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ボス部屋にて
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◇
「ふんぬぅー!」
女子にあるまじき掛け声とともに、ユナがボス部屋へと通じる扉を開く。
今まで通ってきた数多の扉とは造りが違う、大きく重厚な扉だ。
ゴゴゴ……と、重く低い音を立てて開いた扉の先には、東京ドーム一個ぶんぐらいはありそうな広大な空間が広がっていた。
無数の石柱が整然と並ぶなか――部屋の中央付近、ひときわ高く積まれた段差の上に、そいつはいた。
石でできた人型の巨人。いわゆるゴーレムってやつだ。
今はうなだれているように見えるが、目にあたる場所にはぼんやりと赤い光が灯り、まるで俺たちの姿を睨んでいるように感じられた。
「……アレが、このダンジョンのボスか」
言葉にするまでもない。威圧感と存在感が、あのゴーレムがただのモンスターではないことを雄弁に語っている。
「おっきいですね……。え、えっと……わたし、勝てるでしょうか、神様……?」
珍しく、ユナの声にわずかな震えが混じる。……そりゃそうだ。この距離でも息が詰まりそうな圧がある。
しかし、現在のユナのレベルは上がりに上がり、【312】にまで到達している。かつての彼女からは想像もできないくらい強くなった。どんな相手だろうと負けっこない。
「待ってくれ、今あいつのレベルを確認してやるからな」
レベルを確認するため、奴の姿を注視する。しかし――
「……レベル表示が、ない……?」
そう、今までの部屋のモンスターには必ず浮かび上がっていたレベルの表示が、どこにも見当たらない。ここへ入る扉にも、【BOSS】とだけしか表示されていなかった。
直接見ればさすがにレベルがわかるものだと思っていたんだが……どういうことだ?
「神様……?」
不安そうに振り返るユナに、俺は何も言ってやれなかった。
幽霊状態の俺ができるのは、見えた情報をユナへと伝え、導くこと。だというのに、肝心の情報が一切ない。
「ああ、いや……安心して――」
疑念を振り払い、何でもいいから安心できる言葉をかけてやらなきゃ――そう思い口を開いたその刹那、大きく地面が揺れ、ゴーレムの目に宿る光が、暴力的なまでに輝きを増した。
ゴーレムはゆっくりと立ち上がり、その深紅の単眼でユナを見据える。
口がないので雄叫びはあげない。表情がないので感情は読み取れない。――だというのに、『侵入者は殺す』という明確な殺意だけはひしひしと伝わってきていた。
「…………は?」
ゴーレムが起動したことにより、ようやく奴のレベルが見えるようになった。――なったのだが、そのあまりに理不尽な数値に、俺は言葉を失っていた。
ゴーレムの頭上に浮かぶ数値は――【500】。現在のユナよりも200近く高い。
その事実を認識した瞬間、俺は反射的に叫んだ。
「――ッ! ユナ、逃げろ! 決して奴の間合いに入らずに距離を取り続けろ!」
「――はいっ!」
振りかぶったゴーレムの腕は、間にある柱を破壊しながら一直線にユナへと迫る。
だが、ユナは俺の指示に従い、ゴーレムの攻撃範囲に入らないよう、柱を盾にしつつ器用に逃げ続けていた。
レベル差があるとはいえ、正面からぶつからなければ攻撃をくらうことはない。幸い、あのバカでかい図体のおかげで、そう素早くは動けないはずだ。
現に、ゴーレムはユナの動きについてこれていない。……だが、体力が無限にあるわけではないので、やがて疲労とともに失速し始めるだろう。
しかも最悪なことに、ゴーレムは柱をぶっ壊しながら進んでいるので、散らばった破片で徐々に足場も悪くなっていく。
そうしてやがて追い詰められ、奴の間合いに入ってしまったが最後、待っているのは『死』という残酷な現実のみ。
「くそ、どうにか――っ、うあぁぁぁっ!?」
「神様っ!? どうかしましたか!?」
「こ、こっちは気にするなユナ! 逃げるのに専念しろ!」
ゴーレムが破壊した柱の破片に巻き込まれ、俺の体は地面へと打ち付けられた。
この破片はダンジョンの構造物という扱いになり、俺の体を透過しなかったのだろう。
「ああクソっ……! なんだこのクソゲーは……!!」
あまりにも理不尽。あまりにも不合理。
ボスまでの道中、俺のチートじみた能力でほとんど正解のルートを選んできたというのに、レベルが足りないとはどういうことだ!?
ここが広告ゲームの世界だからって、広告動画で見たように、結局最後は失敗させるのか!?
――ふざけるな。ふざけるなふざけるな……!
母親のために命を懸けるあんないい子が、こんな理不尽な終わりかたをしていいはずがない!
「考えろ考えろ考えろ……何か方法があるはずだ。何か、起死回生の手段が……!」
だが、俺の焦燥をあざ笑うかのように、ゴーレムの拳が再び振り上げられ、ユナへと振り下ろされる。直撃こそしていなかったが、拳はユナの三メートルほど手前へと落ち、床を大きく抉る。
「きゃあっ!」
「ユナッ!!」
馬鹿げた力により発生したの衝撃波がユナへと襲いかかり、そのか細い体を宙へ浮かせる。
――俺は思わず手を伸ばした。
――どんなに伸ばしても、届くことはないのに。
――どんなに近くても、触れられないのに。
――絶望しかけたそのとき、涙で滲んだ視界の端に、一筋の輝きが映った。
崩れた石柱の影。おそらくは柱の中に埋め込まれていたであろう、怪しげな光を帯びた剣。その上には、数字が浮かんでいた。
【÷2】
「――ッ、これだ!!」
俺は急いで剣へと駆け寄るが、やはり俺の手は剣をすり抜けてしまう。
だが、俺にはある種の確信があった。俺が触れられるのは、ダンジョンの構造物だけ。なら、そこらに落ちてる瓦礫を使ったらどうだ?
もともとはダンジョンの一部だったものだ。現に、俺は柱の破片に吹っ飛ばされたんだ。なら、こいつを使えば……!
「よっし、いける……! いけるぞ!!」
俺は適当な大きさの瓦礫を手に持ち、その瓦礫で剣を挟み込むようにして持ち上げることに成功した。
そして、その状態で空を飛び、ゴーレムの頭上まで移動する。
「うおおおおおおおおっ!!」
そして、ゴーレムの体を目掛け、目一杯の速度で急降下した。
「これで……どうだっ!!」
俺の放った渾身の一撃が、ゴーレムの肩へ突き刺さる。
瞬間――ゴーレムの頭上に浮かんでいた【500】の表示が、【250】へと切り替わった。
「よし、今だユナ! 全力で攻撃だっ!」
「はいっ!」
吹き飛ばされつつもなんとか持ち直し、再び逃げに徹していたユナが、俺の合図に即座に反応し、剣を抜き放つ。
――残念だったなゴーレム。そいつは、ハズレのアイテムだよ。
「はあああああっ!!」
ゴーレムのレベルが半減したことにより、60近くレベルが上回ったユナの横一文字斬りは、ゴーレムの胴体を分断。下半身と分かたれたゴーレムの上半身は、恨めしげに震えたあと、目の赤い光が消えるとともに力を失った。
「……やった、のか……?」
俺がゴーレムの亡骸を注視し、数字が浮かんでこなくなったのを確認した直後、カランという金属の音が響いた。
見ると、ユナが、剣を落としてその場にへたりんでいた。肩は大きく上下し、荒い呼吸が続いている。
「お、おいユナ、大丈夫か!? ケガしたのか!?」
「だ、だいじょうぶです……! ちょっと疲れちゃっただけですから……」
いつもの調子でそう笑う彼女の頬に、泥と涙と汗が混ざっていた。
――当たり前だ。今回の戦闘で一番きつかったのはユナだ。常に死と隣り合わせのなか、全力疾走を続けていた。
それがどれほど彼女の体に負担をかけていたかなど、日本でぬくぬくと暮らしていた俺には想像すらできない。
しかし、そんな状況にあってもユナは俺の言葉を信じ、走り続けてくれた。
俺に対して全幅の信頼を寄せていてくれたこと、そして、その信頼に応えられたことを、本当に嬉しく思う。
「……ありがとな、ユナ。君に出会えてよかった。正直、君という存在がいなかったら、孤独に耐えられずどこかおかしくなってしまっていたかもしれない。そういう意味で、本当に救われたのは俺のほうかもな」
ついには床に寝そべり、すやすやと眠ってしまったユナに対し、俺はそう告げた。……直接言うのは気恥ずかしいから、許してくれよな。
「ふんぬぅー!」
女子にあるまじき掛け声とともに、ユナがボス部屋へと通じる扉を開く。
今まで通ってきた数多の扉とは造りが違う、大きく重厚な扉だ。
ゴゴゴ……と、重く低い音を立てて開いた扉の先には、東京ドーム一個ぶんぐらいはありそうな広大な空間が広がっていた。
無数の石柱が整然と並ぶなか――部屋の中央付近、ひときわ高く積まれた段差の上に、そいつはいた。
石でできた人型の巨人。いわゆるゴーレムってやつだ。
今はうなだれているように見えるが、目にあたる場所にはぼんやりと赤い光が灯り、まるで俺たちの姿を睨んでいるように感じられた。
「……アレが、このダンジョンのボスか」
言葉にするまでもない。威圧感と存在感が、あのゴーレムがただのモンスターではないことを雄弁に語っている。
「おっきいですね……。え、えっと……わたし、勝てるでしょうか、神様……?」
珍しく、ユナの声にわずかな震えが混じる。……そりゃそうだ。この距離でも息が詰まりそうな圧がある。
しかし、現在のユナのレベルは上がりに上がり、【312】にまで到達している。かつての彼女からは想像もできないくらい強くなった。どんな相手だろうと負けっこない。
「待ってくれ、今あいつのレベルを確認してやるからな」
レベルを確認するため、奴の姿を注視する。しかし――
「……レベル表示が、ない……?」
そう、今までの部屋のモンスターには必ず浮かび上がっていたレベルの表示が、どこにも見当たらない。ここへ入る扉にも、【BOSS】とだけしか表示されていなかった。
直接見ればさすがにレベルがわかるものだと思っていたんだが……どういうことだ?
「神様……?」
不安そうに振り返るユナに、俺は何も言ってやれなかった。
幽霊状態の俺ができるのは、見えた情報をユナへと伝え、導くこと。だというのに、肝心の情報が一切ない。
「ああ、いや……安心して――」
疑念を振り払い、何でもいいから安心できる言葉をかけてやらなきゃ――そう思い口を開いたその刹那、大きく地面が揺れ、ゴーレムの目に宿る光が、暴力的なまでに輝きを増した。
ゴーレムはゆっくりと立ち上がり、その深紅の単眼でユナを見据える。
口がないので雄叫びはあげない。表情がないので感情は読み取れない。――だというのに、『侵入者は殺す』という明確な殺意だけはひしひしと伝わってきていた。
「…………は?」
ゴーレムが起動したことにより、ようやく奴のレベルが見えるようになった。――なったのだが、そのあまりに理不尽な数値に、俺は言葉を失っていた。
ゴーレムの頭上に浮かぶ数値は――【500】。現在のユナよりも200近く高い。
その事実を認識した瞬間、俺は反射的に叫んだ。
「――ッ! ユナ、逃げろ! 決して奴の間合いに入らずに距離を取り続けろ!」
「――はいっ!」
振りかぶったゴーレムの腕は、間にある柱を破壊しながら一直線にユナへと迫る。
だが、ユナは俺の指示に従い、ゴーレムの攻撃範囲に入らないよう、柱を盾にしつつ器用に逃げ続けていた。
レベル差があるとはいえ、正面からぶつからなければ攻撃をくらうことはない。幸い、あのバカでかい図体のおかげで、そう素早くは動けないはずだ。
現に、ゴーレムはユナの動きについてこれていない。……だが、体力が無限にあるわけではないので、やがて疲労とともに失速し始めるだろう。
しかも最悪なことに、ゴーレムは柱をぶっ壊しながら進んでいるので、散らばった破片で徐々に足場も悪くなっていく。
そうしてやがて追い詰められ、奴の間合いに入ってしまったが最後、待っているのは『死』という残酷な現実のみ。
「くそ、どうにか――っ、うあぁぁぁっ!?」
「神様っ!? どうかしましたか!?」
「こ、こっちは気にするなユナ! 逃げるのに専念しろ!」
ゴーレムが破壊した柱の破片に巻き込まれ、俺の体は地面へと打ち付けられた。
この破片はダンジョンの構造物という扱いになり、俺の体を透過しなかったのだろう。
「ああクソっ……! なんだこのクソゲーは……!!」
あまりにも理不尽。あまりにも不合理。
ボスまでの道中、俺のチートじみた能力でほとんど正解のルートを選んできたというのに、レベルが足りないとはどういうことだ!?
ここが広告ゲームの世界だからって、広告動画で見たように、結局最後は失敗させるのか!?
――ふざけるな。ふざけるなふざけるな……!
母親のために命を懸けるあんないい子が、こんな理不尽な終わりかたをしていいはずがない!
「考えろ考えろ考えろ……何か方法があるはずだ。何か、起死回生の手段が……!」
だが、俺の焦燥をあざ笑うかのように、ゴーレムの拳が再び振り上げられ、ユナへと振り下ろされる。直撃こそしていなかったが、拳はユナの三メートルほど手前へと落ち、床を大きく抉る。
「きゃあっ!」
「ユナッ!!」
馬鹿げた力により発生したの衝撃波がユナへと襲いかかり、そのか細い体を宙へ浮かせる。
――俺は思わず手を伸ばした。
――どんなに伸ばしても、届くことはないのに。
――どんなに近くても、触れられないのに。
――絶望しかけたそのとき、涙で滲んだ視界の端に、一筋の輝きが映った。
崩れた石柱の影。おそらくは柱の中に埋め込まれていたであろう、怪しげな光を帯びた剣。その上には、数字が浮かんでいた。
【÷2】
「――ッ、これだ!!」
俺は急いで剣へと駆け寄るが、やはり俺の手は剣をすり抜けてしまう。
だが、俺にはある種の確信があった。俺が触れられるのは、ダンジョンの構造物だけ。なら、そこらに落ちてる瓦礫を使ったらどうだ?
もともとはダンジョンの一部だったものだ。現に、俺は柱の破片に吹っ飛ばされたんだ。なら、こいつを使えば……!
「よっし、いける……! いけるぞ!!」
俺は適当な大きさの瓦礫を手に持ち、その瓦礫で剣を挟み込むようにして持ち上げることに成功した。
そして、その状態で空を飛び、ゴーレムの頭上まで移動する。
「うおおおおおおおおっ!!」
そして、ゴーレムの体を目掛け、目一杯の速度で急降下した。
「これで……どうだっ!!」
俺の放った渾身の一撃が、ゴーレムの肩へ突き刺さる。
瞬間――ゴーレムの頭上に浮かんでいた【500】の表示が、【250】へと切り替わった。
「よし、今だユナ! 全力で攻撃だっ!」
「はいっ!」
吹き飛ばされつつもなんとか持ち直し、再び逃げに徹していたユナが、俺の合図に即座に反応し、剣を抜き放つ。
――残念だったなゴーレム。そいつは、ハズレのアイテムだよ。
「はあああああっ!!」
ゴーレムのレベルが半減したことにより、60近くレベルが上回ったユナの横一文字斬りは、ゴーレムの胴体を分断。下半身と分かたれたゴーレムの上半身は、恨めしげに震えたあと、目の赤い光が消えるとともに力を失った。
「……やった、のか……?」
俺がゴーレムの亡骸を注視し、数字が浮かんでこなくなったのを確認した直後、カランという金属の音が響いた。
見ると、ユナが、剣を落としてその場にへたりんでいた。肩は大きく上下し、荒い呼吸が続いている。
「お、おいユナ、大丈夫か!? ケガしたのか!?」
「だ、だいじょうぶです……! ちょっと疲れちゃっただけですから……」
いつもの調子でそう笑う彼女の頬に、泥と涙と汗が混ざっていた。
――当たり前だ。今回の戦闘で一番きつかったのはユナだ。常に死と隣り合わせのなか、全力疾走を続けていた。
それがどれほど彼女の体に負担をかけていたかなど、日本でぬくぬくと暮らしていた俺には想像すらできない。
しかし、そんな状況にあってもユナは俺の言葉を信じ、走り続けてくれた。
俺に対して全幅の信頼を寄せていてくれたこと、そして、その信頼に応えられたことを、本当に嬉しく思う。
「……ありがとな、ユナ。君に出会えてよかった。正直、君という存在がいなかったら、孤独に耐えられずどこかおかしくなってしまっていたかもしれない。そういう意味で、本当に救われたのは俺のほうかもな」
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