲトゲしてて痛そうね」
「フフ……そうだろう、そうだろう!」
適当な返事を返すミーナだったが、それでもマロゥは満足げにふんぞり返りながら再び席へ着いた。そして、ペンを取り紋章を丸で囲むと、年季の入った黒い本を取り出し、上機嫌に紋章を書き写し始めた。
「お前……その本いつも持ち歩いてるのな?」
「常にではない。今日は黒い風が騒いでいたのだ」
「あ、それって……たまに持ち歩いてるのを見るけど、何の本なの?」
「これは深淵の原本。すべての始まりにして、終焉をもたらす闇の足跡」
マロゥの中二病全快な説明を受けたミーナは、眉をひそめ頭の上に「?」マークを浮かべながら、カイルへと助けを求める目線を飛ばした。
「あー……まあ簡単に言うと、マロゥがこうなった原因の本。先祖が残したとかで、深淵とか闇がどうたら……とか、そんな内容。それを何度も繰り返し読んで、がっつり影響を受けた結果、今のマロゥが完成したってわけ」
「あぁ……つまり、原点にして頂点――って感じかしら?」
「そう……そうなのだ! わかっているじゃないかミーナよ。究極にして至高、最高にして最強なのだ! フハハハハッ!」
「はは……ミーナも若干マロゥ色に染まってきたな……」
――ガラリ。
雑談が盛り上がってきたその刹那、教室の扉が開いた。それと同時に、張り詰めた空気が教室内に漂う。
空気が変わるや否や、ついさっきまで談笑していた三人は瞬時に口を閉ざし、ぴしっと姿勢を正す。
静寂に響くヒールの音とともに、ひとりの女性が入室してくる。
開始時間ぴったりに現れた彼女の名は、ミスティア・アルニラム。一年生の生徒を取りまとめる学年主任の教諭だ。年の頃は二十代半ば。眼鏡をかけた理知的な印象で、艶のある銀髪を後ろにまとめている。
制服の胸元には星降りの杖での階級を示す『二等星』のバッジが輝いていた。
団内での階級は、等星という星の明るさを示す単位で表されている。三等星で一人前、二等星で小隊長クラス。一等星ともなると、星降りの杖の顔とも言えるエースのみに与えられる階級だ。
ちなみにマロゥたちは一年生のため、まだバッジを与えられていない『星無し』である。
五等星、四等星と順に階級を上げ、卒業までに一人前の証である三等星バッジの獲得を目指すのが、この星杖学園に入学した生徒たちの最終目標だ。
「……全員揃っているな。では本日の授業を始める」
ミスティアが教壇に立ち、凛とした声色で授業の開始を告げる。生徒たちはその声を受け、より一層集中力を高めた。
「告知していたとおり、今日は午後から筆記・実技の前期総合試験の日だ。なので、午前は試験範囲の総復習に充てる。一度学んだことだとはいえ気を抜かずに集中するように」
ミスティアがくるりと後ろへ振り返り、設置されていた装置に魔力を通すと、魔力で作られた巨大な板が浮かび上がった。
専用の杖を振ると、文字が浮かび上がってくる仕組みの魔道具『魔晶板』だ。これがあれば講義室のどこにいても文字が読めるし、書き写すことも容易だ。
「では、まず現代魔術の基礎から復習していく。……では、ミーナ・ハスノバ。詠唱魔術から無詠唱魔術への変遷の歴史について述べなさい」
「は、はい! ええと……昔は魔術を使うには詠唱が必須でした。ですが、詠唱によって構築される術式を魔術文字として変換することに成功。それを杖へと刻印することで、魔力を通すだけで発動ができる無詠唱魔術へと発展しました」
「よろしい」
ミスティアはミーナの解答に満足げに頷くと、発言内容を軽く補足しつつ、魔晶板へと書き記していく。
ミスティアに密かな憧れを持つミーナは、満足のいく回答ができた嬉しさで、机の下で小さくガッツポーズをしていた。
「では次、カイル・クレスティア。無詠唱魔術の利点を述べなさい」
「はい。そうですね……なんと言っても発動までにかかる時間ですね。下級魔術で数秒、上級魔術なんかは数十秒はかかってしまう詠唱時間を、ほぼゼロにできるのが強みだと思います」
「ありがとうミスター・クレスティア。確かに君の言う通りだが、その解答だけだと不十分ね」
ミスティアは再度振り返り、今しがたカイルが述べたことを記述した。そのあとに追加の一文を加えながら、背中越しに解説を始める。
「もうひとつの利点、それは魔術の安定性だ。詠唱魔術は使用者の精神状態によって、詠唱中に構築される術式が大きく左右されてしまう。
例えば、恐慌状態ならば効力は著しく落ち、激昂状態であれば魔術が暴走してしまう……と、いった最悪のケースもあり得る。その点、無詠唱魔術であれば常に安定した魔術の行使が可能となるわけだ。覚えておくように。では次の項目へ――」
ミスティアが板書を終えマロゥたちへと向き直ったその瞬間、マロゥがすっと手を挙げた。
マロゥの両隣にいたカイルとミーナは、驚きの感情を覗かせながらも、無言でそれを見守っている。
「……なにか質問か? マロゥ・アーヴィング」
「先生、貴方は先ほどから無詠唱魔術の利点ばかりを語っているが……当然欠点もある。そして、詠唱魔術にしかない価値があることを見逃している」
自分の愛する詠唱魔術を、無詠唱魔術の完全劣化版として語られることに引っ掛かりを感じたマロゥは、真剣な眼差しでミスティアへと意見を述べる。
数秒のあいだ沈黙が場を支配するが、ミスティアはマロゥな真剣な眼差しに根負けし、小さく息を吐き、続きを促した。
「……いいでしょう、述べてみなさい」
カイルは眉間を押さえながら「ああ、やっちまった」と小さくぼやき、ミーナは緊迫した空気にあたふたとしていた。
そんな二人をよそにマロゥは勢いよく立ち上がり、右目に手を添えた謎のポーズを取りながら語り始める。
「無詠唱魔術の欠点、それは選択肢の少なさだ。一般的な杖へと刻印できる魔術文字には、素材強度などの関係で、平均二十文字と限りがある。
下級魔術でさえ五文字の刻印を必要とするなか、中級はその倍、上級で更に倍の二十文字が必要……つまり、ひとりの魔術師が使える魔術は、ひとつから四つまでとなってしまう」
「…………」
ミスティアはマロゥの言い分を黙って聞いていた。頭ごなしに否定しなかったのは、マロゥの意見が概ね正しいものだからに他ならない。
「それでは魔術師の本質、思考と想像の自由を縛ってしまうことになる。そして、なによりも大事なこと……そう、詠唱したほうが圧倒的にカッ――むごご!」
マロゥの口からいつものセリフが出るのを察したカイルとミーナは、とんでもない瞬発力でマロゥの口を塞ぎ、そのまま着席させた。
このとき二人の脳裏には、かつてマロゥが『カッコいいから』などと理屈もへったくれもないことを口走った際にミスティアを怒らせ、連帯責任として外周を死ぬほど走らされた記憶が鮮明に蘇っていた。
「『か』……?」
ミスティアは軽く眉間にシワを寄せながら、じっとりとした目付きでマロゥを見据えていた。
「か、火力! 火力です! 俺、詠唱すると本来よりも魔術の威力が高まる場合があるって話知ってます!」
マロゥが余計なことを言う前に、カイルが身を乗り出して代わりに返答した。
それを受けたミスティアは、ため息をひとつ挟み、「まあ、いいでしょう」とだけ言い、マロゥらを咎めることなく表情を元へ戻す。
「……概ね指摘通りなのは認めよう。だが、選択肢の少なさは杖を複数持つことで補えるし、火力に関しても、確かに上振れることもある。しかし、ゼロになりかねない不安定な出力に頼るよりも、常に百の力を発揮できるほうが信頼できる。……そうは思わないか?」
「そりゃあもちろんっす!」
カイルは何か言いたそうなマロゥの頭を押さえながら、自身はブンブンと首を縦に振り、全力でミスティアの意見を肯定する。
必死で取り繕う盟友の姿を見たマロゥは、不服そうにしながらも、これ以上頭の中に渦巻く不満を口にすることはしなかった。
――こうして、マロゥたちはミスティアの逆鱗に触れることなく、授業を無事に終えることができたのだった。
翌朝、マロゥは陽光が差し込む教室の窓際の席に座り、ひとり静かに外の景色を見つめていた。マロゥの視線の先には、星降りの杖の象徴である、星の紋章が描かれた旗が風にそよいでいる。
「フッ、静寂……そして孤独が蔓延する今この時こそ、天啓を授かるに相応しい」
無論、授業を受けるためにこの教室へ来たマロゥだったが、今は授業開始の四十分前。このいささか早すぎる時間に教室へ来たのには理由があった。
「フフ……我が想像の翼よ、戒めの鎖を解き放ち、今こそ羽ばたくがいい!」
もはや日課となってしまった、妄想を書き記す時間だ。
マロゥはおもむろに書き取り用の羊皮紙を取り出すと、ど真ん中に意味ありげな紋様を書き込み始めた。誰もいない環境だからか、やたらとダイナミックに筆を走らせている。
「おーっす、マロゥ。……って、お前また変なの書いてんのな」
しばらくして、珍しく早めの時間に入室したカイルがマロゥの隣の席へと座りながら、おもむろにマロゥの手元を覗き込んでくる。彼は相変わらずの飄々とした調子だ。
「ククク……聞かせてやろう。これは深淵に座す七帝のひとりを模した紋章……にする予定のものだ。我が渾身の新作、刮目せよ!」
マロゥは妖しげな笑みを浮かべながら立ち上がり、意味もなく髪をかき上げた。そして、カイルの目の前へと羊皮紙を突きつける。
その羊皮紙には、やたらと刺々しいデザインの紋章が、赤のインクで描かれていた。
「おお、なんか凄そうだな」
幼馴染みであるカイルは、こういったマロゥの趣味を諦めも込みで受け入れているが、かといって彼の言うことを全て理解しているわけではない。
かといって適当にあしらうと拗ねるので、受け流すのも慣れたものだった。
そんないつも通りの会話をする二人の後ろから、きりっと引き締まった声が届く。
「おはよ。マロゥ、カイル」
勉強熱心な彼女らしく、教本を何冊か抱えたまま姿を現した少女、ミーナが二人のもとへとやってきた。それに続くようにして、他の生徒たちも続々と入室してくる。
ミーナは昨日の作業着と違い、今日は制服を着用している。男性用の制服と唯一異なる点である、膝丈のプリーツスカートが、着席の際にふわりと揺れた。
「はよっす、ミーナ」
「来たか、『桃華の癒し手」ミーナよ。これを見るがいい」
マロゥは、先ほど同じく得意気に紋章を見せた。
「へえ、なんかトゲトゲしてて痛そうね」
「フフ……そうだろう、そうだろう!」
適当な返事を返すミーナだったが、それでもマロゥは満足げにふんぞり返りながら再び席へ着いた。そして、ペンを取り紋章を丸で囲むと、年季の入った黒い本を取り出し、上機嫌に紋章を書き写し始めた。
「お前……その本いつも持ち歩いてるのな?」
「常にではない。今日は黒い風が騒いでいたのだ」
「あ、それって……たまに持ち歩いてるのを見るけど、何の本なの?」
「これは深淵の原本。すべての始まりにして、終焉をもたらす闇の足跡」
マロゥの中二病全快な説明を受けたミーナは、眉をひそめ頭の上に「?」マークを浮かべながら、カイルへと助けを求める目線を飛ばした。
「あー……まあ簡単に言うと、マロゥがこうなった原因の本。先祖が残したとかで、深淵とか闇がどうたら……とか、そんな内容。それを何度も繰り返し読んで、がっつり影響を受けた結果、今のマロゥが完成したってわけ」
「あぁ……つまり、原点にして頂点――って感じかしら?」
「そう……そうなのだ! わかっているじゃないかミーナよ。究極にして至高、最高にして最強なのだ! フハハハハッ!」
「はは……ミーナも若干マロゥ色に染まってきたな……」
――ガラリ。
雑談が盛り上がってきたその刹那、教室の扉が開いた。それと同時に、張り詰めた空気が教室内に漂う。
空気が変わるや否や、ついさっきまで談笑していた三人は瞬時に口を閉ざし、ぴしっと姿勢を正す。
静寂に響くヒールの音とともに、ひとりの女性が入室してくる。
開始時間ぴったりに現れた彼女の名は、ミスティア・アルニラム。一年生の生徒を取りまとめる学年主任の教諭だ。年の頃は二十代半ば。眼鏡をかけた理知的な印象で、艶のある銀髪を後ろにまとめている。
制服の胸元には星降りの杖での階級を示す『二等星』のバッジが輝いていた。
団内での階級は、等星という星の明るさを示す単位で表されている。三等星で一人前、二等星で小隊長クラス。一等星ともなると、星降りの杖の顔とも言えるエースのみに与えられる階級だ。
ちなみにマロゥたちは一年生のため、まだバッジを与えられていない『星無し』である。
五等星、四等星と順に階級を上げ、卒業までに一人前の証である三等星バッジの獲得を目指すのが、この星杖学園に入学した生徒たちの最終目標だ。
「……全員揃っているな。では本日の授業を始める」
ミスティアが教壇に立ち、凛とした声色で授業の開始を告げる。生徒たちはその声を受け、より一層集中力を高めた。
「告知していたとおり、今日は午後から筆記・実技の前期総合試験の日だ。なので、午前は試験範囲の総復習に充てる。一度学んだことだとはいえ気を抜かずに集中するように」
ミスティアがくるりと後ろへ振り返り、設置されていた装置に魔力を通すと、魔力で作られた巨大な板が浮かび上がった。
専用の杖を振ると、文字が浮かび上がってくる仕組みの魔道具『魔晶板』だ。これがあれば講義室のどこにいても文字が読めるし、書き写すことも容易だ。
「では、まず現代魔術の基礎から復習していく。……では、ミーナ・ハスノバ。詠唱魔術から無詠唱魔術への変遷の歴史について述べなさい」
「は、はい! ええと……昔は魔術を使うには詠唱が必須でした。ですが、詠唱によって構築される術式を魔術文字として変換することに成功。それを杖へと刻印することで、魔力を通すだけで発動ができる無詠唱魔術へと発展しました」
「よろしい」
ミスティアはミーナの解答に満足げに頷くと、発言内容を軽く補足しつつ、魔晶板へと書き記していく。
ミスティアに密かな憧れを持つミーナは、満足のいく回答ができた嬉しさで、机の下で小さくガッツポーズをしていた。
「では次、カイル・クレスティア。無詠唱魔術の利点を述べなさい」
「はい。そうですね……なんと言っても発動までにかかる時間ですね。下級魔術で数秒、上級魔術なんかは数十秒はかかってしまう詠唱時間を、ほぼゼロにできるのが強みだと思います」
「ありがとうミスター・クレスティア。確かに君の言う通りだが、その解答だけだと不十分ね」
ミスティアは再度振り返り、今しがたカイルが述べたことを記述した。そのあとに追加の一文を加えながら、背中越しに解説を始める。
「もうひとつの利点、それは魔術の安定性だ。詠唱魔術は使用者の精神状態によって、詠唱中に構築される術式が大きく左右されてしまう。
例えば、恐慌状態ならば効力は著しく落ち、激昂状態であれば魔術が暴走してしまう……と、いった最悪のケースもあり得る。その点、無詠唱魔術であれば常に安定した魔術の行使が可能となるわけだ。覚えておくように。では次の項目へ――」
ミスティアが板書を終えマロゥたちへと向き直ったその瞬間、マロゥがすっと手を挙げた。
マロゥの両隣にいたカイルとミーナは、驚きの感情を覗かせながらも、無言でそれを見守っている。
「……なにか質問か? マロゥ・アーヴィング」
「先生、貴方は先ほどから無詠唱魔術の利点ばかりを語っているが……当然欠点もある。そして、詠唱魔術にしかない価値があることを見逃している」
自分の愛する詠唱魔術を、無詠唱魔術の完全劣化版として語られることに引っ掛かりを感じたマロゥは、真剣な眼差しでミスティアへと意見を述べる。
数秒のあいだ沈黙が場を支配するが、ミスティアはマロゥな真剣な眼差しに根負けし、小さく息を吐き、続きを促した。
「……いいでしょう、述べてみなさい」
カイルは眉間を押さえながら「ああ、やっちまった」と小さくぼやき、ミーナは緊迫した空気にあたふたとしていた。
そんな二人をよそにマロゥは勢いよく立ち上がり、右目に手を添えた謎のポーズを取りながら語り始める。
「無詠唱魔術の欠点、それは選択肢の少なさだ。一般的な杖へと刻印できる魔術文字には、素材強度などの関係で、平均二十文字と限りがある。
下級魔術でさえ五文字の刻印を必要とするなか、中級はその倍、上級で更に倍の二十文字が必要……つまり、ひとりの魔術師が使える魔術は、ひとつから四つまでとなってしまう」
「…………」
ミスティアはマロゥの言い分を黙って聞いていた。頭ごなしに否定しなかったのは、マロゥの意見が概ね正しいものだからに他ならない。
「それでは魔術師の本質、思考と想像の自由を縛ってしまうことになる。そして、なによりも大事なこと……そう、詠唱したほうが圧倒的にカッ――むごご!」
マロゥの口からいつものセリフが出るのを察したカイルとミーナは、とんでもない瞬発力でマロゥの口を塞ぎ、そのまま着席させた。
このとき二人の脳裏には、かつてマロゥが『カッコいいから』などと理屈もへったくれもないことを口走った際にミスティアを怒らせ、連帯責任として外周を死ぬほど走らされた記憶が鮮明に蘇っていた。
「『か』……?」
ミスティアは軽く眉間にシワを寄せながら、じっとりとした目付きでマロゥを見据えていた。
「か、火力! 火力です! 俺、詠唱すると本来よりも魔術の威力が高まる場合があるって話知ってます!」
マロゥが余計なことを言う前に、カイルが身を乗り出して代わりに返答した。
それを受けたミスティアは、ため息をひとつ挟み、「まあ、いいでしょう」とだけ言い、マロゥらを咎めることなく表情を元へ戻す。
「……概ね指摘通りなのは認めよう。だが、選択肢の少なさは杖を複数持つことで補えるし、火力に関しても、確かに上振れることもある。しかし、ゼロになりかねない不安定な出力に頼るよりも、常に百の力を発揮できるほうが信頼できる。……そうは思わないか?」
「そりゃあもちろんっす!」
カイルは何か言いたそうなマロゥの頭を押さえながら、自身はブンブンと首を縦に振り、全力でミスティアの意見を肯定する。
必死で取り繕う盟友の姿を見たマロゥは、不服そうにしながらも、これ以上頭の中に渦巻く不満を口にすることはしなかった。
――こうして、マロゥたちはミスティアの逆鱗に触れることなく、授業を無事に終えることができたのだった。
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